著者
ドル 有生 古賀 皓之 塚谷 裕一
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.53-62, 2022 (Released:2023-03-31)
参考文献数
62

植物のガス交換を担う気孔は,陸上植物誕生以来,その暮らしに非常に重要な役割を果たしてきた.気孔を構成する孔辺細胞は,気孔幹細胞メリステモイドの非対称分裂とそれに続く分化からなる,シンプルな発生過程によって形成される.2000 年代以降,この過程はモデル植物のシロイヌナズナにおいて詳しく研究され,SPEECHLESS,MUTE,FAMA といった鍵転写因子のはたらきを筆頭にして,その分子基盤が細部にいたるまで解明されている. 一方で植物全体を見渡すと,分裂の向きや回数といったメリステモイドのふるまいが種によって様々であることをはじめとして,気孔の発生過程は実に多様であることに気づく.この多様性は古くから形態学的に記載されてきたが,それが生まれる分子基盤や生態学的意義については不明のままであった.近年になって,モデル植物における知見の蓄積と,非モデル植物を扱う研究技術の発達により,気孔発生過程の多様化の仕組みを解き明かす,生態進化発生生物学 (eco-evo-devo) 研究がはじめて可能になった.特異な気孔形態を示すイネ科植物における研究,および我々が進めてきたオオバコ科アワゴケ属の植物における気孔発生様式の多様性の研究はその一例である.本稿では,陸上植物における気孔の発生過程と形態の多様性を俯瞰するとともに,最新の研究の実例を紹介しながら,気孔発生の多様化の仕組みを探る研究の展望を議論する.
著者
塚谷 裕一 池田 博
出版者
日本植物分類学会
雑誌
分類 (ISSN:13466852)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.127-135, 2005-08-31 (Released:2017-03-25)
被引用文献数
1

植物分類学における分子系統学的解析が疑いなく重要となっている現在,すべての分類群を対象とした網羅的なDNAの収集がなされれば,系統分類学者にとって非常に有用なものになると考えられる.従来,遠隔地での植物DNAサンプルの採集法は,生の組織をシリカゲルで乾燥して持ち帰るというものであった.しかし,そのためには十分な量のシリカゲルを用意せねばならず,大量のサンプルを処理することは困難であった.最近,私たちはフィールド調査で植物のDNAを収集する際に, Whatman社製のFTA[○!R]カードを採用している. FTAカードにより収集されたDNAはPCR解析に向いており, DNA収集が容易で,しかもコンパクトであるという利点がある.ヒマラヤ植物研究会ではFTAカードを用いた植物DNAの収集を進めており,将来的にはこのDNAリソースを世界の研究者に提供することを目指している.具体的事例として,ロシアで行った収集について紹介する.
著者
塚谷 裕一
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.31-34, 2005 (Released:2011-03-01)
参考文献数
14

Summary: In Japan, Spiranthes sinensis Ames var. australis(R. Br. )H. Hara et Kitam. ex Kitam. has been known to show variations in the flowering time and plant size. To evaluate the validity of the seasonally differentiated groups and a dwarf form of the species, which is endemic to Yakushima Island, Japan, molecular variations were examined by analyzing nuclear and plastid DNA loci. As a result, above-mentioned variations were to be treated as the rank of forms. Moreover, some unexpected polymorphisms were found. Namely, Japanese and Malaysian S. sinensis var. australis differed significantly in the DNA sequences, suggesting that this variety may not be one biological species. On the other hand, two major groups were recognized among individuals examined, having geological border in Kyushu Island. These data strongly suggested requirement of re-examination of this species, that is widely distributed in eastern Asia and Australia.
著者
岡田 博 塚谷 裕一
出版者
大阪市立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

