著者
谷口 将紀
出版者
公益財団法人 NIRA総合研究開発機構
雑誌
NIRAオピニオンペーパー (ISSN:24362212)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.1-6, 2023-06-23 (Released:2023-06-28)

NIRA総研が2023年2月4日に開催したNIRAフォーラム2023では、テーマ1として「熟議民主主義」について議論した。考え方に大きな世代間格差が存在する少子化政策について合意に達するには、人びとの間での熟議が不可欠である。どうすれば熟議を経た政策決定の仕組みができるか。1つは、新しい視点からの「アジェンダ設定」である。例えば、子育て支援では「人口減少」に直結する問題を設定し、従来の「現世代内」の問題設定でなく、「将来世代も視野に入れた」設定に変化させることが重要である。アジェンダ設定能力を持つ代表的なアクターとしてメディアがあるが、そこでの人材の成熟も不可欠である。もう1つは、「熟議プラットフォーム」の再構築であり、IT技術の寄与も期待される。兵庫県加古川市では、インターネットプラットフォームを活用した熟議の実践例がある。このような熟議は、国全体レベルの政策課題の場合には難しい面もあるが、地方自治体主導での熟議が国政レベルの議論につながる可能性もある。他方、政治が安定的で政権交代がほぼ起きず、行政が現場から得られる生きた情報を政治にぶつける力が弱まっているといった現状の日本の統治システム自体が、熟議による政策決定を阻んでいる懸念もある。
著者
宇野 重規
出版者
公益財団法人 NIRA総合研究開発機構
雑誌
NIRAオピニオンペーパー (ISSN:24362212)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.1-10, 2020 (Released:2021-03-29)

今日、「当事者意識(オーナーシップ)」という言葉に再び注目が集まっている。そこで重視されるのはまず、各個人の当事者意識である。「他人事(ひとごと)」ではなく「自分事」と思うからこそ、人は課題やミッションに主体的に取り組む。次に、この言葉は、誰もが自らの人生の責任ある当事者として、自分のことは自分で決定し、社会的に必要なサポートを受けつつ自立して暮らしていけることを指す。そして第3 に、重要な決定が、それに深い関わりを持つ人から近い場所においてなされる必要を説く。自分にとって身近なものだからこそ、人はそれに注意を払い、その価値を重視するからである。以上の問題意識を踏まえ、本研究は3 人の識者にインタビューを行っている。3 人の識者はいずれも、多くの社会的課題の解決にあたって、行政や専門家だけでなく、住民を含む関係者の参加と、企業などによるサポートを結びつけていくことを強調する。そこでは、新たな当事者意識のための仕組みやプラットフォームの整備、サポート体制の充実、行政・住民・企業をつなぐコーディネーターの必要が指摘される。
著者
翁 百合 Högberg Pereric 宮川 絢子
出版者
公益財団法人 NIRA総合研究開発機構
雑誌
NIRAオピニオンペーパー
巻号頁・発行日
vol.52, pp.1-14, 2020

スウェーデンは、強制的なロックダウン政策を採用せず、国民の自主性に任せる緩やかなコロナ感染症対策を採用している。こうした政策を採用した背景には、ロックダウン政策は、短期的に効果はあっても再び感染拡大を招くため、国民が長期に耐えられる政策を採用すべきとの専門家の判断がある。同時に、憲法で、中央政府は、国民の移動を禁止できない、地方自治体の自治を尊重する、公衆衛生庁といった専門家集団である公的機関の判断を尊重することが規定されていることに注目すべきである。この強制をしない政策に対して、海外からは批判も多く聞かれるが、国民の評価は比較的高い。歴史的に政府への国民の信頼は培われてきており、また科学的エビデンスに基づく政策決定であることを理解して、国民はこれに協力している。また、自らの行動を自ら決めることを尊重する国民性も支持の背景として指摘できる。有効な手立てを講じて国民の健康を守るためには、各国で実施される政策について知見を増やし、参考にすることも有益と思われる。その際、その国の文化、歴史的背景、社会的資本、法制度や医療制度など多面的に研究したうえで、わが国にとって最善の在り方を検討、模索していく必要がある。
著者
大久保 敏弘
出版者
公益財団法人 NIRA総合研究開発機構
雑誌
NIRAオピニオンペーパー (ISSN:24362212)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.1-10, 2023-03-03 (Released:2023-03-07)

コロナ禍を契機に、ネット経由で、単発・短時間のサービスを提供する「ギグワーク」への関心が高まっている。働く側にとっては、スキルや時間を活かして自由度の高い働き方を実現でき、発注側はニーズに応じたサービスを手ごろな価格で利用できる。一方、ギグワーカーは労働者としての権利や福利厚生が保障されていない。所得も不安定になりがちで、セーフティネットの脆弱性が課題だ。労働力不足が進む日本社会にとって、また、昨今の物価高騰が進む中、ギグエコノミーの重要性は増しており、新しい働き方を健全に発展させられるか、分水嶺に立っている。就業者実態調査の結果によると、副業・兼業としてのギグワークの経験がある就業者は全体の4%、日本全体で推定275万人程度いることがわかった。特に若年層、従業員のいない自営業主、専門技術職、管理職、テレワーク利用者ほどギグワークを行っている。内容は「データ入力作業」などホワイトカラー系の仕事が多く、隙間時間を使った本業の所得補填の色合いが強い「後ろ向きのギグワーク」が中心だ。従来期待されていた、組織に縛られず自らのアイデアやスキルで柔軟に効率よく働く「前向きのギグワーク」とは異なる。「前向きのギグワーク」を普及させるには、企業が副業に肯定的になり、従業員のスキルを正しく評価し十分な賃金を保障すること、マッチングプラットフォームの制度設計を改善していくことが不可欠だ。
著者
小塩 隆士 宮尾 龍蔵
出版者
公益財団法人 NIRA総合研究開発機構
雑誌
NIRAオピニオンペーパー
巻号頁・発行日
vol.45, pp.1-6, 2019

現在の日本社会が直面している、低成長・人口減少という転換期を乗り越えるためには、整合性のある政策を実施することが必要不可欠である。しかし、公表されている政府試算を見るだけでは、経済社会の望ましい将来像を描き、その実現に必要な政策を整合的な形で検討することは極めて難しい。内閣府が公表している「中長期試算」では2028年度までの経済財政状況の展望を示しているが、歳出内容や、個別歳出の性質に応じた抑制の程度について明示的に議論されていない。また、内閣官房など4府省による「社会保障見通し」も、その裏付けとなる財政の展望が示されていない。厚生労働省の「年金の財政検証」では、2115年度までの年金財政を検証しているが、それと密接な関係にある財政や社会保障全体の展望は示されていない。本来であれば、財政や社会保障全体について、その将来像や持続可能性の分析が一体的に行われなければならない。そこでわれわれが政府の経済前提を用いて将来の財政状況を試算したところ、政府の債務残高対名目GDP比は上昇を続け、財政収支の長期的な持続可能性が十分に確保されていないことが明らかとなった。中長期的な社会保障制度の見直しを検討する上で、今の政府の各試算では不十分であり、マクロ経済や財政状況に与える影響を定量的に分析し、長期的な視野で整合的に議論することが不可欠である。