著者
中條 曉仁
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.13, pp.979-1000, 2003-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
30
被引用文献数
3 1

本稿は,過疎山村における高齢者の生活維持メカニズムを,高齢人口の残留傾向が顕著な島根県石見町を事例として検討した.分析には「戦略」概念の枠組を導入し,高齢者が生活を維持するための「適応戦略」の展開メカニズムに注目した.過疎山村で多数を占める子どもと別居する高齢者を対象に,彼らが他者と形成する社会関係を適応戦略の「資源」とし,高齢者を取りまく他者(別居子・近隣者・友人)を資源の源泉として位置付けた.適応戦略の展開は,高齢前期において自ら他者を取り込んで資源を調達する傾向にあるが,高齢後期に至ると他者が資源調達を支援しており,その主体性に変化が生じている.そこには高齢者と他者との空間関係が作用しており,近隣者は加齢に対して最も社会関係の安定した他者となっている.これは同時に高齢者による適応戦略の展開に,加齢に伴う限界が生じていることを示すものである.過疎山村における高齢者の生活維持は,高齢者をめぐる他者の関係性が加齢に伴い,その構築主体を含め柔軟に変化することで成立しているものと考えられる.
著者
中條 曉仁
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.7, pp.551-570, 2008-09-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
34
被引用文献数
7 6

本稿は, 広島県三次市を事例に中山間地域の高齢者を取りまくサポート源に対するニーズ (サポートニーズ) を検討し, 既存のサポート源の機能的有効性と住民参加の地域福祉活動の活用可能性を考察した. 中山間地域の高齢者は同居家族や別居子といった家族からサポートを得られにくい状況にあるが, それを補完するために近隣者に対してサポートニーズを高めていることが判明した. しかし, 近隣者に対するそれは集落間で差異があることなどから, サポートニーズが近隣者の減少と高齢化によって必ずしも充足されていないことが示された. 住民参加の地域福祉活動は, このような既存のサポート源の空洞化を補完する新しいサポート源として期待される. ただし, それは近隣者に対するサポートニーズを充足する機能を有しているが, 運営ジステムや空間的活動範囲から生じる制約により部分的な補完にとどまる. 集落の限界化が進む中で地域福祉活動を活用しつつ, 高齢者の日常生活に近接するようサポート源を配置することが課題である.
著者
中條 曉仁
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100128, 2014 (Released:2014-03-31)

近年の離島をはじめとする農山漁村ではコミュニティの小規模高齢化や地域経済の空洞化が進み,それらをいかに維持あるいは補完するかが喫緊の課題となっている。観光まちづくりは,こうした地域の状況に対する有効な取り組みとして注目されている。また,都市農村交流という点でも重視されている。本報告では,条件不利地域であり隔絶性の強い離島における観光まちづくりの実践を取り上げ,それが進められてきたプロセスとそれを可能にする地域的条件,および課題を検討する。 対象地域として取り上げるのは,長崎県五島列島北部に位置する小値賀町である。同町は佐世保市から西に90kmの航路距離にあり,人口2,780人,高齢人口比率は45%(2012年)に達している。主な産業は漁業であるが,近年は魚価の低迷と担い手不足に直面するなど,地域問題がさまざまな面で顕在化している。 小値賀町で観光開発が始まったのは,1988年代に策定された「ワイルドパーク構想」であった。同町を構成する野﨑島において宿泊施設と野生シカを飼育する牧場が整備されたが,集客施設というハードを整備しただけの観光開発は来訪者の増加にはつながらず失敗に終わる。 1990年代の観光開発の失敗経験を受けて,2000年以降ソフト面を重視した事業が展開される。すなわち,町内に広がる西海国立公園と野﨑島の宿泊施設を活用した「ながさき島の自然学校」を開設(2000年~;自然体験活動事業)したり,欧州の音楽家を招いてコンサートや音楽講習会を開催する「おぢか国際音楽祭」が開催(2001年~)されたりしていることが挙げられる。こうした事業展開は,地域資源の魅力発揮と域外交流人口を拡大する基盤整備として位置づけられる。 こうした中で,小値賀町は「平成の大合併」という地域再編に直面する。人口減少と高齢化に伴う財政の悪化に対して,2002~2008年にかけて佐世保市や隣接する宇久町との合併が繰り返し模索され,町を二分する議論に発展し住民投票に至った。最終的に周辺市町とは合併せずに単独町政を維持することを選択したが,合併問題を契機に住民の多くが町の将来を考え,それが観光まちづくりへの意識を醸成させることになったといわれている。 観光まちづくりの主体となる組織として,NPO法人「おぢかアイランドツーリズム協会」が町内の既存の観光組合等を統合して2006年に設立され,観光窓口の一元化が図られた。さらに,2009年にはそれを母体としてさらなる事業拡大を目指して「小値賀観光まちづくり公社」が発足している。同組織はIターン者を担い手としてまき込みながら,NPOから引き継いだ民泊や修学旅行の受け入れ事業を拡大することに加え,町内の古民家を買収・改装して高付加価値の宿泊施設やレストランの経営事業を展開し,小値賀町における観光まちづくりの主体となっている。こうした事業展開は来訪宿泊客と観光収入の増加をもたらし,民泊参加世帯の増加や新たな雇用の創出など一定の地域的効果をもたらしている。小値賀町における観光まちづくりのねらいの一つは,観光を基幹産業となってきた漁業を補完する産業に育成することにあるといえる。 小値賀町の観光まちづくりは,域外交流人口の拡大から地域経済を維持・拡大するための展開にその性格を変化させ,地域経済に対して一定の効果が認められる。また,女性や高齢者が主要な担い手として関与しているという点でも重要である。しかし,観光まちづくりが経済的手段としてのみ担い手にとらえられているかどうかについてはさらなる検討が必要である。また,現状では集落が担い手となっているわけではなく,高齢社会化に直面するコミュニティの維持にいかに対応していくかが課題である。
著者
中條 曉仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.21, 2004

