著者
久米 啓介
出版者
日本第二言語習得学会
雑誌
Second Language (ISSN:1347278X)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.31-51, 2016 (Released:2017-12-20)
参考文献数
23

第二言語 (L2) としての英語の学習者は冠詞の選択において誤りを犯すことは広く知られているが, 近年の研究 (Ionin, Ko, & Wexler, 2004; Ko, Ionin, & Wexler, 2010ほか) では, L2英語学習者の冠詞の選択に関する誤用はランダムに起こるのではなく, 定性 (definiteness), 特定性 (specificity), 分割性 (partitivity) といった普遍的意味素性 (universal semantic feature) によって引き起こされていると考えられている.本研究は, これらの意味素性の中でも, とりわけ日本語を母語 (L1) とするL2英語学習者を対象とした研究がない「分割性」に重点を置き, Ko et al. (2010) と同様の研究材料 (筆記誘因タスク) を使用し, L1日本語L2英語学習者を対象にその影響を検証した.実験結果は, 分割性の日本語話者への影響を示唆するものであり, 英語冠詞の選択においてL2学習者がUniversal Grammarに規定されているとされる意味素性にアクセスすることにより誤用が起きるのだとする Ko et al. (2010) 等の先行研究の主張を支持するものであった.しかしながら, 併せて検証した特定性の影響が, 分割性の影響に比べてより明確であること, つまり, 両意味素性はL2英語学習者の冠詞の選択に影響を及ぼすものの, 影響には差があることがわかった.これは, L2学習者が英語冠詞を習得する際に, 分割性に比べ特定性がL2英語学習者により強い影響を及ぼす段階がある可能性を示唆していると考える.そして, 特定性の影響がより強く残る原因は, 文脈によっては, 与えられた情報を頼りにその値を決定することが分割性に比べ難しくなるため, 学習者が当該素性と英語冠詞の選択が関連していないということを学習するのに必要な間接的否定証拠を利用しにくいからであると主張する.
著者
横田 秀樹 アンドリュー ラドフォード
出版者
日本第二言語習得学会
雑誌
Second Language (ISSN:1347278X)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.59-94, 2012 (Released:2017-12-20)
参考文献数
42

英語のWh移動は,普遍的制約(例:Attract Smallest Condition, Chain Uniformity Condition)とパラメータ化された制約(例:P-Stranding Condition, Left Branch Condition)によって,目標要素(Goal)へのアクセスが制限されている。本研究では,日本人英語学習者(JLE)によって関連する制約がどのように習得されるのかを調べるために行った実験の結果を報告する。結果として,Goalへのアクセスを制限する普遍的制約は,習得初期段階にあたるJLEの中間言語文法においても機能しているが,一方で,パラメータ化された制約に関してはL1からL2への転移が初期の段階で現れる。これは,Full Transfer Full Accessモデル(Schwarz and Sprouse, 1994, 1996)を支持するものである。さらに,パラメータ化された制約の中には,JLEが再設定できるもの(例:P-Stranding Condition)もあるが,再設定できないもの(例:Left Branch Condition)もある。JLEは,学習可能な(すなわち,インプットからの肯定証拠のみに基づいて学習されうる)パラメータ化された制約は再設定できるが,学習不可能な(すなわち,肯定証拠だけでは学習できない)パラメータ化された制約は原則として再設定できないことを議論する。
著者
栗原 千恵子
出版者
The Japan Second Language Association
雑誌
Second Language (ISSN:1347278X)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.69-95, 2004-05-01 (Released:2012-09-24)
参考文献数
45
被引用文献数
1

統語に関する第二言語習得は, 少なくともその初期段階において, 母語のパラメター値を転移して行われると主張されてきた (Schwartz, 1998a & b;Schwartz & Sprouse, 1994, 1996;Tsimpli & Smith, 1991;Tsimpli & Roussou, 1991).母語転移のメカニズムに関して, Tsimpli & Roussouらは, 以下のように説明している : 母語転移とは、母語の素性を第二言語の形態音素にマッピングすること, すなわち第二言語のインプットを “誤って分析する” ことである.本研究は, 日本語話者による英語の義務的主語 (指示的名詞, 仮主語の'it'と'there') の習得を例にとって, 以上の仮説を考察し, “誤分析” 説にさらなる支持を与えることを目標とする.Chomsky (1995) が提案した理論枠組みによれば, 日英語の主語の違いは帰属する素性の特性によって説明づけられるということである.日本語の時制文では空主語が可能であるが, 英語ではそれが不可能である.これは機能範疇Tに帰属するD素性が原因となっている.英語のD素性は強く, 日本語のそれは弱い (Wakabayashi, 1997, 2002;cf. Yatsushiro 1999).しかし, このパラメターの違いは日本人英語学習者によって簡単に克服されるという報告がされている (Hirakawa, 2003;Wakabayashi, 1997, 2002;Wakabayashi & Negishi, 2003;Zob1, 1990).本研究は, 日英中間言語の中の動詞直前に位置する名詞句が, 英語でいう主語に当たるものなのかどうかを調査し, 以上の報告の正当性を吟味する.そして, 実験データを基に, 英語習熟度初・中級の学習者が英語の「主語-動詞」構造を「話題-空主語-動詞」と取り違える一方、述語の前には顕在的な句が必要であることを知っていることを示す (Kuribara, 2000, 2003).文法性判断テストを初級から中 (の上) 級に相当する学習者に実施した.このテストには, 2タイプの構文が含まれ, 1つは空主語が構造的に異なる環境に位置する文で, もう1つは「名詞話題句-主語」構造を持つ文である.データ分析の結果として, 学習者は, 動詞が主要部範疇の後に来る空主語節よりも名詞句のような句範疇の後に来る空主語節を著しく容認することが分かった.「名詞話題句-主語」構造については, 初・中級学習者の大多数が話題句が0標示されているか否か, 主語が顕在的か否かにかかわらず全ての構文を受け入れた.これらの結果は, 明らかに英語のD素性値を習得していないということを示す.学習者が習得したのは, むしろ, 英語は動詞の前に (日本語の意味での) 話題および/又は主語を生成し, それ (らのうちの一つ) はいつも形態音素を必要とする, ということの二点である (cf.Hawkins, 2001;Kuribara, 2000, 2003).
著者
木村 崇是 若林 茂則
出版者
日本第二言語習得学会
雑誌
Second Language (ISSN:1347278X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.89-103, 2019 (Released:2020-02-05)
参考文献数
35

