著者
長島 光一
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.67-86, 2018-09

本稿は,福島原発事故を契機に提起されている原状回復請求(除染請求)について,これまでの裁判例を整理し,手続法たる民事訴訟法の視点から訴訟を提起するに際して問題となる請求の特定,確認の利益等の論点を分析するものである。これまでは,民法の物権的請求権のひとつである妨害排除請求の権利実現の問題は顕在化されてこなかった。しかし,妨害排除請求権を根拠に原状回復を求める場合,除染をするという作為請求について,権利者たる原告がその実現方法を具体的に特定していないために却下される判決が相次いでおり,この権利をどのように理解し,どのように考えれば権利が実現するかが実務においても問題になっている。これまでの環境公害訴訟では不作為請求をめぐり同様の議論があったが,解釈や裁判例の積み重ねでそれを乗り越えた過去がある。そこで,民事訴訟手続により権利を確定したうえで,民事執行手続に入るという両者の制度趣旨をふまえて,権利の確定と権利の実現は異なるという違いを再考すべきであり,原状回復請求を認めた上で,執行段階でその権利実現に向けた調整をすればよいと結論付けられる。したがって,除染請求につき,請求の特定レベルで却下するのではなく,妨害排除請求権の有無を判断すべきであり,執行段階でその権利実現を議論し,紛争解決を目指す必要がある。
著者
澤田 次郎
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.19-76, 2020-03

本稿は1880年代における参謀本部の対清情報活動の実態を,福島安正中尉(のち大尉)を主軸に据えて考察するものである。そこでは主に以下の3点を検証した。第一に軍事関連施設の偵察である。まず福島は北京から内モンゴルを,ついで杉山直矢少佐とともに,①上海─南京,②煙台─天津を旅行し,兵要地誌調査を行った。第二に清国社会の観察である。杉山と福島はそうした過程で農民,商人から官吏に至るまで,さまざまな人々に接触し,自国と清国の違いを実感した。第三に北京での清国軍のデータ収集である。公使館付武官となった福島は,清国軍の最新データを収集することに努め,重要文書を入手して大量の資料を日本にもたらした。以上の三つの段階をふまえて,また他の派遣将校たちの情報収集と合わせて,日本陸軍は日清戦争の約10年前から清国軍の全体像をほぼつかむようになっていたのではないかと考えられる。
著者
渡邉 泰洋
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.103-127, 2019-03

世界的にみて,刑法における性犯罪の処罰をめぐり議論が盛んに行われ,諸外国では性犯罪規定の改正が続けられている。そのような中にあって,わが国でも,2017年に性犯罪規定に関する刑法の大改正が行われ,1908年の刑法施行以来110年ぶりに性犯罪概念が大きく変更された。特に,構成要件の拡大に伴う強姦罪から強制性交等罪への改称や罰則の強化は,従来の犯罪の主体と客体,あるいは行為態様に大幅な修正をもたらすものであり,これらは近年の性に関する社会の意識変化を反映するものといえる。また,国際水準からみても,先進国の性犯罪法制に近接しており,改正の意義は大きい。しかしながら,わが国の改正された性犯罪規定においても課題は少なくない。そこで,同様に近年性犯罪規定の大改正を行ったスコットランド2009年性犯罪法を比較の対象として,わが国の課題と思われる事項を検討した。スコットランドは他の諸国と比べると改正作業はやや遅れたが,イングランドを含む他国の制度内容や運用状況を参考にした経緯があり,逆に後発のメリットもあると思われる。その結果,スコットランド法は,わが国とは次の点で大きく異なり,種々の示唆を与えると考えられる。第1に,性犯罪規定の多様さである。わが国がわずか10ヶ条であるのに対して,62ヶ条の規定を有する。第2に,わが国の性犯罪の手段とされる「暴行と脅迫」を不要とし,被害者の「同意」を犯罪成立要件とし,処罰範囲が広いこと,第3に,挿入による性的暴行罪をめぐる議論を重視していること,第4に,児童の保護規定が充実していること,などである。本稿では,このような比較を通じて,今後見直しが予定されているわが国の性犯罪規定に対する各種の指摘を試みている。
著者
大倉 正雄
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.1-26, 2019-03

ウィリアム・ペティ(Sir William Petty, 1623-87)の主著『政治算術』(Political Arithmetick)は,名誉革命後の1690年に遺著として刊行された。その頃隣国フランスでは,ルイ一四世の財務総監J・B・コルベールによる経済政策の推進によって,国力・経済力が著しく強力されていた。この著書は,イギリスのライバル国における,このような目覚ましい躍進を目の当たりにして執着された。本書の根底には,隣国の急速な台頭に対する脅威の念が,潜んでいる。その課題は,三大強国オランダ・フランス・イギリスの国力・経済力を分析把握することである。ここでは,ペティが自ら考案した政治算術を駆使して,そのような国力・経済力の分析把握が試みられている。第1・第3章では,オランダ・フランスの国力・経済力に対する比較分析がおこなわれている。フランスは大国である割には,小国オランダと比較して国力・経済力が小さい。そのような命題が掲げられている。算術的分析にもとづいて,その命題が真であることを論証する作業がおこなわれている。しかしながら,その分析の展開の仕方には議論の余地がある。そこで採用された分析的枠組みは,妥当ではない。そのために,この算術的分析は当の命題が真であることを,十分には論証していない。
著者
奥田 進一
出版者
拓殖大学政治経済研究所
雑誌
政治・経済・法律研究 = Politics, economics and law (ISSN:13446630)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.47-59, 2017-09

2011(平成23)年3月11日の東日本大震災に伴う巨大津波による福島第一原子力発電所事故に関しては全国で約30以上の訴訟が提起されているが,そのほとんどが政府および東京電力の責任の有無と損害賠償請求に関するものである。そのような中で,「いわき市放射性物質除去請求事件」(東京高裁平成25年6月13日・判例集未登載)に引き続き,福島地裁郡山支部において平成29年4月14日に,農地所有権に基づく妨害排除請求権を行使して,農地の除染による原状回復を請求した事件に対する判決が下された。本件判決は,放射性汚染物質の除去と物権的請求権に基づくその排除請求の可否という,新規事例の積み重ねという点からも重要な事件であるとともに,除染方法の詳細な特定を欠くことや確認の利益性の不存在などを理由として原告の訴えを却下した裁判所の判断に大いに疑義があるところ,とくに紹介して評釈を加えるものである。