著者
升屋 勇人 菊地 泰生 佐橋 憲生
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.97, no.3, pp.153-157, 2015-06-01 (Released:2015-08-01)
参考文献数
23
被引用文献数
1

サクラてんぐ巣病菌 Taphrina wiesneri はソメイヨシノをはじめとするサクラ類に大きな被害を及ぼしている。本菌の全ゲノム解読と近縁な 3 種 (モモ縮葉病菌, スモモふくろみ病菌, ポプラ葉ぶくれ病菌) との比較ゲノム解析の結果, Taphrina 属菌のゲノムは 4 種の間で, ゲノムサイズ, 遺伝子数, 遺伝子の種類の点で類似していることがわかった。同時に, 4 種の菌はそれぞれの宿主に適応し寄生を成立させるような, 染色体重複による寄生性関連遺伝子数の増加や, 遺伝子水平転移による新たな遺伝子の獲得などが起こっており, これらの違いが各宿主への寄生成立や病徴の違いに関与していることが示唆された。さらに, オーキシン, サイトカイニン, アブシジン酸など, 多くの植物ホルモンの合成にかかわる遺伝子が同定できた。本病原菌が宿主植物体内でこれらの植物ホルモンを生産し宿主のホルモンバランスが乱れることが, 奇形誘導に深く関与していると考えられた。今後, 得られたゲノム情報を活用した病原菌の生理生態の解明とそれに基づく生態的防除法や, 病原菌の生存に関わる特定の遺伝子をターゲットにした農薬の開発が可能になってくると予想される。
著者
升屋 勇人 山岡 裕一
出版者
日本森林学会
巻号頁・発行日
vol.91, no.6, pp.433-445, 2009 (Released:2011-03-28)

菌類が関連していないキクイムシは存在しない。キクイムシ関連菌の中には子嚢菌類や担子菌類といった非常に多様な菌類が含まれる。その中で経済的、生態的重要性からオフィオストマキン科、クワイカビ科の菌類に関する研究が進んできた。アンブロシア菌は養菌性キクイムシと絶対的共生関係にあるが、系統的に異系のグループであることが近年になって判明してきた。またオフィオストマキン科、クワイカビ科にそれぞれ近縁であることも明らかになってきた。両科は樹皮下穿孔性キクイムシの主要な随伴菌としても知られ、直接的、間接的にさまざまな共生関係を樹皮下キクイムシと結んでいる。キクイムシは進化の過程で養菌性を複数回進化させてきたが、菌類は自身の系統とは無関係にキクイムシと共生関係を結んできたと考えられる。そして結果的に、キクイムシ随伴菌はキクイムシの主要栄養源として機能する絶対的共生関係から、宿主樹木に対する病原力をもってキクイムシの繁殖戦略に貢献する共生関係まで、非常にさまざまな関係を結ぶことになったと考えられる。
著者
市原 優 升屋 勇人 窪野 高徳
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.92, no.2, pp.100-105, 2010 (Released:2010-06-17)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1 1

日本の冷温帯の代表種であるコナラとミズナラの堅果壊死の病原菌を明らかにするために, コナラとミズナラの壊死堅果に偽菌核を形成して発生するCiboria batschianaの病原性と発生生態を調査した。C. batschianaの菌叢をコナラとミズナラの堅果に接種した結果, 両種ともに堅果は壊死し偽菌核を形成し, 接種菌が再分離されたことから, C. batschianaにはコナラとミズナラの堅果を壊死させる病原性があることが確認された。岩手県のコナラ林では, 子嚢盤が発生した9月下旬に堅果が落下し, 10月には楕円形の一部壊死が認められ, 融雪後の4月には感染堅果のほとんどが偽菌核を形成していた。本菌は秋季にコナラ堅果に感染して病斑を形成し, その後融雪時期までに堅果全体を壊死させ偽菌核を形成すると考えられた。
著者
升屋 勇人 安藤 裕萌 小林 真生子 河内 文彦 岩澤 勝巳
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会大会発表データベース 第131回日本森林学会大会
巻号頁・発行日
pp.866, 2020-05-25 (Released:2020-07-27)