1.はじめに 現代の山村では高齢社会化が急速に進展し,高齢者を地域社会の中心的な担い手として位置づけざるを得ない状況が出現している。山村における高齢者の主な社会的役割として,地域農業をめぐる生産活動や地域コミュニティの運営が指摘できる。このうち農業をめぐる生産活動は,高齢者自身の日常生活に加え地域生活をも成り立たせてきた。それは地域社会関係の基軸をなしてきたものであり,社会生活と一体化した状態が保たれている。高齢者の生活における農業の占めるウエイトはきわめて大きいと考えられる。 本報告では,高齢者による生産活動を,山村という日常生活にさまざまな制約や条件を付与する居住環境での生活維持を目標とした行動ととらえる。これは,高齢者が生活実現を図るために展開する主体的行為として位置づけられ,「生活戦略」として把握される。分析では生活戦略を編成する「資源」が創出されるしくみ,特に高齢者が生活戦略の資源となる生産活動に従事し続けられるメカニズムに注目する。対象地域は高齢化の著しい四国山地にあって,高齢者による農業生産や農産加工といった生産活動が展開されている高知県吾北地域である。2.家族農業経営における高齢者の役割 吾北地域には県内屈指の茶業地域が形成されているが,茶業農家のうち個人の製茶工場を経営する自園自製農家の高齢者に注目する。自園自製農家は,生産労働や家事労働などが高齢者を含む家族労働力の分担によって展開されている。いずれの農家も若年層が農外就業に就いており,高齢者が経営主体となっている。ここでは,高齢者がこれまでに蓄積した知識が役立てられている。特にマニュアル化しきれない部分,例えば防除における病虫害発生の予測や最適散布頻度の決定,製茶における製茶機械の微調整などでの役割がある。しかし,加齢に伴う高齢者の身体的変化は,高齢期以前から創出されてきた生活戦略を予期せぬタイミングで予期せぬ形で崩壊させてしまうという危険性を内包している。特に,後継者のいない農家では経営の存続や経営内容の縮小を迫られているが,これらの対応は高齢者による適応の所産としてとらえることができる。3.女性高齢者による生産活動グループの形成 対象地域では,女性高齢者を中心とした農家女性が集落を母体とするグループを形成し,農産加工活動や対外的な販売活動に従事している。ここでは,経済的充足に加え空洞化しがちな地域社会関係を充足するという意義が見出せる。こうした女性起業が可能になる背景として,女性の行動と世帯や集落との間で生じる緊張関係が調整され,解消されていることが指摘される。世帯との緊張関係は夫や子どもなど家族員との間で生じるが,女性が自分に課せられた義務(家事など)を果たすことや,家族員の役割構造を変化させて協力関係を構築することによって,特に夫とのコンフリクトを回避している。また集落との緊張関係は,男性優位の集落社会にあって集落組織に女性グループを組み込ませてムラの承認を得ていることや,公的機関(農業改良普及所や行政)による支援や補助金の導入を背景としながら調整されている。さらに,これまで「個人の財布」を持たなかった女性が自分名義の通帳を持つようになったことや,高齢化によって男性のみでは集落運営が難しくなり女性の役割が必要になってきたことも女性起業の背景として重要である。4.まとめ 山村における高齢者は,生産活動に従事することによって資源を創出し,生活戦略を形成しているといえる。そして,その生活戦略に基づいて高齢者は山村での生活を維持している。従来の地理学において高齢者は地域の周辺的な存在として等閑視されてきたが,高齢者の地理学ではそのような視点を修正することが可能である。日本では中山間地域を中心に高齢社会地域が出現している。今後は,高齢者を地域の主体とする視点からの検討が求められる。