著者
山下 俊一 FOFANOVA O ASTAKHOVA LN DIMETCHIK EP 柴田 義貞 星 正治 難波 裕幸 伊東 正博 KOTOVA AL ASHATAKNOVA エルエヌ DEMETCHIK EP ASHTAKNOVA L DEMETCHIK E.
出版者
長崎大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

旧ソ連邦の崩壊後、1994年から3年間ベラル-シを中心に学術共同研究「小児甲状腺がん特別調査」を行ってきた。すでに関係機関や保健省、ミンスク医科大学、ゴメリ医科大学、ゴメリ診断センターとは良好な協力関係を構築し、放射能高汚染地区の小児検診活動が軌道に乗っている。昨年出版したNagasaki Symposium; Radiation and Human Health(Elsevier,1996)ではベラル-シ以外ウクライナ、ロシア、カザフ等の旧ソ連邦の放射線被曝者の実態を明らかにしてきた。1994年〜1995年の一期目はベラル-シ、ゴメリ州を中心に小児甲状腺検診プログラムの疫学調査の基盤整備を行い、共通の診断基準、統一されたプロトコールを作成し甲状腺疾患の確定診断を行った。特にエコー下吸引針生検(FNAB)を現地に導入し、細胞診を確立することで最終診断の上手術の適応を判定可能となった。更にゴメリ州で発見された小児甲状腺がん患者がミンスク甲状腺がんセンターで手術されることから、連携をとり、組織診断の確認や患者の追跡調査を行った(Thyroid 5; 153-154,1995,Thyroid 5; 365-368,1995,Int.J.Cancer 65; 29-33,1996)。チェルノブイリ周辺では慢性ヨード不足のため地方性甲状腺腫の診断の為、尿中ヨードの測定装置を開発し、現地での測定に役立て一定の成果を得た。すなわちヨード不足と甲状腺腫大の関係を明らかにした(Clin Chem 414; 581-585,1995)。一方、ヒト甲状腺発癌の分子機構や病態生理の解明のためには種々の基礎実験を行い、甲状腺癌組織におけるPTHrPの異常発現と悪性憎悪の関連性を明らかにした(J Pathol 175; 227-236,1995)。特に放射線誘発甲状腺癌の研究では細胞内情報伝達系の特徴から、細胞周期停止とアポトーシスの解離現象を解析した(Cancer Res 55; 2075-2080,1995)。その他TSH受容体の遺伝子異常(J Endocrinol Invest 18; 283-296,1995)、RET遺伝子異常(Endocrine J 42; 245-250,1995)などについても解析を行った。1995年〜1996年の二期目はベラル-シの小児甲状腺癌の激増がチェルノブイリの原発事故によるとする各国際機関発表を基本に被曝線量の再評価を試みた。しかし、ベラル-シの多くのデータは当時のソ連邦特にモスクワ放射線生物研究所を中心に測定、管理されており、窓口交渉やデータの共有化等で未解決の問題を残している。更にチェルノブイリ原発事故の対応はセミパラチンスクにおける467回の核実験の対策マニュアルに基づいて行われたことが明らかとなり、カザフを訪問し健康被害の実態調査(1958-1990年)について検討を加えた。一方、甲状腺癌の基礎研究においてはいくつかの新知見が得られている。1996年-1997年の三年目は、チェルノブイリ原発事故後激増する小児甲状腺がんの細胞診活動を継続し、30,000人の小児検診のうち60名近いがんを発見した。同時にほかの甲状腺疾患の診断が可能であった(Acta Cytol in press 1997)。チェルノブイリ以外に旧ソ連邦では467回の核実験を行ったセミパラチンスクが注目されるが、更に全土で100回以上の平和利用目的の原爆資料が判明した。甲状腺癌細胞を用いた基礎実験ではp53遺伝子の機能解析を温度感受性変異p53ベクター導入株を用いて行った。その結果、放射線照射における細胞周期停止とアポトーシスの解離現象にp53以外の因子が関与することが判明した。更にDNA二重鎖切断の再修復にp53が重要な役割を担っていることが明らかにされret再配列との関連性等が示唆された(Oncogene in press 1997)。TSH受容体遺伝子や脱感作の研究も進展している。しかしながら、放射線誘発甲状腺含発症の分子機構は未だ十分解明されておらず更なる研究が必要である。貴重なチェルノブイリ原発事故周辺の小児甲状腺がん組織の散逸やデータの損失を未然に防ぐためにも国際協調の下、Chernobyl Thyroid Tissue BankやPatient Network Systemなどの体制づくりも必要である。