イチョウ(Gingko biloba)は中国原産の裸子植物イチョウ科イチョウ属の落葉高木で、古くから種子食用に栽培されている他、緑化木として公園や街路樹に多く植栽されている。最近、千葉県、愛知県で相次いで原因不明のイチョウの衰退、枯死が確認された。主な症状は、開葉後の葉先の褐変、萎れ、早期落葉により、最終的には枯死に至る。被害は複数本のまとまりで発生しており、隣接木へ被害が移行しているようにみえる事例も見られたことから、葉の感染症と土壌病害の両方の可能性が考えられた。そこで、葉、根圏双方での病原体の探索を行ったところ、葉からはGonatobotryumなどの寄生菌が検出されたが、木全体を枯死させるものとは考えられなかった。土壌釣菌実験を行ったところ、愛知県では1種類。千葉県では2種類のPhytophthora属菌が検出された。形態、およびDNA解析の結果、両県で共通して検出されたのはP. citrophthoraもしくはその近縁種と考えられた。P. cf citrophthoraを用いた土壌混和による接種試験で、イチョウの1年生実生は2か月で萎れ、枯死に至った。成木への影響を明らかにする必要はあるが、イチョウの枯死に本種が関与している可能性があると考えられた。
著者
升屋 勇人 岡部 貴美子 神崎 菜摘
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第55回大会
巻号頁・発行日
pp.53, 2011 (Released:2012-02-23)

ラブルベニア目菌類におけるダニ類寄生菌は,同じラブルベニア綱のピキシディオフォラ目との繋がりを考える上で重要であるが、その実体についてはあまり知られていない.ダニ類への寄生が報告されているラブルベニア目は約64種であるが,その多くはRickia属である.一方、その生活史の中でクワガタに完全に便乗した生活を営んでいる便乗ダニの1群、クワガタナカセというグループには,以前からDimeromyces japonicusが知られていた.演者らはダニ類に便乗する菌類の調査の過程で,Dimeromyces属2種と所属不明の便乗菌1種を見出した.Dimeromyces japonicusはコクワガタ体表に生息するクワガタナカセHaitlingeria longilobataの体表に寄生していた.菌体は無色で部分的に褐色,雌個体は3層からなる托を持ち,それぞれの上端から1個の子嚢殻,1本の付属枝を生じ,基部に足を生じる.托の枝は根棒状で,先端に向かって太くなり,約10個の縦1列の細胞から成る.子嚢殻は先端部直下に彎曲した褐色の角状突起を有する.雄個体は長短2本の付属枝と造精器を有する.長い方の付属枝は雌個体のものと類似し,短い付属枝は数個の細胞から成る.Dimeromyces sp.はヒメオオクワガタムシ体表のコウチュウダニ科Canestriniidaeのダニ体表に寄生しており,D. japonicusと形態的に類似しているが,角状突起が短く,付属枝を生じる托が短い点で区別できる.所属不明種はサンゴ樹状に分枝した枝が発達した形態を有し,アルケスツヤクワガタ体表に便乗するCanestrinia spの後部に付着していた.形態的にはラブルベニア目の付属肢に類似するが,他に分類群を特定する手がかりとなる形態は認められず,場合によってはラブルベニア目ですらないかもしれない.いずれにしてもクワガタに便乗するダニ類には様々なラブルベニア目菌類が寄生することが明らかとなった.これらの便乗ダニは未記載種が多く,未だ十分に探索されていないため,同様に潜在的に様々なラブルベニア目菌類が節足動物便乗ダニ上で見つかる可能性が高い.
著者
岡部 貴美子 升屋 勇人 神崎 菜摘
出版者
独立行政法人森林総合研究所
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

昆虫と共生する微小生物の生物多様性は、森林タイプなどの生態系の 多様性と明確な相関関係を示さず、共生生物の種の多様性と相関していた。これは微小生物が パッチ状の生息地を利用するため便乗寄主を利用しており、マクロハビタットの差などの影響 は顕在化しにくいためと考えられた。これらのことから便乗性の微小生物の多様性保全には、 便乗寄主の生息場所の保全が重要であると考えられる。
著者
石田 真結子 岩川 奈生 足助 聡一郎 黒田 慶子 梶村 恒 升屋 勇人 亀山 統一
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会大会発表データベース
巻号頁・発行日
vol.132, 2021