Tom ate an apple/applesという文において,目的語がもつ数素性や定性に応じて,動詞句によって表される事象の(非)完結性が決定される.本稿では,そういった文がもつ完結性の解釈を通して,冠詞などの語彙項目および数,定性などの形式素性の第二言語習得について,母語からの転移や意味・語用的計算などの観点から考察する.これまでの研究で,the applesのような定複数名詞を目的語として取る場合の完結性の解釈が困難であることが知られてきた(Kaku, 2009; Kimura, 2014; Wakabayashi & Kimura, 2018).また,初級学習者は(非)完結性解釈の際,数素性や定性の違いをうまく計算に取り込めないことも示されてきた(Kimura, 2014; Wakabayashi & Kimura, 2018).その原因として,先行研究では,定複数名詞句の計算の複雑性や発達中の中間言語における機能範疇の欠落などが提案されてきた.本稿では,これらの研究の問題点を指摘し,代案となる,以下の説明を提示する.すなわち,完結性は語用論的知識に基づいて尺度含意(scalar implicature)によって計算される(Filip, 2008)ため,語用論的知識の使用が難しい初級学習者にとっては,この尺度含意の計算が実行できず,その結果,表面的には形式素性が形態統語の計算にうまく取り込まれていないように見える.また,中級学習者になれば,尺度含意計算に基づく完結性の計算は行われるが,定冠詞theで示され,数が複数(plural)である名詞句の完結性解釈に問題が残る.これは,学習者の母語には,形式素性「定(definite)」を表すtheと同等の語彙項目が存在しないため,尺度含意の計算の基となる定冠詞the の習得が難しいためである.
著者
鶴谷 千春
出版者
The Japan Second Language Association
雑誌
Second Language (ISSN:1347278X)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.27-47, 2004-05-01 (Released:2012-09-24)
参考文献数
34

本研究は日本語の第一、第二言語習得過程において、母語の音韻構造がどう作用するかを拗音の習得に焦点をあて、考察するものである。日本語には拗音と呼ばれる口蓋化子音があるが、それを含む特殊モーラは、日本語がモーラ言語であるという制約のため、CVモーラと同じ時間長であることが要求される。しかし、英語を母語とする日本語学習者は、子音、母音の時間長の誤りに加え、口蓋化子音を類似の子音連続 “Cj” とみなし、その典型的な誤用である母音の挿入を行う例がよく見うけられる。 “Cj” 内の/j/が音韻的に子音と母音のどちらに属するかは、日本語また英語においても議論が揺れており、両言語話者の拗音習得のストラテジーはその解明の一端をになうものと考えられる。“Cj” と口蓋化子音の音声学的な類似性を考慮して、子音連続の習得過程を参考に考察をすすめた。一般的に幼児は子音連続の発音のむずかしさを子音の一つを省略することによって避ける傾向がある。幼児が子音連続を簡略化する方法は様々な観点から考えられているが、ソノリティ (聞こえ度) が最もよく言及される要因だと言える。音節の初めでは、子音から母音への聞こえ度の上昇が最も高くなるように子音の省略が行われることから、 “Cj” の簡略化及びその他の誤りのパターンを音韻的構造と関係づけ、観察した。結果は第一言語学習者 (日本人幼児) と第二言語学習者 (英語話者) の拗音の習得過程に明らかな相違が見られた。モーラ時間の制約のため、日本人幼児は母音挿入を行わないが、英語話者には母音挿入をはじめとするモーラ時間をこえた間違いがみられた。さらに、省略する子音の選択にも違いが見られ、両言語における/j/の音韻的位置を示唆する結果が得られた。また、日本人幼児は、拗音の発音にたけているという概念 (幼児語) は、破擦音/t∫/, 摩擦音/∫/の早期習得に負うものが多いことがわかった。