著者
長島 世津子
出版者
白百合女子大学
雑誌
白百合女子大學研究紀要 (ISSN:02877392)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.A21-A42, 2006-12

この論考は今日の社会を生きる生身の現代人における魂の不安に対するケアに触れながら、そうしたケアのために教育現場ではどのような取り組みが必要とされるのか、その模索の入り口に立とうとする試みである。「魂のケア」や「魂の教育」を考える時、学校というある意味で生と死の現場から切り離された教室空間に留まったまま教科書や文献に即して考察するだけでは、抽象的な知識のレベルで終始しがちとなり、今ひとつ全人的な生きたテーマの学習には及びにくい。「魂の教育」のためには、人間の心の深みや魂の叫び、いのちの営みが如実に顕現化するターミナル・ケアやホスピス・ケアの現場をその学びの原点とするような形の取り組みが考えられよう。人間のいのちに深くかかわる現場の人々との接点を持ちながらの学びのあり方-ある種の体験学習的な取り組み-が求められる教育の一つではないであろうか。その意味で、自分自身のこの論考への促しの発端ともなったドイツのホスピス訪問で学んだ幾つかについて、最後の部分で言及したい。
著者
宮澤 健太郎
出版者
白百合女子大学
雑誌
白百合女子大學研究紀要 (ISSN:02877392)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.71-83, 2006-12
著者
朝日 由紀子
出版者
白百合女子大学
雑誌
白百合女子大學研究紀要 (ISSN:02877392)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.A77-A94, 2006-12

マーク・トウェインの最高傑作『ハックルベリー・フインの冒険』は、アメリカ文学の古典としての地位を確立している作品であるが、一方、その語り手ハックルベリー・フインがこの世に登場したときから、社会的な排撃が起こり、以来、時代風潮のなかで社会道徳による断罪が批評家の評価の仕方に影響を及ぼしてきた点で、特異な作品である。この経緯をたどることは、必然的にアメリカ文化の深層と断層を知ることになろう。