著者
玉木 敦子
出版者
兵庫県立大学
雑誌
兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 (ISSN:18816592)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.37-56, 2007-03-15

出産は女性や家族にとって喜ばしい出来事である一方で、周産期に何らかの精神健康上の問題により苦悩する女性が少なくないことも知られている。特に産後うつ病の罹患率は約13%と高く、また母親の精神状態は、児の発達などにも影響すると報告されている。しかし、わが国では、産後の精神健康状態やソーシャルサポートの実態について十分に明らかにされておらず、支援体制づくりは轍の課題とされている。そこで今回、産後の女性の抑うつ症状を中心とした精神状態とソーシャルサポートの実態およびそれらの関係を明らかにすることを目的として質問紙調査を行った。A県内3市で実施された4ヶ月乳児健康診査に訪れた母親で、研究協力に応じた女性582名に質問紙を配布し、後日郵送にて329名(回収率56.5%)から回答を得た。質問内容は、背景因子、精神健康状態、非専門的・専門的サポートの実態であった。得られたデータについて、SPSSを用いて統計的に分析した。結果は以下の通りである。1) EPDS (Edinburgh postnatal Depression Scale)の平均値は5.19(SD4.40)で、産後うつ病のスクリーニングにおける区分点(8/9点)以上だった者は全体の18.5%(61名)であった。2)パートナーや親などの非専門家からのサポート状況については、様々なサポートを得、それに満足を感じているる者が多い一方で、自分からは全くあるいはあまり支援を求めないという者が47名(14.4%)いた。3)産後に何かの心身の不調を自覚した者は120名(36.5%)で、そのうち専門家・専門機関に相談した者は38名であった。4)EPDS得点に有意な影響力を持つ要因は、自尊感情得点、母親役割に対する自己評価得点、パートナーからサポートに対する満足度、年齢、女性の身体的健康度、子どもの健康状態、義理の親からの「親に話を聞く」サポート、休息のなさに対するストレス認知であった。以上から、周期メンタルヘルスに関する今後の課題や看護の役割として、パートナーや親への教育的関わり、健診を利用した母親への精神的ケア、女性が必要とするときに適切な専門的サポートが受けられるようにすることの必要性について検討した。
著者
サンワル マーク R
出版者
兵庫県立大学
雑誌
兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 (ISSN:18816592)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.17-35, 2007-03-15

アルバート・J・ノック(1870?-1944)は、20世紀初めのリバタリアンの思想と主張の際立った代表者であった。ルードビッヒ・フォン・ミーゼス、マレー・N・ロートバード、アイン・ランドなどの後続の思想に影響を与えたリバタリアンの運動は、今日においてさえ、先駆的な自由の唱道者と評論家としてノックに懐古的な賛辞を送っている。本論文は、ノックがまさに輝かしい作家・ジャーナリストなのか、それ以上の者なのか、またどの程度までそう考えられるかを探求するものである。ノックはどの程度まで社会科学者と考えられるか?この問いは恐らく、少なくともノック自身を困らせることはかったかも知れないが、しかし、現代リバタリアン理論の光りに照らしてこれを浮かび上がらせることは重要である。リバタリアニズムは、自由で公正な社会がいかなる形の強制と両立できないものであることを主張する政治哲学である。ほとんどすべての政治思想家は私的な強制(例えば殺人、窃盗)は犯罪であると見なすけれども、リバタリアンは、公の(とくに国家の)機関への強制力の行使にもまた禁止すべきものと拡張しようとした。現代のリバタリアニズムには、過激主義とプラグマティズム、左翼と右翼、アナーキズムとミナーキズムなどという、ある程度の混乱があり、ある論者たちはその混乱を純粋な形では力の浪費と考えた。ノックは、現代の理論家たちが主張しなければならないことよりも優れた、主張しなければならない何かを今なおもっているか?もしもヒューマニズムが、アービング・バビットによって広い意味で定義されたものと考えられるとすれば、確かに、ノックが今なおリバタリアンのうち最もヒューマニスティックであるということは、安全な主張である。しかしながら、このヒューマニズムゆえにこそ、しばしば社会科学のうち最も厳格であると見なされる経済学者は言うまでもなく、ノックを社会科学者と考えることから排除するように見えるであろう。ノックを経済学者と見るためには、われわれは、経済学が人間科学の一分科になるようなやり方で人間の知識を再組織しなければならないであろう。これは、経済学派のうち最も実証的でないと知られるオーストリー学派のほとんどでさえ妨げるようなステップである。この問題は、オーストリー学派が、実証主義を妨げる一方、論理的カテゴリーを注意深く構築することを進行するのに注意深いということではない。というのは、確かにノックと一致する手続きであるから。むしろ、ノックの討論法とオーストリー学派の演繹法との違いの要点が、後者(オーストリー学派)が心理学と人間行動理論から厳密に離れたことにある。「反心理主義」という基準で考える場合、ノックの論文は非科学的であるかのように見える。しかしながら、まさにこの反心理主義は、人間行動の純粋理論における市場過程に基づくことと同様に重要であるが、一般的な社会学の基礎として経済学を悪くするのである。もしもリバタリアン理論に必要なものが、「市場が機能する」という陳腐な言葉をくどくど言うことよりもむしろ、一般的な社会学であるとするならば、アルバート・J・ノックの大きなスタイルの社会理論への復帰こそが、理にかなうものものであろう。
著者
坂下 玲子 大塚 久美子 Reiko SAKASHITA Kumiko OTSUKA 兵庫県立大学看護学部看護基礎講座基礎看護学 兵庫県立大学看護学部看護基礎講座基礎看護学 Nursing Foundation University of Hyogo College of Nursing Art and Science Nursing Foundation University of Hyogo College of Nursing Art and Science
出版者
兵庫県立大学看護学部
雑誌
兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 (ISSN:18816592)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.93-105, 2008

