著者
前原 正美
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.155-182, 2021-10-05

本論文全体の主張論点としては,石田三成の旗印「大一大万大吉」には《「愛」の政治理念》が示されていること,を明らかにする。本論文の独自の視点としては,第1 に,石田三成が依拠した道教=神道では,地上(天下)の世界は天上の世界の映し絵である,という論点を提示する。宇宙(天上)では「大」=「太」=「天」=「神」は,北極星=宇宙上の中心に位置する「神」であり,その周りを「八」つの「神」が支えている。地上(天下)では,「大」=「太」=「天」=「神」は伊勢神宮に祀られる天照大神であり,道教=神道は,北斗八星信仰=アマテラス信仰=伊勢(神宮)信仰を創りだした。第2 に,三成の九曜文の中央の大丸は北斗=北極星,八つの丸は北斗=北極星の周りの八星を示しており,いいかえれば中央の大丸は天照大神,八の丸は「八百万の神」を示している。こうした北斗八星信仰は,道教=神道を基礎とした平和国家を構築するための政策となった。第3 に,三成は,「一」は常に「万」人=「他」者=「多」者とつながっている,と考えた。そのかぎり人間各人は「愛」に生きるしか幸福になる道はない。かくて三成は,《隣人「愛」=人間「愛」》に基礎づけられた天下国家を実現できれば,「道徳的世界」と「政治的世界」と「経済的世界」とが調和した「最大数の最大幸福」を実現できる,と考えた。
著者
前島 賢土
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.133-154, 2021-10-05

新聞を資料として用いて,食品会社社員の偽計業務妨害という職務犯罪を考察した。食品会社社員の職務犯罪は,「給与などが不満で会社や工場長に怒りがあった」という食品会社社員の正当化によって促進された。この正当化は,自らが資本家や経営者によって搾取され,また,資本家や経営者によって指揮されていると考えている労働者階級の意識や観念,言説である労働者階級のイデオロギーをよりどころとした。労働者階級のイデオロギーは,労働者階級が資本家や経営者によって搾取され,また,資本家や経営者によって指揮されているという労働者階級の実在条件によってもたらされた。労働者階級の実在条件,労働者階級のイデオロギーは,正当化を通して,自他からの制裁という犯罪の統制要素を弱めた。
著者
土方 直史
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.579-596, 2021-10-05

これまで多くの研究者は、ジェレミー・ベンサムの功利主義を「エピキュリアン伝統」との連結性の中で理解してこなかった。F・ローゼンは、ベンサムの功利主義思想を17世紀以降のエピキュリアン伝統の中に位置づけて理解することを提起している。しかし、ベンサムが自身の哲学を、エピクロスの哲学から導いたわけではない。むしろ、本稿で紹介する女性哲学者フランシス・ライト著『アテネの数日』(A Few Days in Athens)を読む以前に、彼がエピクロスの哲学に関心を持っていたとは言い難い。さらに、快楽主義と幸福の実現という主題の下、エピクロスとゼノンの論争を物語形式で展開したこの哲学的小説の思想史的評価は、ベンサムにエピクロスの哲学の紹介をした、というものにとどまらない。この作品においてライトは、後にW・トンプソン、R・オウエン、J・S・ミルらが主張するフェミニズム論の原型、すなわちエピクロスの哲学とベンサムの功利主義思想を哲学的基礎とする女性論を示したと言えるだろう。
著者
楊 川 野間口 隆郎 高 鶴 谷口 洋志
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.333-354, 2021-10-05

本稿では,コロナ禍における日本と中国の大学でのオンライン授業の比較を通じて,政府の支援策,オンライン授業のためのインフラ,オンライン授業の方式,オンライン授業の教育効果について考察した。 コロナ禍前には,日本の大学生は,他国の大学生と比べると勉強意欲が低いとされる一方,教師による学生評価は不透明で,学生同士の競争も少ないといわれてきた。コロナ禍発生後は,オンライン授業の導入により,教師と学生の間での情報共有が進展し,学生の学習意欲や姿勢も情報として把握されるようになったことから,学習への意欲や姿勢が強まった。こうした教育過程の可視化は学生間の競争を促し,教育効果の向上につながることが期待される。 以上の考察を通じて,本稿では,オンライン教育を通じて日本の大学の教育効果が上がっているという仮説を提示した。今後は,対面授業とオンライン授業を組み合わせたハイブリッド型授業とオンラインだけの授業との比較考察,とくに教育効果の違いについて検討する必要がある。
著者
村上 研一
出版者
経済研究所
雑誌
中央大学経済研究所年報 = The annual of the Institute of Economic Research, Chuo University (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.35-63, 2021

