- 著者
-
若林 剛
- 出版者
- 一般社団法人 日本農村医学会
- 雑誌
- 日本農村医学会学術総会抄録集 第58回日本農村医学会学術総会 (ISSN:18801749)
- 巻号頁・発行日
- pp.13, 2009 (Released:2010-03-19)
地域医療崩壊という言葉がマスメディアに頻繁に取り上
げられるようになったのは,2006年頃からであろうか。
私は2005年の秋に慶應義塾大学外科の講師から岩手
医科大学外科の教授になるために,岩手県盛岡市に赴任した。
岩手県は人口10万人あたりの医師数が179.1人で全国
8番目の少なさであるが,1平方キロあたりの医師数は北海道に
次ぎ全国で2番目の少なさである。赴任後に最初に気づいた
ことは盛岡市内の開業医の多さであり,街を歩くと1ブ
ロック毎に何らかの科の開業医を見つける。次に県内の関
連病院を視察し知ったことは,盛岡市内から車で平均2時
間位かかる人口過疎地に地域中核病院が点在しており,麻
酔常勤医がいない病院や外科常勤医が3人未満の病院が存
在することであった。2004年に導入された初期臨床研修制
度の負の効果として,若い医師の偏在が挙げられる。つま
り,地方から都会へ,大学病院から市中病院へ,つらい診
療科から楽な診療科へと若い医師が流れた。幸い岩手医科
大学外科にはこの4年間で31名の若い医師が加わったが,
若い医師に魅力を提示できない多くの地方大学の診療科で
は教室員は減少している。以下に私見を述べる。過疎地に
は雇用が無いから人口が減り,医師が子息を学ばせたい進
学校がなく,過疎地中核病院勤務への心理的抵抗が生ず
る。若い医師の偏在により,地方大学のつらい診療科は過
疎地の病院から大学へ医師を引き上げざるを得なく,忙し
くなった地域中核病院勤務医はいわゆる「立ち去り型サボ
タージュ」により開業を選択する。この負の連鎖を断ち切
るためには,早急に3つを提言する。1)初期臨床研修医
募集数と医学部卒業生の数を同程度にし,都道府県人口あ
たり必要な初期研修医数を決め,初期臨床研修マッチング
に過度な競争と地域偏在をなくす,2)医師は公共性が高
い職業であり,ある程度は行政が介入し開業への制限と各
診療科医師数の調整を行う,3)医療費抑制政策の撤回に
より,地域医療崩壊の現場にインセンティブを与える診療
報酬を設定する。本質的には,地域医療の崩壊は地域社会
の崩壊と同義である。地域社会に産業の活性化と雇用の確
保を行えば,大都市への人口集中は防げるので地域社会の
教育や医療も充実できるはずである。