DNAによる分子系統解析の結果、中国大陸には多くの系統が分布していること、特に昆明省では多様なことが20年度の調査で明らかになった。21年度の調査ではそれらの中のごく限られた遺伝子型がマレー半島、ジャワ島、ボルネオ島、台湾などにそれぞれ、ボトルネック効果によるとみられるようなばらばらな分布を示すらしいことがわかってきた。今までの調査と今年度の調査を総合すると、日本に分布する、いわゆるヤブガラシには染色体数でみると2倍体と3倍体があり、2倍体には南西日本型、北西九州型、そして広く日本の関東以南に分布する型の3型があること、3倍体には日本に広く分布する型と沖縄本島に分布する型の2型あることがわかった。そして前者は広く日本に分布する2倍体から、後者は南西日本型から派生したものと推測される。これらの5型はDNAによる分子系統解析によって詳細に比較検討され、それぞれの遺伝的関係も明らかになってきた。記載分類学的にみると北西九州型はツンベルグによってCayratia japonica(これは和名ではヤブガラシとされてきている)の原記載をされたもので、これをヤブガラシと認めるならば、日本に広く分布するものとは形態的にも区別可能なものである。したがって、日本に広く分布するものは形態的にも、遺伝的にも別の未記載の分類群であることがわかった。そこで、日本に分布する「ヤブガラシ」の遺伝的関係を考慮しつつ分類学的に再検討するために北西九州型がどのような分布を示すのか調査したところ、非常に複雑な分布をしていることが明らかになってきた。
著者
塚谷 裕一
出版者
The Japanese Society of Plant Morphology
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.59-66, 1996 (Released:2010-06-28)
参考文献数
10

葉の形態形成のように、現象論的に複雑な生命現象について、その仕組みを理解するためには、形態形成の過程を時間、空間、遺伝子の3つの次元に展開する発生遺伝学という手法は、きわめて有効である。しかし、形態と遺伝子とは遠く乖離しているため、形態学と遺伝学のみを組み合わせた発生遺伝学だけでは、その理解はすぐに限界に到達してしまう。そこで発生遺伝学は、必然的に生理学や生化学、生物物理学の手法をも積極的に取り入れることが求められる。さらに、形態形成の進化までを視点にいれれば、研究は必然的に隣接領域との複合的なものとならざるを得ない。葉の形態形成の仕組みを理解するため、現在とりうる研究手法の現状と、今後の展望について考察した。
著者
塚谷 裕一
出版者
一般社団法人植物化学調節学会
雑誌
植物の生長調節 (ISSN:13465406)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.135-141, 2009-12-18 (Released:2017-09-29)
参考文献数
25

Endoreduplication (or endocycle) is a modified cell cycle, that widely seen among multicellular organisms such as plants and animals. In plants, endoreduplication is under developmental or environmental controls and results in extensive increase of cell volume and therefore affects plant body size. Arabidopsis thaliana, the most widely studied model plant, exhibits endoreduplication in nearly all organs at high levels, and thus is a useful material to study the biological significance and molecular mechanisms of endoreduplication. In this review, I will overview the present understandings of the endoreduplication in Arabidopsis, with a special emphasis on the generality of this biological process.
著者
中山 北斗 山口 貴大 塚谷 裕一
出版者
日本植物形態学会
雑誌
PLANT MORPHOLOGY (ISSN:09189726)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.89-94, 2013 (Released:2014-09-26)
参考文献数
30

Asparagus(アスパラガス)属植物は,鱗片葉となった葉の代わりに,本来は側枝が発生する葉腋の位置より,仮葉枝と呼ばれる葉状器官が発生する.またこの器官は,属内で形態が多様化していることが知られている.しかしながら,その発生位置と葉状の形態のために,これまで仮葉枝の起源は不明であった.そこで私たちは,このアスパラガス属における新奇葉状器官の獲得とその形態の多様化の過程を明らかにすることを目的として研究を行なってきた.属内の系統関係において,最基部に位置する種であるA. asparagoides(クサナギカズラ)を用いて解析を行なった結果,仮葉枝は,側枝に葉の発生に関わる遺伝子群が転用されることで,葉状の形態となった器官であると考えられた.加えて,形態の多様化の過程を明らかにするために,クサナギカズラよりも派生的な種で,棒状の形態の仮葉枝を有するA. officinalisにおいても解析を行なった.その結果,棒状の形態の仮葉枝は,形態学的および遺伝子発現レベルにおいて,背軸側化していることを明らかにした.そのため,属内の種分化の過程で,転用された遺伝子群のうち,向背軸極性の確立に関わる遺伝子群の発現パターンが変化することにより,形態が棒状に変化したと考えられた.本項では,このアスパラガス属の仮葉枝の進化を例に,植物の新奇器官の獲得とその形態の多様化の過程について述べたい.
著者
中山 北斗 山口 貴大 塚谷 裕一
出版者
日本植物生理学会
雑誌
日本植物生理学会年会およびシンポジウム 講演要旨集 第51回日本植物生理学会年会要旨集
巻号頁・発行日
pp.0381, 2010 (Released:2010-11-22)

