著者
辻山 彰一
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.127, 2008 (Released:2008-07-21)

アミガサタケ類は子嚢菌であり,春に発生する食用きのことして親しまれている.これまで栽培試験が行われてきたが,まだ日本国内では商業栽培には至っていない.アミガサタケは腐生性であるとみなされる一方,菌根性の一面を持っていることが報告されており,このため栽培が困難であると考えられている.しかし,人工培地中での菌糸成長は良好であり,腐生的な性質が強いと考えられる.本研究では,アミガサタケ類の栄養生理を調べることを目的として,木材腐朽試験を行い,木質成分の資化性について調べた. 供試菌は,京都市内で採集し保存した Morchella esculenta (L.: Fr.) Pers.(アミガサタケ)と Morchella conica Pers.(トガリアミガサタケ)をそれぞれ2菌株使用した.ブナ辺材およびアカマツ辺材(20(R) x 20(T) x 5(L) mm)を試験材として,28℃で腐朽試験を行った.2ヶ月培養後,重量減少率を算出し,木材成分分析を行った. M. esculenta はアカマツ材をほとんど腐朽しなかったが,ブナ材の腐朽力が高く,2菌株による重量減少率はそれぞれ28.1, 26.0%であった.これに対して M. conica は,ブナ・アカマツいずれの材ともほとんど腐朽しなかった.木材成分分析を行った結果, M. esculenta によるブナ腐朽材中のリグニンの減少率は34.4, 32.4%であり,L/H比(=リグニン減少率/ホロセルロース減少率)は1.47, 1.34であった.このことから, M. esculenta はブナ材に対して白色腐朽を起こすことが示された.腐朽材のアルカリニトロベンゼン酸化分析の結果,バニリン酸やシリンガ酸の収率が高くなっており,酸化分解が起こっていることが示唆された.また,バーベンダム反応および色素(レマゾールブリリアントブルーR,Poly R-478)の脱色試験において, M. esculenta は陽性を示した.これまでアミガサタケ類は腐生性を有していると考えられているが,以上の結果から, M. esculenta は木材腐朽能力を有し、木質成分を栄養とできることが示された.
著者
岡山 将也 谷亀 高広 大和 政秀 岩瀬 剛二
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.90, 2008 (Released:2008-07-21)

ラン科植物の多くが美しい独特の花を咲かせ、多くの人々を魅了してきた。しかし近年、乱獲や開発時の生育地の破壊等により絶滅の危惧に瀕している種が増加しており、生態の解明と保全方法の開発が早急に求められている。ラン科植物の種子は非常に小さく、貯蔵養分をほとんど蓄えていないため、発芽や初期の生育のための栄養分は完全に菌根菌に依存している。本研究は身近な野生ランであるシュンラン(Cymbidium goerinngii)とネジバナ(Spiranthes sinensis)を対象とし、根に共生する菌根菌の多様性を明らかにし、保全のための基礎的データの取得を目的としたものである。シュンランについては栽培品種も実験に用いた。顕微鏡で観察しラン科植物の根にコイル状菌糸(ペロトン)の感染を確認した。根を表面殺菌してガラス棒で潰し、遊離したペロトンを培地上に播き、伸長してきた菌糸をとり菌株を得、rDNAのITS領域の塩基配列解析により菌根菌の種を同定した。その結果、シュンランの菌根菌としてPeniophora sp.が、ネジバナはSistotrema sp.、Epulorhiza sp.、Bjerkandera sp.および Peniophora sp.が同定された。栽培品のシュンランからはTulasnella sp.が同定された。ラン科植物の菌根菌としてPeniophora属菌の報告は本研究が初めてである。これまでネジバナの菌根菌はThanatephorus cucumeris、Ceratobasidium cornigerum、Tulasnella calosporaであると報告されていたが、Peniophora属菌とSistotrema属菌の報告は本研究が初めてである。本研究の結果はシュンランとネジバナにはかなり多様な木材腐朽菌や土壌菌が共生していることを示し、これまで考えられていたようないわゆる’’Rhizoctonia’’に限られたものではないということが明らかになった。また、これらの菌根菌は木材や落葉を分解して得た栄養をランに供給していることを示唆しており、このようなラン科植物の保全のためには、むやみに落葉や倒木を除去しないことが重要であると考えられる。
著者
高部 直紀 升屋 勇人 梶村 恒
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.27, 2008 (Released:2008-07-21)

