- 著者
-
中條 曉仁
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2004, pp.21, 2004
1.はじめに 現代の山村では高齢社会化が急速に進展し,高齢者を地域社会の中心的な担い手として位置づけざるを得ない状況が出現している。山村における高齢者の主な社会的役割として,地域農業をめぐる生産活動や地域コミュニティの運営が指摘できる。このうち農業をめぐる生産活動は,高齢者自身の日常生活に加え地域生活をも成り立たせてきた。それは地域社会関係の基軸をなしてきたものであり,社会生活と一体化した状態が保たれている。高齢者の生活における農業の占めるウエイトはきわめて大きいと考えられる。 本報告では,高齢者による生産活動を,山村という日常生活にさまざまな制約や条件を付与する居住環境での生活維持を目標とした行動ととらえる。これは,高齢者が生活実現を図るために展開する主体的行為として位置づけられ,「生活戦略」として把握される。分析では生活戦略を編成する「資源」が創出されるしくみ,特に高齢者が生活戦略の資源となる生産活動に従事し続けられるメカニズムに注目する。対象地域は高齢化の著しい四国山地にあって,高齢者による農業生産や農産加工といった生産活動が展開されている高知県吾北地域である。2.家族農業経営における高齢者の役割 吾北地域には県内屈指の茶業地域が形成されているが,茶業農家のうち個人の製茶工場を経営する自園自製農家の高齢者に注目する。自園自製農家は,生産労働や家事労働などが高齢者を含む家族労働力の分担によって展開されている。いずれの農家も若年層が農外就業に就いており,高齢者が経営主体となっている。ここでは,高齢者がこれまでに蓄積した知識が役立てられている。特にマニュアル化しきれない部分,例えば防除における病虫害発生の予測や最適散布頻度の決定,製茶における製茶機械の微調整などでの役割がある。しかし,加齢に伴う高齢者の身体的変化は,高齢期以前から創出されてきた生活戦略を予期せぬタイミングで予期せぬ形で崩壊させてしまうという危険性を内包している。特に,後継者のいない農家では経営の存続や経営内容の縮小を迫られているが,これらの対応は高齢者による適応の所産としてとらえることができる。3.女性高齢者による生産活動グループの形成 対象地域では,女性高齢者を中心とした農家女性が集落を母体とするグループを形成し,農産加工活動や対外的な販売活動に従事している。ここでは,経済的充足に加え空洞化しがちな地域社会関係を充足するという意義が見出せる。こうした女性起業が可能になる背景として,女性の行動と世帯や集落との間で生じる緊張関係が調整され,解消されていることが指摘される。世帯との緊張関係は夫や子どもなど家族員との間で生じるが,女性が自分に課せられた義務(家事など)を果たすことや,家族員の役割構造を変化させて協力関係を構築することによって,特に夫とのコンフリクトを回避している。また集落との緊張関係は,男性優位の集落社会にあって集落組織に女性グループを組み込ませてムラの承認を得ていることや,公的機関(農業改良普及所や行政)による支援や補助金の導入を背景としながら調整されている。さらに,これまで「個人の財布」を持たなかった女性が自分名義の通帳を持つようになったことや,高齢化によって男性のみでは集落運営が難しくなり女性の役割が必要になってきたことも女性起業の背景として重要である。4.まとめ 山村における高齢者は,生産活動に従事することによって資源を創出し,生活戦略を形成しているといえる。そして,その生活戦略に基づいて高齢者は山村での生活を維持している。従来の地理学において高齢者は地域の周辺的な存在として等閑視されてきたが,高齢者の地理学ではそのような視点を修正することが可能である。日本では中山間地域を中心に高齢社会地域が出現している。今後は,高齢者を地域の主体とする視点からの検討が求められる。