本稿では、地球温暖化の抑制をめざす各国の「脱炭素」の取り組みが自動車および関連諸産業に及ぼす影響について検討した。2020年には、中国や日本政府が目標年次を定めて温暖化ガス排出実質ゼロを実現する目標を打ち出し、環境問題を重視するバイデン氏が大統領選に勝利するなど、各国で「脱炭素」をめざす動きが進んだ。とくに自動車分野をめぐっては、EVやFCVなどゼロエミッション車の購入支援に加え、メーカーごとの排出量規制や、ガソリン車の販売を禁止する目標年次の設定などの施策が実施・予定されている。こうした政府の諸施策を受けて、世界の自動車メーカーのEVシフトが急展開している。テスラや中国メーカーがEV販売を拡大させる中、世界の既存自動車メーカーもEVの量産体制確立に向け、投資拡大や経営再編を進めている。また、車載電池やモーター、パワー半導体などEV関連部品・部材メーカーの生産拡大に向けた投資、原材料確保、技術開発などをめぐっても競争が激化している。さらには、充電インフラ整備や自動運転技術の開発・実用化など、社会システムの変革につながる動きもみられる。こうした状況の下、新興EVメーカーに加えて、新たに参入をはかるICT企業、政府支援を背景に急速に技術力・生産力を高めている中国企業など、多様なプレイヤーの動きが活発化している。
著者
鳴子 博子
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.53, pp.487-508, 2021-10-05

本稿はレヴェイヨン事件,ヴェルサイユ行進,エタンプ事件という3 つの生存をめぐる民衆の直接行動とそれらの事件への為政者・中央権力の対応とを捕捉することを通して,フランス革命期の社会の矛盾・分断は何によってもたらされたのかを分析する。筆者はコルポラシオン(同業組合)を禁止して経済的自由を促進する1791年6 月制定のル・シャプリエ法に着目する。本稿が射程に収めるのは,93年憲法の採択された1793年6 月までであるが,萌芽的であるとはいえ生存権規定を含む93年憲法をなぜジャック・ルーは断罪したのか。91年憲法は失効したにもかかわらず,91年憲法体制を支えたル・シャプリエ法はなぜ1 世紀近くも存続したのか。『人間不平等起原論』でルソーが行った富者主導の国家のカラクリの暴露と,『社会契約論』で真の人間解放論としてルソーが提示した,すべてのassocié の生存を確保する新国家の構想とを分析視座に据えた本稿の分析によって,ル・シャプリエ法は「富者の正義」の法に他ならないこと,富者が中間団体否認論をルソーの意図に反して「巧みな簒奪」に利用したことが明らかにされる。現代の私たちの最大の社会課題は格差社会からの脱却にあろう。とすれば,この難問に挑むために私たちはルソーの残した政治構想を真剣に受け止める必要がある。
著者
松本 悠子
出版者
経済研究所
雑誌
経済研究所年報 (ISSN:02859718)
巻号頁・発行日
no.52, pp.125-144, 2020-09-15

第1 次世界大戦において,主戦場の1 つとなったフランスには,多様な地域から多様な人種民族を出自とする労働者が動員された。彼らがフランス地域社会で実際にフランスの人々と関わった時,フランスの人々の人種認識はどのようなもので,どのように変わったのであろうか。第1 次世界大戦前後,アメリカ合衆国のアフリカ系アメリカ人活動家が人種差別のない共和国として憧れた国の人種認識は,どのように構築されたのであろうか。さらに,人種認識は,どこの国,地域においても,必ずジェンダー秩序と深い関わりを持っている。「血」の継承という基本概念は,人種の境界を超えた親密な関係や再生産の問題と直結するからである。本稿では,戦時下フランスの軍需工場で働いていた女性労働者とインドシナ植民地から動員された労働者を中心に,人種,ジェンダー,さらに労働者という階級がどのように人種認識をつくっていたかを論じる。