- 著者
-
齊田 春菜
- 出版者
- 北海道大学文学研究科
- 雑誌
- 研究論集 (ISSN:13470132)
- 巻号頁・発行日
- vol.15, pp.107-122, 2016-01-15
本稿は、円地文子の「少女小説」である「秋夕夢」の初出と初刊を比較・考察し、円地の「少女小説」の新たな一面を捉
えなおすものである。そして、その結果、円地の「少女小説」や戦後の「少女小説」について多少なりとも新たな知見を提
出することを試みるものでもある。
円地は、主に戦後直後から一九五〇年代前後に「少女小説」を数多く執筆していたという伝記的な事実がある。この「少
女小説」は、様々な理由からその中身を具体的に考察されたことはなく、論じる価値のないものとされてきた。そのため、
従来の研究では、円地の「少女小説」について、いまだに十分に論じられているとは言い難く、その全貌は、詳細に明らか
にされてはいないのである。そこでまず、「円地文子少女小説目録ノート」を作成し、円地の「少女小説」作品を現段階にお
いて詳細にまとめた。次に、『円地文子全集』に収録さ
れていない「秋夕夢」の初出と初刊で削除された章の全貌とその直前
の両方の共通である章を引用し、内容を提示する。そこから、なぜ初出で描かれた物語が初刊において削除されたのかにつ
いて考察を行った。削除された章は、その有無によって少女が成長すること/成長しないことという「秋夕夢」の解釈の多
様性を引き出す装置として浮かび上がることを明らかにした。つまり、「秋夕夢」の中で描かれる少女は、戦後の「少女小説」
研究で理解される少女のイメージとは、異なる少女像を持っている可能性があることを示唆したのである。
以上のように円地の「少女小説」は、一見既存の枠組みに回収されてしまうような側面を持ちながら、詳細に検討をして
いくと多様な要素を多く含んでいる。このことは、他の円地の「少女小説」を検討していくことの可能性を秘めているので
あり、円地のテクストのイメージの新たな解釈の補助線として期待することができるのである。