オトシブミ類は,植物の葉を裁断,巻き上げて幼虫の食料兼シェルター(揺籃)を作製し,その中に産卵する甲虫の一群である.このうちルリオトシブミ属(Euops)は,雌成虫の体内に菌類を保持,運搬するための器官(mycangia)が存在すること,産卵直後の揺籃にmycangia内の菌類と形態の類似した菌類が多く観察されることなどから,菌類と密接な関係にあると考えられている.しかし,実際に菌類を分離,同定した研究例はほとんど無く,共生菌類がどのような働きをしているのかについても未知の部分が多い.本講演では,イタドリ(Reynoutria japonica)を利用するカシルリオトシブミ(E. splendidus,以下,カシルリ)について,(1)主要な共生菌を明らかにするために,成虫および揺籃からの菌類の分離培養実験,(2)共生菌類による餌資源の質的改善の可能性を探るために,同所的にイタドリで繁殖する共生菌を持たないヒゲナガオトシブミ(Paratrachelophorus longicornis,以下,ヒゲナガ)に注目して,植物資源利用様式の種間比較調査,を行った結果を中心に紹介する.(1)の実験によって,親成虫がmycangia内に保持している優占菌は,2種のPenicillium属菌のどちらか1種であることが判明した.また,同じ菌種が揺籃に定着し,新成虫のmycangia内にも獲得されていたことから,主要な共生菌であると考えられた.なお,分子系統解析の結果,分離された2種のPenicillium属菌は系統的に近縁ではなかった.(2)の調査では,揺籃作製に利用する葉の週齢を,葉の諸形質の経時変化とあわせて追跡した.その結果,カシルリはヒゲナガが利用している葉よりも新しく,水分や窒素分を多く含む葉を選んで利用していることが明らかとなった.また,ほぼ同じ週齢の葉で作製された揺籃を用いて,摂食量と成長量の関係を査定すると,カシルリはヒゲナガよりも食物利用効率が高いことが示唆された.共生菌の存在によって,揺籃の餌資源としての質が高まっているものと推察される.
著者
橋本 靖
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.24, 2008 (Released:2008-07-21)

イチヤクソウ属植物は,菌従属栄養植物とされるシャクジョウソウ亜科と近縁な仲間で,生育環境も同様に光の少ない森林の林床である.一方,イチヤクソウ属の多くの種は,常緑の厚い緑の葉を持ち,比較的大きなコロニーを形成して生活することが出来る.そこで,イチヤクソウ属植物と共生菌の関係を,種子の共生発芽から親個体の菌根菌まで調べ,彼らの生存戦略と菌従属栄養性について考察した.種子の埋設実験を様々な環境下で行った結果,若齢カバノキ林でのみで発芽が確認され,親コロニーが存在する成熟林や,森林成立前の調査地では発芽が見られなかった.また,調べた全ての発芽実生から同一種の菌根菌が検出され,発芽時の菌パートナーは極めて特異的で,他の菌従属栄養植物と同じ傾向と考えられた.一方で,イチヤクソウ属の親個体の菌根菌は,様々な科・属にまたがる多様な種の菌が出現し,菌従属栄養植物で見られる,菌根菌パートナーとの特異的関係は見られず,また,その菌根菌の多くが,生育森林内の優占樹木の外生菌根菌と同じ種によって占められていた.つまり,イチヤクソウ属は生育環境に応じて周囲の菌と菌根を形成し,かつ周辺樹木と菌の共有を可能にしていると考えられた.さらに,イチヤクソウ属の葉の安定同位体自然存在比を,周囲の他の植物種と比較したところ,一部の群落で菌従属栄養性を示唆する値が示された.また,ポットを使った13Cトレース実験の結果,ベニバナイチヤクソウ葉から菌根菌経由での樹木光合成産物の移動が示唆された一方,検出された13Cの量は多くなかった.これらの結果は,本植物の菌従属栄養性の存在を間接・直接的に示すが,それへの依存度は高くないと考えられた.以上から,イチヤクソウ属植物は,種子発芽時には厳密な菌への特異性を持つことで,発芽適地の選択が可能となり,逆に親個体では,菌への特異性を低くすることで,周辺環境の変化への対応が可能になり,また,各森林の外生菌根菌糸ネットワークに接続できると推察される.イチヤクソウ属植物の生存戦略において,菌従属栄養性への依存度は高くはないが,共生菌の存在は重要な働きを持つと思われた.
著者
大園 享司
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.94, 2008 (Released:2008-07-21)

