著者
土方 直史
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.579-596, 2021-10-05

これまで多くの研究者は、ジェレミー・ベンサムの功利主義を「エピキュリアン伝統」との連結性の中で理解してこなかった。F・ローゼンは、ベンサムの功利主義思想を17世紀以降のエピキュリアン伝統の中に位置づけて理解することを提起している。しかし、ベンサムが自身の哲学を、エピクロスの哲学から導いたわけではない。むしろ、本稿で紹介する女性哲学者フランシス・ライト著『アテネの数日』(A Few Days in Athens)を読む以前に、彼がエピクロスの哲学に関心を持っていたとは言い難い。さらに、快楽主義と幸福の実現という主題の下、エピクロスとゼノンの論争を物語形式で展開したこの哲学的小説の思想史的評価は、ベンサムにエピクロスの哲学の紹介をした、というものにとどまらない。この作品においてライトは、後にW・トンプソン、R・オウエン、J・S・ミルらが主張するフェミニズム論の原型、すなわちエピクロスの哲学とベンサムの功利主義思想を哲学的基礎とする女性論を示したと言えるだろう。