アスパラガス属(Asparagus)は葉が鱗片状に退化し、本来は側枝が発生する葉腋の位置に、擬葉と呼ばれる葉状器官を形成する。擬葉は主たる光合成器官としての役割も担っており、形態学的および生理学的に葉との類似点を有する。擬葉は古くから形態学者の興味の対象であったが、分子遺伝学的背景はおろか、その詳細な発生過程も未だ明らかとなっていない。属内においてその形態は多様化しており、アスパラガス属の擬葉は、植物におけるシュート構造の多様化の過程を、発生学的および進化学的観点から明らかにすることが可能な、独自性の高いモデルである。そこで本研究では、特異なシュート構造である擬葉の発生、およびその多様化機構の理解を目的として研究を行った。これまでに私たちは、属内の系統関係において基部に位置し、擬葉の形態が広卵形のA. asparagoides を用いて、擬葉は葉とも茎とも異なる独自の内部構造を有すること、擬葉では葉の発生に関わる遺伝子群のオーソログが発現することを明らかにしてきた。また、擬葉の形態が棒状のA. officinalisではこれらの発現パターンが変化していることを明らかにし、現在その原因についても解析を進めている。加えて、これらの遺伝子の擬葉における機能を解析するために形質転換系の構築を行っており、本発表ではそれらを含めた現時点でのデータに基づき、擬葉の進化発生機構について考察する。
著者
吉村 麻美 塚谷 裕一
出版者
一般社団法人 植物化学調節学会
雑誌
植物の生長調節 (ISSN:13465406)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.60-66, 2013
参考文献数
19

ROTUNDIFOLIA4 (ROT4) is a peptide unique to land plants. Angiosperm species have more than 10 paralogs (RTFL/DVLs) in their genome and the high redundancy is an obstacle to know the detailed function of this peptide family. The discovery of this peptide family was based on two indepdendent activation-tagging screenings in Arabidopsis thaliana for two different aims. First it was thought that the RTFL/DVL is involved in cell proliferative activity along the longitudinal axis of leaves because the over-expression of the members of RTFL/DVL causes stunted leaves. Our recent detailed analysis suggested that the ROT4 is involved in determination of longitudinal positional cues in lateral organs/tissues. Curiously, GFP-fused version of the ROT4 is localized on the plasma membrane, although the ROT4 itself has no special known motif. Here we overview the history of our understanding of the enigmatic RTFL/DVL family.
著者
池内 桃子 山口 貴大 堀口 吾朗 塚谷 裕一
出版者
日本植物生理学会
雑誌
日本植物生理学会年会およびシンポジウム 講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.181, 2008

シロイヌナズナの優性変異体<I>rotundifolia4-1D</I>では、細胞数が長さ方向特異的に減少して葉が短くなる。この仕組みを明らかにするために、我々は原因遺伝子である<I>ROT4</I>遺伝子の機能を調べている。<I>ROT4</I>は、6.2kDaの低分子タンパク質をコードしている。その機能領域が、C末端側のROTUNDIFOLIA4-LIKE/DEVILファミリーに共通の領域付近にあることは既に判明していたが、詳細な機能領域は同定されていなかった。また、その領域が切り出されているのか否かを示す知見は、今までに得られていなかった。今回我々は、まず<I>ROT4</I>のコード領域をN末端側およびC末端側から削り込んだものを過剰発現させ、その表現型を調べることにより、機能に必要十分な領域の絞り込みを行った。また、生体内における分子内プロセシングの有無を調べるために、まずROT4:GFPおよびGFP:ROT4融合タンパク質を過剰発現させ、表現型からその機能を評価した。その上で、免疫ブロッティング法を用いて、発現したタンパク質のサイズを調べている。上記の解析およびタグを用いた他の解析に基づき、ROT4の分子機能について議論する。
著者
池内 桃子 山口 貴大 堀口 吾朗 塚谷 裕一
出版者
日本植物生理学会
雑誌
日本植物生理学会年会およびシンポジウム 講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.108, 2009