<p>近年、養菌性キクイムシ(Ambrosia beetle)とその共生菌あるいは随伴菌による樹木病害が世界各国で問題になっている。沖縄県では、デイゴの衰退枯死木から<i>Fusarium solani</i>種複合体に属する病原菌とともに、ナンヨウキクイムシ(<i>Euwallacea fornicatus</i>)を含む3種を検出したが(Takashina et al. 2020)、同県では<i>E. fornicatus</i>によるマンゴーへの加害が2000年以降に報告されている。2019年に石垣島のマンゴー圃場の枯れ枝で<i>Euwallacea</i>属のキクイムシ類と<i>Fusarium</i>属菌を検出したことから、本研究では、検出菌の分子系統解析および孔道付近の組織の解剖観察を通して、樹木とキクイムシ類および菌類との関係について検討を行った。孔道を含む木部組織および孔道内の<i>Euwallacea</i>属数種から菌分離を行い、それらのITSおよびEF-1α領域の塩基配列の解析から、デイゴの病原菌と近縁の菌類を確認した。さらにRPB1、RPB2領域の解析も加えて分類学的検討を進めている。</p>
著者
高部 直紀 升屋 勇人 梶村 恒
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.27, 2008 (Released:2008-07-21)

オトシブミ類は,植物の葉を裁断,巻き上げて幼虫の食料兼シェルター(揺籃)を作製し,その中に産卵する甲虫の一群である.このうちルリオトシブミ属(Euops)は,雌成虫の体内に菌類を保持,運搬するための器官(mycangia)が存在すること,産卵直後の揺籃にmycangia内の菌類と形態の類似した菌類が多く観察されることなどから,菌類と密接な関係にあると考えられている.しかし,実際に菌類を分離,同定した研究例はほとんど無く,共生菌類がどのような働きをしているのかについても未知の部分が多い.本講演では,イタドリ(Reynoutria japonica)を利用するカシルリオトシブミ(E. splendidus,以下,カシルリ)について,(1)主要な共生菌を明らかにするために,成虫および揺籃からの菌類の分離培養実験,(2)共生菌類による餌資源の質的改善の可能性を探るために,同所的にイタドリで繁殖する共生菌を持たないヒゲナガオトシブミ(Paratrachelophorus longicornis,以下,ヒゲナガ)に注目して,植物資源利用様式の種間比較調査,を行った結果を中心に紹介する.(1)の実験によって,親成虫がmycangia内に保持している優占菌は,2種のPenicillium属菌のどちらか1種であることが判明した.また,同じ菌種が揺籃に定着し,新成虫のmycangia内にも獲得されていたことから,主要な共生菌であると考えられた.なお,分子系統解析の結果,分離された2種のPenicillium属菌は系統的に近縁ではなかった.(2)の調査では,揺籃作製に利用する葉の週齢を,葉の諸形質の経時変化とあわせて追跡した.その結果,カシルリはヒゲナガが利用している葉よりも新しく,水分や窒素分を多く含む葉を選んで利用していることが明らかとなった.また,ほぼ同じ週齢の葉で作製された揺籃を用いて,摂食量と成長量の関係を査定すると,カシルリはヒゲナガよりも食物利用効率が高いことが示唆された.共生菌の存在によって,揺籃の餌資源としての質が高まっているものと推察される.
著者
升屋 勇人 戸田 武 市原 優 森山 裕充 景山 幸二 古屋 廣光
出版者
国立研究開発法人森林研究・整備機構
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2018-04-01

