著者
丹下 健 益守 眞也 坂上 大翼 山本 福寿 本間 環
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

常緑樹の葉は、冬季であれば低温障害を受けることのない低温や降霜によって秋や春には甚大な被害を受けることが知られている。これは常緑樹が周囲の温度環境の変化に応じて樹体の低温耐性を変化させていることを示している。本研究では、暖温帯を主な生育地域とするスギを材料として、周囲の温度環境をどのように感知し、葉の低温耐性を高めたり低めたりしているのかを明らかにすることを目的に、実験的に地下部と地上部の温度環境を別々に制御して葉の水分特性がどのように変わるのかを調べた。葉の膨圧を失うときの水ポテンシャルは、秋から冬にかけて低下し、特に気温が5℃以下で急激に低下する季節変化を示す。この水分特性値の変化は、凍結温度の低下や細胞外凍結時の細胞内水の減少に対する耐性を高めるものである。このような季節変化が、地温を下げることによって早まり、暖めることによって遅れること、水分特性の変化には1週間程度の時間がかかることを明らかにした。この時、飽水時の浸透ポテンシャルの低下は明瞭でなかった。また、地温が5℃以下の時に葉を暖めても葉が低温耐性を失なわず、苗木全体を暖めることによって低温耐性を失う(可逆的な変化)ことを明らかにした。地温の低下に伴う葉の水分特性値や糖濃度の変化を検討し、膨圧を失うときの水ポテンシャルの低下に寄与しているのは、細胞内溶質の増加よりも、体積細胞弾性率(細胞壁の堅さ)の増大の方が大きいことを示した。以上の結果から、秋から冬にかけての地温の低下に応答して、スギの葉が低温に対する耐性を獲得することを明らかにした。季節はずれ降霜(晩霜、早霜)の害は、気温に比べて地温の季節変化が穏やかであり、急激な気温の低下に樹木が応答できないために発生すると考察した。
著者
小野寺 有子 坂上 大翼 松下 範久 鈴木 和夫
出版者
樹木医学会
雑誌
樹木医学研究 (ISSN:13440268)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-11, 2001-03-31
参考文献数
25
被引用文献数
1

高齢大型となった巨樹・老木が都市域でどのような生理的・外観的特性を示すかを明らかにする目的で、東京都区部に生育するイチョウ、ケヤキ、クスノキ、ユリノキおよびスダジイの胸高周囲長3m以上の巨木と1m以下の中径木を供試木として、水分生理状態、葉の養分濃度、クロロフィル量、クロロフィル蛍光、樹幹表面温度、フェノロジーの計測観察を行った。どの樹種でも、巨木の方が中径木より水分生理状態が悪く、カリウム、マグネシウム濃度が低く、クロロフィル量が少なかった。SPAD値は、スダジイを除く4樹種で巨木の方が中径木より低かった。クロロフィル蛍光には、巨木と中径木で差は認められなかった。巨木と中径木の樹幹表面温度の日変動を比べたところ、巨木の樹幹表面温度が高い傾向が認められた。また、どの樹種でも巨木の黄葉、黄葉終了、落葉が早く、黄葉-落葉期間が長いという傾向が認められた。開芽・展葉の傾向は樹種により異なっていた。巨木は中径木とは明らかに異なる生理状態やフェノロジーを示すといえる。
著者
鈴木 和夫 奈良 一秀 山田 利博 宝月 岱造 坂上 大翼 松下 範久
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2000

マツ材線虫病の病徴発現原因物質と宿主細胞との相互関係を明らかにする目的で、材線虫-宿主細胞間で引き起こされる反応について調べた結果、以下の諸点が明らかにされた。(1)感受性の異なる針葉樹5樹種を用いて、宿主の病徴進展とキャビテーション発生との関連についてみると、マツ材線虫病感受性が高い樹種ほど病徴進展にともなって、表面張力が大きく低下することが明らかにされた。このことは、表面張力に関与する物質が病徴進展と密接な関係にあることを示唆している。(2)感染後に産生される異常代謝産物の樹体に及ぼす影響についてみると、材線虫感染によって表面活性物質および蓚酸が産生され、これらの物質によってキャビネテーションの発生が促進されるものと考えられた。(3)表面張力の低下に関与する物質として蓚酸およびエタノール投与では、顕著な影響が認められずエスレル投与によって表面張力は低下した。このことから、病徴進展とエチレン生成が密生な関係にあることが示唆された。(4)キャビテーションの発生は、70%の壁孔閉塞が木部含水率の著しい低下を引き起こすことから、このことが樹体内のランナウェイエンボリズムの発生と密接な関係にあるものと考えられた。(5)光合成阻害処理によって、当年生葉の黄化・萎凋が他処理に比べて促進されたことから、光合成阻害による低糖類の減少が材線虫病の病徴進展と密接な関係にあるものと考えられた。以上の結果から、いままでブラックボックスとされてきた病徴発現原因物質と宿主細胞の相互関係が、病徴進展やキャビテーション発生の観点から明らかにされた。