著者
笠谷 和比古
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.33-48, 1997-09-30

徳川家康の姓氏問題は複雑である。家康はその血統的系譜を清和源氏の流れを汲む新田一族の一人得川四郎義季の末裔たることに求め、自らの姓氏を清和源氏と定めたとされるが、これは天下の覇権を掌握した家康が、慶長八(一六〇三)年の征夷大将軍任官を控えて系譜の正当化をはかる目的で、そのような始祖伝承を無理に付会していったものであるとこれまで見なされてきた。しかし家康宛の朝廷官位叙任に関する口宣を分析した米田雄介氏の近年の研究成果は、このような通説的歴史像に疑義を生じさせるものとなっている。本稿はこれらの研究史を踏まえ、かつ家康関係文書の再検討を通して、家康の姓氏の変遷を追究する。それは単に、家康の源氏改姓の時期のいかんを求める事実問題としてだけではなく、姓氏の変遷に表現されたこの時期の国政上の意義にかかわる問題でもある。本稿では、この家康の源氏改姓問題を通して、豊臣秀吉の関白政権時代の国制はその下に事実上の徳川将軍制を内包するような権力の二重構造的性格を有するものであったことを論じる。

言及状況

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@turbo0421 本姓は戦国時代より以前からすでに必要な場合以外は意識されていなくなったのでしょう。 徳川家康も本姓源を使ったのは征夷大将軍に任じられる目的他であり、本当に源氏の末裔かどうか疑わしいようです。 https://t.co/AorW68nSFo
@konkonzushi @takiyakisann999 @pururun2020 @ykkwnngrhtezst 当家は、あくまでも源氏の末裔を自称していた戦国武士(一騎討ちの数で結構有名)の末裔を自称する家の分家の分家です。笑 ところで徳川家康も藤原氏を自称していた時期があるようですね。 こちらの紀要論文にかなり詳しく書いてありました。 https://t.co/btMTIf9MpH
1997年のこの論文では豊臣政権内での源氏徳川将軍萌芽が見られる可能性が言及されているが同時に北条領平定の尖兵として豊臣政権が徳川に源氏を名乗らせた可能性についても触れられており、当方としては後者の意味しか無かった様に思う。 https://t.co/q5wqnI3vhy

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編集者: Muyo
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