著者
大和 政秀 谷亀 高広
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会会報 (ISSN:00290289)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.jjom.H20-02, 2009-05-01 (Released:2018-03-30)
参考文献数
127

ラン科植物は菌類との共生に強く依存して生活している植物群であり,特に種子発芽後の初期成長時には共生菌からの炭素化合物の供給に完全に依存している.ラン科の中には葉緑素を失った種(菌(類)従属栄養植物)も存在するが,このような種は世代を通じて共生菌からの炭素化合物の供給に依存している.ランの主な共生菌としては,従来,不完全菌類であるリゾクトニア属菌が知られてきたが,近年の分子生物学的手法の導入によって,様々な菌群がランの共生菌として同定されるようになった.共生菌には樹木に外生菌根を形成する菌群も含まれ,このような場合には樹木・共生菌・ランの間に3者共生の関係が営まれていると考えられる.この外生菌根菌の共生は,特に菌従属栄養性のランで報告例が多い.共生菌は主に担子菌であるが,外生菌根形成能を有する子嚢菌が共生菌として同定される例も報告されている.また,特定の菌群に対して高い特異性を示す例も数多く明らかにされている.ラン科植物は環境の変化に弱く希少植物となっているものが多いが,共生菌に関する知見はこのようなランの生活史の解明と保全にとって重要である.本総説ではこれまでの知見をまとめ,可能な限りこの関係についての整理を試みるとともに,ラン科植物の保全活動における共生菌への理解の重要性についても考察した.
著者
谷亀 高広 吹春 俊光 鈴木 彰 大和 政秀 岩瀬 剛二
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集 第52回日本生態学会大会 大阪大会
巻号頁・発行日
pp.259, 2005 (Released:2005-03-17)

ラン科植物はリゾクトニア属に属する不完全菌類が菌根菌となることが広く知られているが、近年それ以外の担子菌が菌根共生する場合のあることが明らかにされている。〈BR〉 そこで本研究ではラン科植物の菌根共生に関する知見の集積を目的としてサイハイラン属のサイハイランとモイワランについて菌根菌の同定を行った。サイハイランは日本各地の丘陵地帯の湿った林内に自生する緑色葉を持つ地生ランである。一方、同属のモイワランは深山の沢筋に自生する無葉緑ランである。サイハイランは神奈川県藤野町のコナラ林において、モイワランは青森県佐井村のオヒョウ、カツラ林において、それぞれ1個体を採取した。菌根菌分離は、リゾーム内に形成された菌根菌の菌毬を分離培地(Czapec・Dox+酵母エキス寒天培地)上へ取り出し、そこから伸張した菌糸を単離培養するという方法(Warcup&Talbot 1967)を適用した。その結果、サイハイランより5菌株、モイワランより2菌株の菌根菌が分離された。それぞれ1菌株についてオガクズ培地で前培養し、これを赤玉土に埋没させることで子実体形成を誘導し、その形態的特徴から菌根菌の同定を試みた。両種から分離された菌株は、子実体の観察の結果、いずれもヒトヨタケ科ヒトヨタケ属キララタケ節に属することが明らかとなった。また、野外から採取したそれぞれのランのリゾームを子実体形成を誘導した菌の培養菌株と共に赤玉土に植え込み、菌根菌を感染させたところ、それぞれのランでリゾームの成長および塊茎の形成を確認した。〈BR〉ヒトヨタケ科の菌がランの菌根菌として同定された例は無葉緑種のタシロランがあるが(大和2005)、他は報告例がない。本研究によって、新たにサイハイラン属について、緑色葉を持つ種と無葉緑の種がともにヒトヨタケ属の菌を菌根菌とすることが明らかとなった。
著者
岡山 将也 谷亀 高広 大和 政秀 岩瀬 剛二
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第52回大会
巻号頁・発行日
pp.90, 2008 (Released:2008-07-21)

ラン科植物の多くが美しい独特の花を咲かせ、多くの人々を魅了してきた。しかし近年、乱獲や開発時の生育地の破壊等により絶滅の危惧に瀕している種が増加しており、生態の解明と保全方法の開発が早急に求められている。ラン科植物の種子は非常に小さく、貯蔵養分をほとんど蓄えていないため、発芽や初期の生育のための栄養分は完全に菌根菌に依存している。本研究は身近な野生ランであるシュンラン(Cymbidium goerinngii)とネジバナ(Spiranthes sinensis)を対象とし、根に共生する菌根菌の多様性を明らかにし、保全のための基礎的データの取得を目的としたものである。シュンランについては栽培品種も実験に用いた。顕微鏡で観察しラン科植物の根にコイル状菌糸(ペロトン)の感染を確認した。根を表面殺菌してガラス棒で潰し、遊離したペロトンを培地上に播き、伸長してきた菌糸をとり菌株を得、rDNAのITS領域の塩基配列解析により菌根菌の種を同定した。その結果、シュンランの菌根菌としてPeniophora sp.が、ネジバナはSistotrema sp.、Epulorhiza sp.、Bjerkandera sp.および Peniophora sp.が同定された。栽培品のシュンランからはTulasnella sp.が同定された。ラン科植物の菌根菌としてPeniophora属菌の報告は本研究が初めてである。これまでネジバナの菌根菌はThanatephorus cucumeris、Ceratobasidium cornigerum、Tulasnella calosporaであると報告されていたが、Peniophora属菌とSistotrema属菌の報告は本研究が初めてである。本研究の結果はシュンランとネジバナにはかなり多様な木材腐朽菌や土壌菌が共生していることを示し、これまで考えられていたようないわゆる’’Rhizoctonia’’に限られたものではないということが明らかになった。また、これらの菌根菌は木材や落葉を分解して得た栄養をランに供給していることを示唆しており、このようなラン科植物の保全のためには、むやみに落葉や倒木を除去しないことが重要であると考えられる。
著者
谷亀 高広 大和 政秀 鈴木 彰 岩瀬 剛二
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会50周年記念大会
巻号頁・発行日
pp.175, 2006 (Released:2007-06-05)

