著者
渡邉 克昭 貴志 雅之 花岡 秀 辻本 庸子 中 良子
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

アメリカをめぐる様々な「神話」をスパイラルに巻き込みつつ、銃は、政治的、社会的、文化的に幾重にも屈折した表象を担ってきた。銃は、近年メディアと共犯関係を結ぶことにより、「撃つ/写すシューティング」の射程は、個体間から国家間、さらには時空を超え、歴史性にまで及ぶようになった。このように重層的な象徴性を帯び、アメリカ的想像力を駆動してきた銃は、ジェンダー、エスニシティを横断し、屈折と変容を繰り返してきた合衆国そのものと怪しく重なり合う
著者
中 良子
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.215-232, 2013-03

Clement Musgrove (The Robber Bridegroom), George Fairchild (Delta Wedding), Jack Renfro (Losing Battles) など,Eudora Welty の作品に登場する主要人物は,いずれも彼らの 「イノセンス」が強調されている。この事実については,従来取り立てて議論されることはほ とんどなかった。しかし,アメリカ南部ミシシッピ州を舞台にした物語を書き続けてきたウェ ルティが作品中に「イノセントなヒーロー」を登場させたことは,彼女の南部に対する歴史意 識を探る上で重要な意味を持つものであるといえる。ウェルティの描く「イノセントなヒー ロー」とはどのような人物形象なのか。この問題を考察する上で重要になってくるのは,いわ ゆる「アメリカのアダム」像との関わりである。アメリカ的進歩から取り残されたフロンティ アとしての南部,罪と恥の歴史をもつ南部においてアダム像はいかなる変容を遂げるのだろう か。本稿はThe Ponder Heart (1954) を取り上げ,Uncle Daniel に体現されるイノセンスの分 析をとおして,ウェルティの描く南部のイノセンスを50 年代の歴史的文脈において考察した。 その結果,イノセンスとは南部の物語を語る視点であることを明らかにした。