著者
江頭 説子
出版者
法政大学大原社会問題研究所
雑誌
大原社会問題研究所雑誌 (ISSN:09129421)
巻号頁・発行日
no.585, pp.11-32, 2007-08

本研究の目的は、社会学の領域において市民権を得つつあるライフ・ヒストリーと、歴史学の領域において一定の市民権を得るまでに至っているオーラル・ヒストリーの関連性について検討することにある。ライフ・ヒストリー、オーラル・ヒストリーともに、その出自は1920年代の都市社会学におけるシカゴ学派のライフストーリーの方法論にたどることができる。ライフ・ヒストリーの歴史に目を向けると、1940年代後半以降、社会学の領域においては、統計調査を主とする量的研究や構造機能主義がより科学的な理論として主流の位置を占めるようになり、質的研究のひとつであるライフストーリー・インタビュー法によるライフ・ヒストリーは批判を受け、周辺領域に位置するようになった。しかし、1950年代の終わりに、量的研究に対して質的研究に基礎をおく社会学者たちからの最初の反発の声(Mills 1959 [1965] [1995])をきっかけとして、ヨーロッパを中心にライフ・ヒストリー法リバイバルの動きが起き始めた。その後のライフ・ヒストリーは、大きく分けて実証主義、解釈的客観主義、対話的構造主義の3つのアプローチ、調査者と被調査者の関係の捉え方による立場の違いを内包し、複雑な形で発展してきている。一方オーラル・ヒストリーは、政治史、労働史、地域史などのように、歴史研究の方法としてフィールドワークの伝統が根づいているところ、また学際的な交流がなされてきた研究領域で発展してきた。日本では特に政治史の領域において発展し、政治学においてはオーラル・ヒストリーとは「公人の、専門家による、万人のための口述記録」(御厨2002:5)であると考えられていた。このように対象を限定することは、伝統的な政治史が文書資料を重視する方法論に対して、口述が重要な資料となることを立証するために、必要な立場であった。しかしオーラル・ヒストリーの主要な提唱者の一人である御厨自身が述べているように「この十年で急速に『オーラル・ヒストリー』が市民権を得たことを考えると、公的体験を有する人のみならず、いわゆる庶民や名もなき人にまで、改めて対象とする人々の背景を広げてよい」(日本政治学会編2005:iii)と考えられはじめている。対象を「公人」から「市井の人々」に広げると、社会学の領域において蓄積のあるライフ・ヒストリー研究との関係性が高くなってくる。これらのことから、本稿では社会学におけるライフ・ヒストリー研究とオーラル・ヒストリーの関係性について主にあきらかにしていく。