著者
堀輝 三
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.31-40, 2001 (Released:2010-06-28)
参考文献数
6

要旨: 中国からわが国へのイチョウ伝来の論議では、その時期については、これまで飛鳥時代(7世紀)から室町時代(16世紀)までの900年にもわたる時間スケールにまたがり、かつその具体的根拠や出典が示されない場合が多かった。一方、もたらされたものが、木、種子いずれであったかも曖昧のままにされてきた。本稿では、中国および日本に残る文献資料を中心に、最近韓国で発見された遺物資料、ならびに筆者の観察を加えて、この二つの問題点について考察した。イチョウが中国の町に登場したのは10-11世紀であり、11世紀には市街地でも植栽され始め、12世紀には薬用効果が確かめられた。現在知られる、イチョウに関連するわが国の最も古い文字資料は、1370年頃成立の『異制庭訓往来』である。しかし、最近1323年頃(元代前期)中国から博多へ向かう途中、韓国沿岸で沈没した船から引き上げられた遺物の中からギンナンが発見された。これは、ギンナンが輸入果実としてわが国に持ち込まれた可能性を強く示唆している。輸入が始まった時期を示す資料は発見されていないが、宋代末期の日宋交易にまで遡る可能性はある。輸入されたギンナンは室町時代中期(1500年代)までには国内に広まり、その中から木に育つものが出てきたと考えられる。したがって、伝来の時期は13世紀から14世紀にかけての100-150年くらいの間であろうと推定される。今後、さらなる資料の発掘によって、より限定した時期の特定が可能になると期待できる。
著者
ドル 有生 古賀 皓之 塚谷 裕一
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.53-62, 2022 (Released:2023-03-31)
参考文献数
62

植物のガス交換を担う気孔は,陸上植物誕生以来,その暮らしに非常に重要な役割を果たしてきた.気孔を構成する孔辺細胞は,気孔幹細胞メリステモイドの非対称分裂とそれに続く分化からなる,シンプルな発生過程によって形成される.2000 年代以降,この過程はモデル植物のシロイヌナズナにおいて詳しく研究され,SPEECHLESS,MUTE,FAMA といった鍵転写因子のはたらきを筆頭にして,その分子基盤が細部にいたるまで解明されている. 一方で植物全体を見渡すと,分裂の向きや回数といったメリステモイドのふるまいが種によって様々であることをはじめとして,気孔の発生過程は実に多様であることに気づく.この多様性は古くから形態学的に記載されてきたが,それが生まれる分子基盤や生態学的意義については不明のままであった.近年になって,モデル植物における知見の蓄積と,非モデル植物を扱う研究技術の発達により,気孔発生過程の多様化の仕組みを解き明かす,生態進化発生生物学 (eco-evo-devo) 研究がはじめて可能になった.特異な気孔形態を示すイネ科植物における研究,および我々が進めてきたオオバコ科アワゴケ属の植物における気孔発生様式の多様性の研究はその一例である.本稿では,陸上植物における気孔の発生過程と形態の多様性を俯瞰するとともに,最新の研究の実例を紹介しながら,気孔発生の多様化の仕組みを探る研究の展望を議論する.
著者
経塚 淳子
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.19and20, no.1, pp.29-37, 2008 (Released:2010-06-28)
参考文献数
48

植物は胚発生以降も葉の腋に新しい茎頂メリステム(腋生メリステム)をつくり,そこから分枝を増やすことにより生涯にわたり形態形成を続ける.イネ科植物の花序はいくつかの異なるタイプの分枝で構成されており,それぞれのタイプの分枝の組み合わせが種に固有の花序の形をつくる.したがって,腋生メリステムの形成,その分化運命の決定,分枝の成長パターンにより花序の基本構造が決定される.本稿ではイネやトウモロコシなどイネ科植物を中心に,分枝パターンの決定に関わる遺伝的制御に関する知見を紹介する.
著者
塚谷 裕一
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.31-34, 2005 (Released:2011-03-01)
参考文献数
14

Summary: In Japan, Spiranthes sinensis Ames var. australis(R. Br. )H. Hara et Kitam. ex Kitam. has been known to show variations in the flowering time and plant size. To evaluate the validity of the seasonally differentiated groups and a dwarf form of the species, which is endemic to Yakushima Island, Japan, molecular variations were examined by analyzing nuclear and plastid DNA loci. As a result, above-mentioned variations were to be treated as the rank of forms. Moreover, some unexpected polymorphisms were found. Namely, Japanese and Malaysian S. sinensis var. australis differed significantly in the DNA sequences, suggesting that this variety may not be one biological species. On the other hand, two major groups were recognized among individuals examined, having geological border in Kyushu Island. These data strongly suggested requirement of re-examination of this species, that is widely distributed in eastern Asia and Australia.
著者
塚谷 裕一
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.59-66, 1996 (Released:2010-06-28)
参考文献数
10

