著者
竹下 昌志
出版者
北海道大学大学院文学研究院応用倫理・応用哲学研究教育センター
雑誌
応用倫理 (ISSN:18830110)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.3-20, 2023-03-31

近年、私たちがより道徳的になる方法の1つとして、道徳的エンハンスメントが提案されている。道徳的エンハンスメントとは、ある道徳的主体の道徳的能力の改善や道徳的能力の獲得・選択を目的にした何らかの処置や介入のことである。道徳的エンハンスメントの方法として多く議論されているのはバイオエンハンスメントであるが、これは個人の自由や自律性を損なうという懸念がある。そこで、近年のAIの発展を受け、道徳的AIエンハンスメントが提案されている。提案されている道徳的AIエンハンスメントには、道徳的判断を下しユーザーに伝えるAI、ユーザーに助言するAI、ユーザーと議論するAIがある。しかし、道徳的AIエンハンスメントには、道徳的エンハンスメントに成功しないのではないか、AIの助言にしたがうことは問題があるのではないか、などの指摘がなされている。そこで本稿では、道徳的AIエンハンスメントの種類や、道徳的AIエンハンスメントが何を改善するのかについて整理した後、六つの批判を取り上げ、それらに対して反論することで道徳的AIエンハンスメントを擁護する。また既存研究でほとんど擁護されていない、質問を受けて答えるだけのAIによる道徳的AIエンハンスメントも擁護する。
著者
草野 原々
出版者
北海道大学大学院文学研究院応用倫理・応用哲学研究教育センター
雑誌
応用倫理 (ISSN:18830110)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.34-44, 2022-06-30

本稿の目的は、ソーシャルロボットの倫理問題に対して、フィクションの哲学を使ったアプローチを提案することにある。第一部では、われわれがロボットを、社会的関係を結ぶことのできる社会的存在者として見なしているという事実を確認し、そこに倫理的問題が秘められていること、また、その問題がフィクションについて論じられてきた問題と類似していることを論ずる。第二部では、ロボットとわれわれとのあいだの社会的関わりを広い意味での「フィクション」とする「フィクション論的アプローチ」を提案する。先行研究であるRodogno(2016)と水上(2020)を確認し、水上はウォルトンのメイクビリーブ説を採用しているが、それは記述的には正しくないことを指摘する。第三部では、フィクションにかかわる情動を分析した「フィクションのパラドクス」を利用し、ソーシャルロボットにかかわる情動についてのトリレンマとなる「ソーシャルロボットのパラドクス」を提案する。そして、その分析からソーシャルロボットとの社会的関係をフィクションと見なしたときに生ずる倫理的問題を考察する。最後に、ソーシャルロボットの倫理的問題に関して、美学的観点から新しい光を投げかける。すなわち、社会的存在者としてのソーシャルロボットをフィクションと見なすべき美的規範があるのではないかという新たなアプローチを唱える。
著者
七戸 秀夫
出版者
北海道大学大学院文学研究院応用倫理・応用哲学研究教育センター
雑誌
応用倫理 (ISSN:18830110)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.3-15, 2020-05-31

脳疾患に対する他家/異種細胞移植( 他人や動物の細胞が脳内に入り込む) に関して現状を分析し、Derek Parfit 著『理由と人格 非人格性の倫理へ』で言及される〈R 関係〉に基づいて考察を行う。実際に他家/異種細胞が脳内に長期生着しキメラ状態となっている患者が多数存在しているが、人格の同一性については深く検討されてこなかった。我が国では自家細胞を用いた治療が先行してきたが、最近他家細胞に関する臨床研究も開始され、今後増加すると予想される。自家細胞と異なり、他家/異種細胞移植では回復した意識や認知機能は新たに生じたキメラ状態の脳に由来し、そこに〈R 関係〉は存在しない。患者らに漠たる違和感が生じるとすれば、〈R 関係〉を有しないことに(無意識的ながら)根ざしているように思われる。移植によるキメラ状態は、臓器移植や骨髄移植など日常診療としてありふれているが、キメラ状態の臓器の問題は脳とそれ以外で倫理学上の重要性が異なる。
著者
前田 春香
出版者
北海道大学大学院文学研究院応用倫理・応用哲学研究教育センター
雑誌
応用倫理 (ISSN:18830110)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.3-21, 2021-03-25

本論文の目的は、Correctional Offender Management Profiling for Alternative Sanctions(以下COMPAS)事例においてアルゴリズムが人間と似た方法で差別ができると示すことにある。技術発展とともにアルゴリズムによる差別の事例が増加しているが、何を根拠に差別だといえるかは明らかではない。今回使用するCOMPAS 事例は、人種間格差が問題になっているにもかかわらず、そのアルゴリズムが公平であるかどうかについて未だ論争的な事例であり、さらには差別の観点からは説明されていない。本論文では、「どのような差異の取り扱いが間違っているのか」を説明する差別の規範理論を使ってCOMPAS 事例を分析する。より具体的には、差別の規範理論の中から「ふるまい」による不正さを指摘するHellman 説を適切なものとして選び、アルゴリズムに適用できるよう改良したうえでCOMPAS 事例が差別的であるかどうか分析をおこなう。この作業によって、差別的行為を「ふるまい」の問題として独立させ、一見差別の理論が適用できなさそうなアルゴリズムによる差別性の指摘が可能になる。
著者
西本 優樹
出版者
北海道大学大学院文学研究院応用倫理・応用哲学研究教育センター
雑誌
応用倫理 (ISSN:18830110)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.22-44, 2021-03-25

本稿では、ビジネス倫理で「企業の道徳的行為者性」(corporate moral agency)をめぐって中心的な論点となる企業の意図の問題を、推論主義(Brandom 1994)と呼ばれる言語行為論の一類型を援用して検討する。 企業に行為の意図を認めることができるかという問題は、従来から心の哲学の心理主義と機能主義の対立を反映する形で議論されてきた。すなわち、意図に関して心理主義を支持するレンネガードとヴェラスキーズ(2017)が、心を持たない企業が意図を持つことはありえないと主張するのに対し、機能主義を支持する論者は、企業に意図の機能的特徴を見出すことができると主張する。 本稿では、この対立を概観した後、意図に関して言語論的な機能主義を支持する推論主義を援用することで、レンネガード、ヴェラスキーズの議論に反論を提起し、この議論で推論主義が適切であることを示す。この作業の後、本稿では、条件付きではあるが推論主義から企業の意図および企業の道徳的行為者性が正当化できることを示し、そうした議論から帰結する問題点を指摘する。