ヤブツバキの内生菌・葉面菌とその季節および葉齢にともなう変動を調べた.調査地は京都市西部の大原野森林公園内にあるアカマツ・コナラ・ヤブツバキの優占する二次林である.2004年5,8,11月および2005年2月の4回,ランダムに選んだヤブツバキ成木5個体の高さ約6mの枝を刈り取って年枝を読み取り,葉齢0,1,2,3年の見かけ上健全な葉を各10枚ずつ,合計40枚を採取した.これらの葉から直径5.5mmの葉片を合計160葉片を打ち抜き,表面殺菌法と洗浄法により内生菌と葉面菌をそれぞれ分離した.全体で79分類群の菌類がヤブツバキ葉から出現した.内訳は,内生菌が44分類群,葉面菌が52分類群,共通種が17種であった.内生菌の葉片感染率と分離菌株数は5月から2月にかけて有意に増加する傾向を示し,出現種数は葉の加齢にともなって有意に増加する傾向を示した.一方,葉面菌の葉片感染率は季節・葉齢によらず100_%_であり,分離菌株数は5月に最大となり8月に最小となった.葉面菌の出現種数は季節,葉齢で有意差は認められなかった.8種の菌類が高頻度で出現し主要な菌類と見なされた.Colletotrichum gloeosporioides, Colletotrichum acutatum, Pestalotiopsis sp.1, Aureobasidium pullulans, Phoma sp.1, Ramichloridium sp., Cladosporium cladosporioidesの7種では季節間で出現頻度が有意に変動した.出現頻度の季節パターンはこれらの種間で異なっており,5月にはC. gloeosporioides, Pestalotiopsis sp.1, Clad. cladosporioides, Phoma sp.1が,8月にはA. pullulans, Ramichloridium sp.が,11月にはC. gloeosporioides, C. acutatum, Pestalotiopsis sp.1, Clad. cladosporioides, A. pullulansが,そして2月にはC. gloeosporioides, Pestalotiopsis sp.1, Clad. cladosporioidesが高頻度で出現した.一方でGeniculosporium sp.1 とC. cladosporioidesの出現頻度は葉の加齢にともなって有意に増加した.
著者
松田 陽介
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.20, 2008 (Released:2008-07-21)

森林生態系に生育する多種多様な植物の根系には,菌根菌と呼ばれる土壌菌が定着しており,個々の宿主植物-菌根菌の間で菌根共生系を構築している.さらに隣接する植物個体間においても,菌根菌の菌糸の繋がり,いわゆる菌根菌ネットワークの構築が示唆されはじめている.本発表では森林生態系における菌根菌ネットワークの実態を明らかにするため,演者らがこれまでに調査してきた菌根共生系を概観し,土壌中における菌根菌の菌糸の繋がりとそれに関わる菌根菌について紹介する.森林の林冠を構成するモミを対象として,10×30 mのプロット内に生育する成木とその実生に形成された菌根の種類とその形成に関わる菌の分類属性を調べた.いずれの根系にも外生菌根が形成され,数十種の菌根菌の定着が示唆された.成木,実生ともに最優占する種はベニタケ属の一種であった.2次林に生育するキンランを3調査地から7個体,ギンランを2調査地から3個体採取した.それらの根には典型的なラン菌根が形成されており,キンランの菌根形成率は14%から63%,ギンランのものは57%から68%であった.菌根から得られた菌由来の塩基配列はキンラン4個体がイボタケ科,3個体がロウタケ科,ギンラン3個体はイボタケ科と最も類似していた.無葉緑性であるギンリョウソウを採取し,その根を観察した.いずれの個体にも,モノトロポイド菌根の形成が確認された.さらにその形成に関与する菌は,ベニタケ属,チチタケ属に属するベニタケ科,さらにイボタケ科に属するものと示唆された.二次林の林床に生育するイチヤクソウの根系を観察した.それらには採取時期を問わず,アーブトイド菌根の形成が確認されたが,菌鞘の形成は確認されなかった.この菌根の形成に関与する菌の特定は現在進行中である.これまでに得られた上記の植物の定着に関与する菌群は,いずれも外生菌根菌に属している.以上のことから,異なる菌根タイプを形成する植物群であっても,類似の菌根菌群の定着の関与が考えられた.これらのことを踏まえ,菌根菌ネットワークの生態的な意義について過去の関連研究も踏まえて議論したい.