地域に根ざした新しい看護提供システムとして「まちの保健室」事業が各地で展開されている。本研究は、この事業の後方支援のために、高齢者の口腔ケア支援に関する相談技術の抽出を行うことを目的として、口腔健康相談を受ける頻度が高いと考えられる歯科衛生上を対象にフォーカスグループインタビューを行い高齢者の口腔ケア支援に関する相談技術の抽出を行った。<対象と方法>対象は、研究への同意が得られた歯科衛生上で、カテゴリーが飽和するまで対象者の募集を行った。3~5人を1グループとしてフォーカスグループインタビューを実施し、1)よく受ける相談について、2)うまくいった相談場面、3)相談のとき気をつけている点、工夫している点についてたずねた。得られたデータを質的記述的に分析することによって相談技術を抽出した。<結果と考察>7グループと1人、計27人の歯科衛生上のインタビューを行った。参加者の年齢は平均36.8±9.5歳(25~60歳)、全員が女性であった。勤務年数は平均15.4±8.4年(5~36年)、経験したことのある職場は、保健所など多岐に渡っていた。参加者が表現した内容を注意深く読みとり255単位データが抽出された。抽出された技術としては、1)導入部分として、クライエントを「招き入れる」「信頼関係を築く」「機が熟すのを待つ」が抽出された。2)相談部分として、「真の問題を見つける」「問題点を理解してもらう」「できることをいっしょに探す」「行動を引き起こす」「行動の継続を促す」が抽出された。3)今後へ繋ぐ部分として、「次回の予約をする」、「次回までの具体的な目標を決める」が抽出された。インタビューの中では義歯の管理、口腔乾燥などの口腔健康への対応について語られた部分も多かったが、それは別の機会に報告することとし、今回は相談の具体的な技術に焦点をあて抽出した。歯科衛生士が用いている相談技術がそのまま看護職が応用できるとは限らないが、抽出された項目をみると、看護ケアの技術と重なる点がみられ、看護職も参考にでき応用していけるものと考えられた。
著者
穴吹 章子 Akiko ANABUKI 兵庫県立大学看護学部外国語 Foreign Languages College of Nursing Art and Science University of Hyogo
出版者
兵庫県立大学看護学部
雑誌
兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 (ISSN:18816592)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.15-27, 2008

キーツ(John Keats, 1795-1821)が、ガイ病院付属医学校の学生であった時に書きとめた「解剖学・生理学覚書」(Anatomical and Physiological Notes)における記述と、『エンディミオン』(Endymion)のグローカス(Glaucus)、「ハイペリオン」('Hyperion')のハイペリオン、および「ハイペリオンの没落」('The Fall of Hyperion')における詩人などが受ける痛みに関するそれぞれの描写とを比較すると、後者は前者の知識を踏まえて描写されている点を論じた。また、その記述の方法は、身体的・生理学的に理解可能な描写となっていることから、彼らの痛みは一般的に理解可能なものとして示されているのではないかと論じた。また、キーツの痛みに対する態度は共感的なものと考えられるが、それはsympathyよりも、むしろ19世紀後半にOEDに取り上げられるempathyの力によるものと推測した。そして、その共感の力は看護師が臨床の場で求められる能力にも通じるものであると論じた。
著者
岩佐 真也
出版者
兵庫県立大学
雑誌
兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 (ISSN:18816592)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.57-65, 2007-03-15

セネガルでは、国の方針として基礎保健員(以下ASCと略す)と呼ばれるコミュニティーヘルスワーカーの活動を期待している。しかし、その育成方法は各州・県に委ねられている。筆者は青年海外協力隊・保健師隊員として、セネガルでの活動の際にASC育成に関わった。その育成時に直面した「人選」の問題を通してASCの適切な選出条件を検討する。研究対象者は、1998年9月から2000年1月までにセネガルの農村部であるA村のASC候補者となった5人で、この5人が候補者として選出された経緯や性別、年齢、職業、現住所、出身村、村での役職、配偶者の職業、候補者以外の家族員の村での役職について比較検討を行った。その結果、候補者の性別は男性1名女性4名であり、年齢は20歳代から30歳代であった。現住所は保健小屋(ASCの活動拠点となる施設)のある村に在住している者が4名、そうでない者が1名であった。5人の候補者(A氏〜E氏)の内ASCに選出された者はE氏であった。それ以外の4名の落選理由は、A氏の場合、有職(農業)者であることと保健委員長としてA村で活動していることであり、C氏の場合は義父が村長で義母が産婆であるため、D氏はA村外在住であるためだった。また、B氏については候補者となったが、夫の病気、自身の妊娠・出産、また産後の健康状態がふるわず、ASCを辞退していた。A村での選出過程を通してセネガルの農村部におけるASCの重要な選出条件は、1.ASCが保健小屋のある村の出身か、そうでない場合はASCの出身村が保健小屋のある村と関係性が良好であること。2.ASCとして活動に専念できることを期待されているため、20〜40歳代の無職の者で、かつ女性は近い将来出産の予定がないこと。3.ASCの一家族内に、村での重要な役職に就いている者がいないこと。4.ASCの配偶者が現金収入を得ているといった、ASCの家族の経済状態が安定していることであった。