著者
佐藤 淳一
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.5-16, 2013

心理療法において「死と再生」の象徴過程は心の変容過程として重要なものである。しばしば「死と再生」の概念は,死の体験の後に再生が訪れるという面が注目されがちであるが,そのような過程に必ずしも当てはまらない事例も存在している。そこで本論文は,被虐待経験のある中学生男子との遊戯療法過程を報告し,「死と再生」の概念の再検討を行った。クライエントは自らを「悪」と同一化し,セラピストとの間で激しいちゃんばらを繰り広げ,何度も「死と再生」を演じた。また,動物や人形のフィギュアを箱庭の砂の中に埋める遊びを繰り返した。セラピー過程が進むと,箱庭に墓を立てたり十字架を投げ合うなどして,「死」を弔い,魂を鎮める儀式が行われた。本事例から,「死と再生」のプロセスは,死の体験の後に再生が訪れるというものではなく,むしろ「再生の死」,あるいは「死の再生」という過程が繰り返されること,そしてそのプロセスは弔いや鎮魂のイメージによって完遂されることが示唆された。
著者
菱田 一仁
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.51-61, 2012

人形はわれわれにとって身近なものであるが, 心理臨床においてもそれは例外ではない。遊戯療法や箱庭療法において人形は使用されるが, それらについて考察するうえで, そうした場で使われる人形のあり方について考察することが有用であると考えられる。人形という存在について考えるとき, 特徴的だと考えられるのが, 人形が人によって弄ばれるという点である。他と異なり人形は「私」という個人によって弄ばれ, それによって人形は「私」であって「私」でないという二重性を持った中間的な存在となると考えられる。そして, そうした中間的な存在として, かつて人形が人の思いや苦しみを託すヒトガタとして用いられたように, 現代の心理臨床の場面においても, そうした中間的な存在として「私」の想いや生きる苦しみを代わりに受ける存在として, 人形は存在していると考えられる。
著者
井上 靖子
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.31-41, 2013

本論文では, 不登校, 排尿恐怖症のあった小3女児との遊戯療法を取り上げ, 無意識の自律性という観点からの検討を行った。女児は自分を出せない不安や大人への恐怖があり, 弱視という問題を抱えていた。これらの内的な問題は, 遊戯療法において, 粘土遊びや描画を通して表現された。女児は, 粘土で, 自己像を投影した右目のないウサギと恐怖の対象である宇宙人の目玉を作った。遊びのなかで, 宇宙人の目玉は殺害され, その血液はウサギの右目として再生する。この血液は「いのちの水」イメージでもある。こうしてセラピストと共に想像することが, 自律的なイメージの発動を促した。女児は「いのちの水」イメージによって身体像を回復し, 子どもらしさを取り戻すことができた。無意識の自律性は, 他者や宇宙との繋がりを回復させ, 生命力の更新を可能にすることが明らかとなった。
著者
TAKATA Natsuko
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.2_101-2_113, 2011

I've reported on a female client who suffers from a dissociative identity disorder. She had many traumatic episodes during her childhood. Probably, she had dissociative defenses from childhood. In this therapy, she represented herself through pictures, Sandplay and clay. I first employed LMT in order to grasp her clinical condition. Then, she enjoyed Sandplay. I think she became closer to her child aspect in the Sandplay. But there was some dangerous aspect in her Sandplay too ; she expressed too much. In her Sandplay, the reptiles went on a rampage. They were about to go beyond the boundary of the sand box. This seemed to connect to her own rampage in real life. The clay was a safe tool for her at that phase. She could safely touch the ground-like material of the clay. I think it was a curative substance in this therapy.
著者
東畑 開人
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.39-49, 2014

本研究では,発達障害のクライエントが産出するイメージとはいかなるものか,イメージの構造分析を行った。まず,これまでの研究を振り返る中で,発達障害のイメージが「意味」を中身として持たない「表面だけのイメージ」であることを明らかにした。その上で,軽度発達障害の事例の検討を行い,「表面だけのイメージ」が一者性の感覚を保持するために使用される二次元的なものであり,三次元的な空間的分離性,四次元的な時間的分離性が成し遂げられることで,「表面だけのイメージ」に奥行きが生まれてくることを示した。このようにして,面接から排除されていた意味や情緒を人間的に体験することが可能になることを検討し,イメージに見えないイメージに奥行きを見出そうとするイメージの構造分析が,それ自体としてこころをもたないように見える発達障害にこころを見出そうとする営みであることを論じた。
著者
古市 真智子
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.63-74, 2013

本稿で検討するのは,発達障害をもつ男児との箱庭療法過程である。Clは運動と社会性の発達に障害がある小学4年生の男児であり,暴言や集団行動ができない等の主訴で来談したが,箱庭づくりを始めたころから,これらの問題は改善へと向かった。Clの制作した箱庭の内容と構造には,混沌とした世界が「同質-異質」「普通-変な」等の相対性を軸に整理され,まとまりのある世界へと変化していく過程がみられた。これは,これまでClが世界を理解してきた過程を確かめながら歩み直していたようであった。また,この過程においてClは,Thとの「情動調律」や「共同注意」といった原初的な母子関係を体験したと考えられた。
著者
渋谷 恵子
出版者
The Japan Association of Sandplay Therapy
雑誌
箱庭療法学研究 (ISSN:09163662)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.29-39, 2014

この論文では,人と話せないことがつらいと訴える抑うつ状態の大学生の箱庭療法過程を報告する。象徴性や物語の解釈のみではわかりにくい箱庭表現があり,箱庭の構造から理解することにより,変容過程が理解できた。危機的な状況の箱庭表現の後,中心化が繰り返されて危機を克服していった。最もわかりにくかった中心が空の構造の箱庭が表現されてから,エネルギーが動き出した。中心を周回する箱庭を経て,最後は,友人と共に旅立つ表現が為された。実際にも,人を信じて生きていけるようになったと語り,社会に向けて出発した。