ヒメノヤガラ (Chamaegastrodia sikokiana)は本州、四国、九州のモミ林や、カシ林に自生する無葉緑ラン科植物の1種である。本研究では、ヒメノヤガラの生活様式の解明と増殖・保全を目的とし、菌根菌の種同定とその性質について研究を行った。供試植物は千葉県天津小湊町清澄山(優占樹種 モミ)産の3株と、高知県越智町横倉山(優占樹種 アカガシ、スギ)産の1株とした。菌根菌の分離培養では、一般にラン型菌根菌の分離に使用されるCzapek・Dox+酵母エキス寒天培地ではコイル状菌糸からの菌糸の伸長が見られなかったことから、外生菌根菌培養用の培地として知られるMMN培地を用いた。その結果、計17系統の菌根菌が分離された。これらの培養菌株からCTAB法によりDNAを抽出し、rDNAのITS領域をPCRにより増幅し、得られた塩基配列をもとに相同性検索を行い、系統解析を行なった。その結果、分離菌株は担子菌類のCeratobasidiaceae、いわゆるRhizoctoniaと相同性があることが確認された。また、自生地の状況や分離菌株がMMN培地で生育したことから、これらの菌根菌が樹木に外生菌根を形成するのではないかと考えられた。そこで、得られた菌株の内、清澄山産の供試植物より分離された2系統について、同自生地における優占種のモミに対し、接種試験を行った。分離菌株を液体MMN培地で培養し、滅菌土壌で生育させたモミ苗の根元に埋設させたところ、1ヶ月後に外生菌根が形成された。さらに、形成された外生菌根から得られたDNAを解析したところ、接種した菌株であることが確認された。このことから、ヒメノヤガラは、樹木に外生菌根を形成するRhizoctonia属菌を菌根菌として生育することが明らかとなった。外生菌根を形成するRhizoctonia属菌と無葉緑ラン科植物との共生関係については、海外では数例が報告されているが、日本国内では初めての報告である。
著者
折原 貴道 池田 枝穂 大和 政秀 保坂 健太郎 前川 二太郎 岩瀬 剛二
出版者
日本菌学会
雑誌
日本菌学会大会講演要旨集 日本菌学会第53回大会
巻号頁・発行日
pp.45, 2009 (Released:2009-10-30)

きのこを形成する菌類の中でも, 被実性の子実体を形成し, 胞子の射出機構を欠失している点が特徴であるシクエストレート菌 (sequestrate fungi) の分類学的および系統学的研究は日本国内において特に遅れており, 今後の研究により多くの新分類群や未知の系統が明らかになることが期待される. 国内のシイ・カシ類樹下に発生するシクエストレート担子菌コイシタケはHydnangium carneum の学名が与えられているが, オーストラリアに分布しユーカリと特異的に菌根を形成するH. carneum とは, 形態的・生態的特徴のいずれも大きく異なる. 演者らは, コイシタケおよびブナ・ミズナラ樹下に発生し, 形態的に本種と酷似する未報告種(仮称:ミヤマコイシタケ)の形態学的評価および核リボソームDNAのITS領域を用いた系統解析を行った. 分子系統解析の結果, コイシタケはH. carneum とは遠縁である, ベニタケ属の系統内で分化したシクエストレート菌であることが示され, 形態的にも子実層部のシスチジアなど, ベニタケ属菌に特徴的な構造が確認された. ベニタケ属の系統内では複数のシクエストレート菌の系統が分化していることが知られているが, コイシタケおよびミヤマコイシタケはそれらの既知系統のいずれにも属さなかった. また, コイシタケはミヤマコイシタケと種レベルで異なることが分子系統解析結果からも支持された. 両種は肉眼的には酷似しているが, 担子胞子や担子器の形態など複数の顕微鏡的特徴に差異があることも明らかになった. ミヤマコイシタケの担子胞子はベニタケ属菌に特徴的なアミロイド反応を呈する一方, コイシタケの担子胞子は非アミロイドであることから, 両種を含む系統ではシクエストレート菌への系統進化が起こった後に担子胞子のアミロイド反応が消失したと考えられる. また, 両種の分布状況に基づく生物地理学的考察も行う.