全国の天然林、人工林において樹木疫病菌の調査を行った。特に渓流のリターを中心に調査を行うとともに、枯死木があればその根圏土壌からの分離を行った。その結果、現時点で約1000菌株以上を確立した。これらの中にはP. cinnamomiなどの重要病害も含まれている。これらの菌株の詳細については、現在DNA解析と形態観察を継続して行っている。これまでに国内では約20種程度の種数が確認されていたが、そのほとんどは畑地であり、森林において多くの種類が検出される点は新規性が高く、日本における本病害のリスクを正確に把握するための一助となる。また、当年度は関西においてヒノキ幼木の枯死に樹木疫病菌が関係している可能性が考えられ、今後詳細な接種試験が必要である。さらにイチョウの集団的な枯損にも樹木疫病菌が関与しているか可能性があり、より詳細な現地調査を行っているところである。本年度はP. cinnamomi、P. cambivora、P. castaneaeを各種ブナ科樹木苗木の樹皮に有傷での接種試験を行った。その結果、クリではP. castaneaeが特に強い病原力を有すると考えられた。またその他の樹種に対してもそれぞれ病原性を有することが確認され、感染すれば十分に各樹種に損害を与えることが明らかとなった。特にコナラ、ミズナラ、クリは本病害に対して感受性が高い可能性がある。これらの成果は、これまで原因不明であった枯死のいくつかに本病原菌が関与する可能性を示すものである。
著者
升屋 勇人 田端 雅進 市原 優 景山 幸二
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.101, no.6, pp.318-321, 2019-12-01 (Released:2020-02-01)
参考文献数
25
被引用文献数
1

国産漆の需要拡大とともに国産漆増産の機運が高まる中,これまでに多くのウルシの植林が全国で行われてきたにも関わらず,漆液の収穫にこぎつけている地域は多くない。そこにはウルシの育成時における何等かの阻害要因が存在すると考えられた。実際に全国で植林したウルシの衰退傾向が著しい地域において調査を行った結果,北海道や岩手県を除く衰退林のほとんど全てで土壌より植物疫病菌の1種Phytophthora cinnamomiが検出された。分根苗を用いた土壌混和による接種試験では,菌を入れていない土壌と比較して明らかな衰退枯死が見られた。本研究により,P. cinnamomiは日本のウルシ植林において阻害因子の一つとなり得ると考えられた。また,本病害を新病害「ウルシ疫病」とすることを提案した。
著者
髙橋 由紀子 升屋 勇人 窪野 高徳
出版者
樹木医学会
雑誌
樹木医学研究 (ISSN:13440268)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.1-7, 2017-01-31 (Released:2018-01-31)
参考文献数
16

Sydowia japonicaはスギ雄花に選好的に寄生し,スギ花粉の飛散を阻害することから,スギ花粉症対策の生物資材として期待が寄せられている.本研究では,生物資材としての効果の持続性や二次感染の可能性評価のための基礎的情報を得ることを目的として,国内2箇所のスギ人工林において,S. japonicaの雄花序における感染率と感染雄花からの分離頻度を調査した.健全雄花序数と感染雄花序数を形成年ごとにそれぞれ計数し,各枝における感染率を算出した結果,雄花序の形成数と感染率は調査地毎にかなりばらついたが,当年感染雄花序数は当年雄花序数と前年以前感染雄花序数のそれぞれと正の相関があった.このことから,当年形成した雄花序が多く,前年以前に感染した雄花序が多いほど当年の感染数は多くなると考えられた.また組織分離の結果,感染雄花からのS. japonicaの分離頻度は,感染から2年以上経過すると低下したが,感染から2年後までは雄花内で生存可能であることが明らかになった.
著者
出川 洋介 勝山 輝男 田中 徳久 山岡 裕一 細矢 剛 佐久間 大輔 廣瀬 大 升屋 勇人 大坪 奏 城川 四郎 小林 享夫 原田 幸雄 松本 淳 勝本 謙 稲葉 重樹 佐藤 豊三 川上 新一 WALTER Gams
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

労力と時間を要すために研究が遅れてきた菌類のインベントリー調査を、博物館を介して専門研究者と市民とを繋ぐ3者連携体制を構築して実施した。多様な世代の70名以上の市民により5千点を超す標本が収蔵された10年に及ぶ事前調査を踏まえ、約50種の菌類を選定し、研究者の指導のもとに市民が正確な記載、図版を作成し菌類誌を刊行、デジタルデータを公表した。本研究事例は今後の生物相調査の推進に有効な指針を示すと期待される。