<I>ROT4 (ROTUNDIFOLIA4)</I>は、陸上植物に広く保存された、機能未知の低分子タンパク質をコードする遺伝子である。シロイヌナズナにおいては、<I>ROT4</I>単一の機能欠損変異体は表現型を示さないが、その過剰発現体では、側生器官を構成する細胞が長さ方向特異的に減少するほか、背丈の矮小化、花柄基部やトライコーム基部の組織が突出するといった多面的な表現型を示す。また,根の短小化が今回新たに見出された。このように、<I>ROT4</I>は植物の発生において重要な機能を担っていると示唆されるが、その分子機能はほとんど明らかになっていない。<br> そこで我々は、まず<I>ROT4</I>の各種deletionシリーズの過剰発現体を作出し、その表現型を調べた結果、 32残基からなる領域が機能に必要かつ十分であることを同定した。この領域は、分子内プロセシングを受けて切り出されることなく機能しているということが、GFPとの融合タンパク質を用いたこれまでの実験から示唆されており、現在その確認を進めている。また、HSP-Cre/Lox系を用いてGFP:ROT4をキメラ状に発現する形質転換体を作成したところ、GFP:ROT4が発現しているセクターにおいて自律的な表現型が観察された。さらに、葉柄-葉身境界の位置がずれる興味深い表現型も見出された。これらの解析の結果を総合し、ROT4の植物の形態形成における機能について議論したい。
著者
中島 敬二 上田 貴志 植田 美那子 望月 敦史 近藤 洋平 稲見 昌彦 遠藤 求 深城 英弘 河内 孝之 小田 祥久 塚谷 裕一
出版者
奈良先端科学技術大学院大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2019-06-28

植物は一生を通じて器官や組織を作り続けながら成長する。このような特性に起因して、植物の形態には固有の周期性が現れる。植物の周期形態は遺伝的プログラムや環境変化といった、内的・外的因子により変化し、植物はこれを積極的に利用することで、器官のかたちや細胞の機能を変化させる。植物の形態や成長に現われるこのような「可塑的な周期性」は、植物個体の内部に潜在する未知の周期性とその変調に起因すると考えられるが、周期の実体やそれが形態へ現れる仕組みは不明である。本新学術領域では、植物科学者・情報科学者・理論生物学者が密接に連携して共同研究を展開し、周期と変調の視点から植物の発生原理を解明する。
著者
大場 秀章 塚谷 裕一 秋山 忍 若林 三千男 宮本 太 池田 博 黒沢 高秀 大森 雄治 舘野 正樹
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

1.現地調査:ネパール、ミャンマーおよび中国にて下記の調査を行った。調査の主目的は、種子植物相を詳細に調査し、標本を収集すること、ならびに繁殖システムと動態、変異性を観察し、さらに帰国後の室内での分析に必要な試料を採取することである。(1)ネパール:ジャルジャル・ヒマール地域(1999年8月から9月);東部地域(2001年5月から6月)。(2)ミャンマー:中部地域(2000年8月)。(3)中国:雲南省梅里雪山・中旬県(1999年8月から9月);チベット東部(2000年7月から8月);雲南省西北部、チベット東・中部(2001年7月から8月)。2.収集した標本・試料等にもとづく分析 (1)分類学的研究:採集した標本を中心に同定を行い、新種ならびに分類学上の新知見について発表を行った。(2)細胞遺伝学的解析:Saxifraga(ユキノシタ科)、Potentilla(バラ科)、Impatiens(ツリフネソウ科)、Saussurea(ともにキク科)等で、染色体を解析した。(3)帰国後の分子遺伝的解析:Rhodiola(ベンケイソウ科)、Saxifraga(ユキノシタ科)、Impatiens(ツリフネソウ科)、Saussurea(ともにキク科)等で分DNAを抽出し、rbcL、ITS1、trnF-trnL non coding region(trnF-L)の遺伝子領域で解析を行っている。