著者
三宅 香帆
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 = Human and Environmental Studies (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
no.28, pp.205-213, 2019-12-20

萬葉集巻二に収録された石川女郎と大伴田主の贈答歌は, 女郎を家に泊めずに帰した田主が「風流士(みやびを)」であるか否かを詠んだ歌群である. 本稿は, 二人の歌が指す「風流」の内実を明らかにするとともに, その差異がいかなる点に依拠していたのかを考察した. 従来一二六-一二八番歌群は, なぜ二人の間で同じ行為に対して評価が異なるのかという点が疑問視されてきた. この問いについて本稿は, 石川女郎の行動の典拠として想定する漢籍は, 従来指摘されてきた『文選』のみでは不十分だと考える. そこで左注を含む当該歌群の持つ論理を明らかにするための作業仮説として, 『文選』だけでなく『遊仙窟』も石川女郎の「風流士」像に影響を与えていたとし, その上で当該歌群の解釈を提示した. まず左注における石川女郎の「火を取る」行為, 「鍋」を提げて来た理由を, 『遊仙窟』の文脈を踏まえて検討する. そのうえで贈答歌について, 石川女郎の一二六番は主に『遊仙窟』と『文選』の文脈を援用するのに対し, 大伴田主の一二七番は『文選』のみを援用していることを示した. つまり両者の「風流士」像の相違はそれぞれ典拠とする漢籍が異なっていた点から生まれたものであった. そして『文選』『遊仙窟』それぞれに代表される「風流」の価値は, 大伴田主と石川女郎という人物に託して対比されていたことが分かる. 一見, 雅俗の極致のように見え, 並列した典拠とするには不釣り合いな『文選』と『遊仙窟』であるが, 当該歌群はその二つの漢籍を典拠としてあえて対にすることによって, 「風流」という言葉に込められた二つの意味を提示した. 「風流」という語彙を共有しながら, その中で雅俗が対になって提示される構造こそが当該歌群の注目すべき点であろう.
著者
三宅 香 熊田 秀文 二瓶 智太郎 大橋 桂 清水 統太 好野 則夫 浜田 信城 寺中 敏夫
出版者
特定非営利活動法人 日本歯科保存学会
雑誌
日本歯科保存学雑誌 (ISSN:03872343)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.461-467, 2013-10-31 (Released:2017-04-28)

目的:超高齢社会への進展に伴い,高齢者の口腔粘膜疾患の予防および治療法が重要視されている.そのなかでも高齢者に増加傾向のある口腔カンジダ症は,基礎疾患や免疫不全の患者における誤嚥性肺炎の誘発率が高く,直接死につながる疾患として歯科領域の急務の対策課題である.そこでわれわれは,義歯などの技工物表面に発症するカンジダ症を含む口腔感染症の予防および治療対策として,材料表面への抗菌性の付与を目的とした第4級アンモニウム塩の構造を有する新規の抗菌性シランカップリング剤N-allyl-N-decyl-N-methyl-N-trimethoxysilylpropylammonium iodide(10-I)を開発した.本研究では,口腔常在微生物のカンジダ菌,歯周病原細菌および齲蝕病原細菌を含む8菌株を供試し,10-Iの最小発育阻止濃度(MIC)測定および10-I塗布材料表面の接触型抗菌活性を測定して,その有用性を評価した.材料と方法:BHI-yeast寒天培地および血液寒天培地に10-Iの濃度が100,200,400,600ppmおよび800ppmになるよう加え,各供試菌懸濁液10μlを播種し,好気性菌は37℃,24時間,嫌気性菌は37℃,72時間培養し,コロニー発育が観察されなかった培地の最小化合物濃度をMIC値とした.次いで1.1×104,1.1×105,6.2×107CFU/mlに調製したCandida albicansを4ml,10-Iで表面改質したガラス板を1枚ずつ加え,一定振盪下で37℃,24時間好気的に培養した.培養後,各ウェルの生菌数を計測し,対照ウェルの菌数と実験ウェルの菌数の割合を比較して減少率を求め,抗菌活性とした.結果:MIC測定では,Actinomyces viscosus, Fusobacterium nucleatum, Lactobacillus casei, Porphyromonas gingivalisおよびPrevotella intermediaの5菌株に対してはおのおの200ppm,一方,C. albicans, Staphylococcus aureusおよびStreptococcus mutansは400ppmであった.また,C. albicansに対する10-I処理面の接触型抗菌活性測定では,10-I処理面の生菌数の減少率は1.1×104CFU/mlでは92.5%であり,明らかな減少傾向が認められた.結論:以上の結果より,10-Iは供試したすべての口腔細菌およびカンジダ菌に対して抗菌活性を示したことから,10-Iによる表面処理は,高齢者や免疫機能低下者などにみられる口腔固有の菌が起因となる歯科疾患のみならず,誤嚥性肺炎などの全身疾患の併発の抑制,あるいは予防につながると考えられ,有効な手段であることが示唆された.