著者
小谷 瑛輔
出版者
将棋と文学研究会
雑誌
将棋と文学スタディーズ
巻号頁・発行日
vol.2, pp.15-45, 2023

『新思潮』派は、芥川龍之介、菊池寛、久米正雄を輩出したことによって、大正文学の特に重要なエコールと見なされてきた。彼らのような若き文学グループは、えてして「創作への灼熱の気」を共有し、「互いに刺激し合」った「友情」に焦点が当てられがちである。それも誤りというわけではないのだが、このように顕彰の物語として消費されてしまう題材においては、「友情」の物語に昇華しにくい不一致を連想させるものは見落とされることになりやすい。しかし、彼らを一人一人独自の矛盾や問題を持ち、それと結び付いた固有の文学性を示した作家として認めるのであれば、むしろ一致し得なかった点や葛藤こそが重要である。実はその一端が、第四次『新思潮』が出発点において掲げ、文壇から受け入れられた主張において、既に示されていた。そしてその争点は、三人の作家が活躍した期間全体を通して問題であり続けた。
著者
杉本 佳奈
出版者
将棋と文学研究会
雑誌
将棋と文学スタディーズ
巻号頁・発行日
vol.2, pp.117-141, 2023

町田市民文学館ことばらんど(東京都町田市)では、二〇二二年四月二十九日から六月二十六日にかけて、企画展「将棋作品をひもとく!〝読む将〟のススメ展」を開催した。近代以降の将棋を題材とした文学作品の歴史を辿り、作家の直筆原稿や取材メモ、マンガ原画、愛用の駒などの多彩な資料を展観。時代によって変化してきた将棋の楽しみ方の変遷を追いながら、各時代に生まれた作品を紹介する展示構成とし、小説、随筆、俳句、短歌、マンガ、アニメ、映画、作家が書いた観戦記といった様々なジャンルの作品を取り上げた。本稿は、本展を担当した学芸員である筆者が、準備から実施の記録を簡潔にまとめたものである。今後、他機関で同様の展覧会を企画することがあった折などに一助となれば幸いである。
著者
田代 深子
出版者
将棋と文学研究会
雑誌
将棋と文学スタディーズ
巻号頁・発行日
vol.2, pp.61-73, 2023

倉島竹二郎(一九〇二〈明治三五〉年一一月九日-一九八六〈昭和六一年〉年九月二七日)は、『国民新聞』において一九三二(昭和七)年から将棋観戦記を書きはじめた(倉島 一九七一)。その後、名人戦第一期(一九三五〈昭和一〇〉年)より『東京日日新聞』(現毎日新聞)の嘱託観戦記者となり、戦中戦後の一時期を除いて一九八一(昭和五六)年(継続的には一九七六〈昭和五一〉年)まで新聞紙上に書き続けた。囲碁観戦記も手がけ、また将棋雑誌や一般雑誌にも囲碁将棋にまつわる多くの随筆を寄せている。
著者
小笠原 輝
出版者
将棋と文学研究会
雑誌
将棋と文学スタディーズ
巻号頁・発行日
vol.2, pp.112-116, 2023

吉井栄治(一九一三~没年不詳)は、将棋界においては朝日新聞社の将棋記者として、また、観戦記者として名を残している。観戦記者としては、『朝日新聞』において「栄」の名義で名人戦の観戦記を九本、順位戦の観戦記を六十二本。『週刊文春』において本名で名将戦の観戦記を十八本書いた。そんな吉井は元々作家志望であり、「北風」「微笑」の二作品で第二十三回直木賞の候補となっている。なかでも「北風」は、関西の将棋界を題材にした将棋小説である。そんな将棋と文学とを行き来した吉井の人物像を、今回は大阪府立高津中学の同級であった織田作之助(一九一三~一九四七)の書簡から感じ取りたい。『定本織田作之助全集第八巻』(文泉堂書店、一九七六年)に収録されている書簡において、吉井が出てくる書簡が残っているのは「杉山平一氏宛」「白崎礼三氏宛」「品川力氏宛」「吉井栄治氏宛」の四名である。順番に見ていく。
著者
金井 雅弥
出版者
将棋と文学研究会
雑誌
将棋と文学スタディーズ
巻号頁・発行日
vol.2, pp.46-60, 2023

坂口安吾「町内の二天才」は、一九五三年一二月発行の『キング』に掲載された。安吾は将棋の観戦記や将棋を題材とした小説などを書き残しており、将棋に関係する作品が数多く存在する。近年では、二〇一八年に中央公論新社から安吾の将棋と囲碁に関する作品のアンソロジーである『勝負師』が刊行されている。しかし、「町内の二天才」は、将棋が題材となっているのにもかかわらず、このアンソロジーに収録されていない。また、奥野健男が「つまらない」と述べるように先行研究での評価は芳しくなく、これまでほとんど注目されてこなかった。本作は、親バカ同士のちっぽけな意地の張り合いが繰り広げられる小説である。