葉の形態形成のように、現象論的に複雑な生命現象について、その仕組みを理解するためには、形態形成の過程を時間、空間、遺伝子の3つの次元に展開する発生遺伝学という手法は、きわめて有効である。しかし、形態と遺伝子とは遠く乖離しているため、形態学と遺伝学のみを組み合わせた発生遺伝学だけでは、その理解はすぐに限界に到達してしまう。そこで発生遺伝学は、必然的に生理学や生化学、生物物理学の手法をも積極的に取り入れることが求められる。さらに、形態形成の進化までを視点にいれれば、研究は必然的に隣接領域との複合的なものとならざるを得ない。葉の形態形成の仕組みを理解するため、現在とりうる研究手法の現状と、今後の展望について考察した。
著者
野崎 久義
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.19and20, no.1, pp.55-64, 2008 (Released:2011-03-01)
参考文献数
33

要旨:生物の生殖は,“性”が誕生して以来,雌雄の配偶子が同じ大きさの同型配偶(単細胞藻類,粘菌類など),雌の配偶子が少し大きな異型配偶(ハネモなど),そして更に大型で運動能力のない「卵(雌性配偶子)」と小型で運動能力のある「精子(雄性配偶子)」が受精する卵生殖(ボルボックス,高等動植物など)へと進化したと古くから推測されていた.しかし,卵と精子をつくるメスとオスの性が同型配偶のどのような交配型(性)から進化したかは全く不明であった.最近我々は雌雄が分化したボルボックスの仲間(プレオドリナ)で,オスのゲノムに特異的な遺伝子(OTOKOGI)を発見し,その起源がクラミドモナスのマイナス交配型(優性交配型)の性を決定するMD遺伝子と同じであることを明らかにした.このことは,“メス”が性の原型であり,“オス”は性の派生型であることを示唆する.オス特異的遺伝子“OTOKOGI”の発見はこれまでに全く未開拓であったメスとオスの配偶子が分化した群体性ボルボックス目における性の進化生物学的研究の突破口となるものと思われる.即ち,群体性ボルボックス目における性特異的遺伝子を目印にした性染色体領域の解読および性特異的遺伝子の機能解析を主軸とする新しい進化生物学がこれから始まるのである.
著者
野口 哲子
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.51-60, 2001 (Released:2010-06-28)
参考文献数
22

要旨:ゴルジ体から小胞体系(ER系)への逆行輸送が植物細胞でも存在する証拠を得る目的で、ER系とゴルジ体が近接している藻類細胞二種(単細胞緑藻Scenedesmus acutusとBotryococcus braunii) を用い、brefeldin A(BFA)がゴルジ体とER系の微細構造に及ぼす影響およびBFA処理によってゴルジ体標識酵素のチアミンピロフォスファターゼがER系に移行するか否かを細胞周期のいろいろな時期について調べた。その結果、BFAによって誘導されるゴルジ体からER系への逆行輸送は哺乳類の細胞だけに特有な現象ではなく、植物細胞にも共通の現象であることが示唆された。この逆行輸送は、二種の藻類ともに、間期の細胞では誘導されたが、分裂期の細胞では誘導されなかった。更に、この逆行輸送にはアクチンフィラメント系が関与し、微小管系が関与している哺乳類の細胞とは異なる機構であることが判った。
著者
鈴木 孝仁
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.29-38, 1995 (Released:2010-06-28)
参考文献数
28

真菌の二形性とは、一つの菌株が環境条件によって二つの異なる栄養増殖形態を示すことである。そのうち、単細胞性の酵母と、細胞の連なった菌糸との間で可逆的におこる二形性についての研究では、パン酵母やカンジダ酵母での分子遺伝学的諸法を適用した報告がなされるようになり、遺伝的制御を受けていることが分かってきた。形態形成や分化のモデルとして、最近の知見について総説する。
著者
山田 敏弘
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.103-112, 2004
被引用文献数
1

要旨:被子植物がどのような祖先裸子植物に由来したのかを明らかにするために, 被子植物の共有派生形質の1つである外珠皮の進化過程に関しての考察を行なった. 現生被子植物の中で初期に分岐したことが知られているANITA植物を用いた研究によって, 放射相称なコップ型の外珠皮を持つ胚珠よりも, 左右対称な幌型の外珠皮を持つ胚珠が原始的であることが示唆された. さらにこの結果を化石記録から効率良く検証するために, 化石として残りやすい種子と外珠皮の形態を結びつける形態マーカーを探索した. その結果, 珠孔とへそが外種皮によって隔てられるか否かにより幌型外珠皮由来かコップ型外珠皮由来かを推定できることが明らかとなり, 最古の被子植物種子化石が幌型外珠皮を持つ胚珠に由来することが明らかとなった. 幌型外珠皮は葉などに特徴的な左右対称な性質を持つことから, 著者らは「外珠皮は葉的器官に由来する」との仮説に至った. この仮説の検証のため, 分子マーカーとしてINO相同遺伝子の発現を用いて, ANITA植物のスイレンの外珠皮に葉に特徴的な背腹性が見られるのかを観察した. その結果, 外珠皮ではIN0相同遺伝子が最外層のみで発現することから, 外珠皮は背腹性を持つと考えられた. 以上の結果は外珠皮が葉的器官に由来する可能性を示唆し, 心皮が胞子葉由来とされることを加味すると, 被子植物の雌性生殖器官は一部のシダ種子植物に見られるような「1珠皮性直生胚珠を2枚の葉的器官が包み込んだ構造」に対比されると推定された.