12 0 0 0 OA 近江国輿地志略

著者
寒川辰清 著
出版者
大日本地誌大系刊行会
巻号頁・発行日
vol.下(巻49至100), 1915

言及状況

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@fffw2 ご存知と思いますが 滋賀の場合 近江国輿地志略. 上 https://t.co/6Ce4nTSnoH 近江国輿地志略. 下 https://t.co/fYVmkCFgCq で集落の寺社を調べると辿り着ける場合もありますね
https://t.co/NEtoGvqTwq 上矢倉村にも太子が矢倉(兵庫)をかまえて守屋と戦った話が載ってますね。「信用にたらず」って著者にいわれちゃってますが。下矢倉村は今も彦根市下矢倉町ですが、上矢倉は鳥居本町になってるのかな
近江国輿地志略だと、坂田郡の原村(彦根市原町)の八幡神社は守屋連の兜を納めたところだといわれているって書かれてますね https://t.co/MvEQfxKstt
@the_thingX 余談ながら、この資料の163(318頁)に「産所」という表記で「さんじょ」の由来を説明しているんですが産後の穢れを祓う場所だとあって陰陽師の職掌が穢れを避けることだったのに通じるものがあります https://t.co/yXxdgHlnWy
@kirinosakujin @n_Fushimi_243 『近江国輿地志略』引用の寺記には「曼珠(ママ)院御門跡末寺也云云」とあるので幕末期頃にはそう認識されていたのは間違いないでしょう。曼殊院諸大夫に山本重胤って人がいますが、太宰の父なのか。 https://t.co/rW6eIVUhcR
そういえば近江輿地志略まだ見たことなかったから読んでいたのだけれど https://t.co/7GWJJQqseQ 早崎のことを浅井岡って呼ぶの出典これか~とめちゃくちゃに感動している
『近江国輿地志略』巻之九十八「忍者」のところに「鳶加藤」。 左ページ下段 近江国輿地志略. 下(巻49至100) - 国立国会図書館デジタルコレクション https://t.co/t3cwqR4IYr
伊吹山信仰の中心であった弥勒堂。 『近江国輿地志略』にも「弥勒堂 絶頂にあり、弥勒菩薩の石像あり、何人の作といふ事をしらず」「絶頂弥勒の広野に至る。方四町一面畳をしくが如し。(中略)中央に石壇ありて、石室の中に石像の弥勒宛然たり」と記されています。 https://t.co/wmUzuq83HL https://t.co/tzIh1fg39G
近江国與地志略 https://t.co/Vwzc6mDb1D
https://t.co/RWrNe0oj0f 近代デジタルライブラリーで近江国輿地志略を捲っててようやく見つけた野洲郡岡村(守山市岡町)の西隆寺。

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