著者
塩見 春彦 岡野 栄之 塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2002

脆弱X蛋白質のショウジョウバエ相同体dFMR1タンパク質がRNAi分子経路と相互作用することを明らかにし、「RNAi分子装置の異常による疾患」という新しい領域を開いた。さらにdFMR1複合体(dFMR1-RNP)の精製を進め、この複合体にはRNAi関連因子AGO2とDmp68のみならず、性行動関連因子Lingererが含まれていることを明らかにした。また、この複合体には約20塩基長の小分子RNAが含まれていることも判明した。クローニングを進めた結果、約20塩基長の小分子RNAは内在性siRNAであると考えられた。そこで、AGO2と相互作用するは内在性siRNAのクローニング法を確立し、それらの配列情報を得た。また、Lingererにはヒト相同体(AD-010とNICE-4)が存在し、これらがヒトFMR1と相互作用することを確認した。一方、Musashi1 (Msi1)に結合する共役蛋白質の濃縮・精製を行い、MALDI-TOF MS法でPoly (A) Binding Protein 1 (PABP1)を同定した。Msi1はPABP1のeIF4G結合部位(PABP1のN末部位)に結合し、eIF4GとPABP1の結合を積極的に解除または弱めていることをin vitroの結合実験で明らかにした。またMsi2単独欠損マウスの個体の解析を行ったところ、背側神経節の発達不全のために脊髄との線維連絡が低下していることが明らかとなった。さらに、Msi2の標的遺伝子の解析を行ったところプライオトロピン(ptn)が同定され、ptnのmRNAの3'非翻訳領域に特異的に結合し、その発現を転写後調節していることが明らかになった。
著者
塩見 春彦 井上 俊介 塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

我々はトリプレットリピート病の代表例である脆弱X症候群の分子機序の解析を行っている。脆弱X症候群は最も高頻度に精神遅滞を伴う遺伝性の病気である。大部分の脆弱X症候群患者では、X染色体上に存在する遺伝子FMR1の5'非翻訳部位にある(CGG)nリピートが伸長し、その結果FMR1遺伝子産物の発現が転写レベルで抑制される。つまり、この病気はFMR1の機能欠損によるものである。FMR1の発現は健常人では脳神経系で非常に高く、一方、FMR1の発現のない脆弱X症候群患者は脳神経系の形態異常、特にシナプス形成の場であるスパインの形態異常を示す。FMR1蛋白質はRNA結合蛋白質で、しかもリボソームと相互作用していることからある種のmRNAの翻訳を直接叉は間接的に調節していると考えられているが、標的mRNAは今だ同定されていない。したがって、FMR1蛋白質の標的mRNAの同定はFMR1研究の最重要課題となっている。FMR1の標的mRNAを同定するために、我々はFMR1遺伝子の発現の変化に伴いその動態を変化させる蛋白質の同定をプロテオミクス解析法を用いて進めている。この研究を推進していくために、脆弱X症候群患者から樹立した各種細胞株と患者の正常な兄弟から同様に樹立した培養細胞株を用いている。この研究過程において、我々は、FMR1蛋白質はリボソームと相互作用していることから、患者由来と正常細胞におけるリボソーム分画の蛋白質レベルでの比較を行い、顕著な違いがあることを見い出した。この結果はFMR1蛋白質の有無がリボソームに構造的または質的な変化を与えることを示唆している。これは、ひいてはこのリボソームの構造的または質的な違いが翻訳するmRNA種のセレクターとして働いている可能性を示唆する。正常細胞においても、刺激に応じたFMR1蛋白質の修飾がリボソームとの相互作用を変化させ、その結果、リボソームの構造的または質的な変化を誘導することが考えられる。現在、両者で発現量に違いの見られる蛋白質の二次元電気泳動法による分離と質量分析による同定を進めている。さらに網羅的にFMR1蛋白質の有無により動態変化の見られる蛋白質の探索を進め、FMR1蛋白質の『標的遺伝子』を同定し、それらの発現調節機構の解析を通して脆弱X症候群の分子機序を明らかにしていきたい。
著者
中村 義一 坂本 博 塩見 春彦 饗庭 弘二 横山 茂之 松藤 千弥 渡辺 公綱 野本 明男 谷口 維紹 堀田 凱 京極 好正 志村 令郎
出版者
東京大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

本特定領域研究では、「原子→分子→細胞→個体」と階層的に研究を推進し、それらの連携によって「RNAネットワーク」の全体的かつ有機的な理解を深めることを目的にした。これらの研究成果は、RNA研究にとどまらず、広く生命科学に対する貢献として3つに集約することができる。・第一の貢献は、構造生物学と機能生物学を連携駆使した研究によって、RNAタンパク質複合体やRNA制御シグナルの動的な作動原理に対する学術的な理解を深めたことである。・第二の貢献は、micro RNAを始めとするタンパク質をコードしない「小さなRNA」に関して先導的な研究を推進できたことである。ノンコ-ディングRNA(ncRNA)は本特定領域の開始時には全く想定されていなかった問題だが、ヒトゲノム・プロジェクトの完了によって、ヒトのRNAの98%をも占める機能未知な「RNA新大陸」として浮上した。今後の生命科学の最優先課題といっても過言ではないこの新たな問題に対して、本特定領域はその基盤研究として重要な貢献をすることができた。・第三の貢献は、本特定領域の研究が、意図するとしないとに係らず、RNAの医工学的な基盤の確立に寄与したことである。本特定領域研究では、実質的研究が開始された平成14年度から年1回の公開シンポジウムを開催し、平成15年と平成18年には各々30名程度の海外講演者を含めた国際シンポジウム(The New Frontier of RNA Science[RNA2003 Kyoto]; Functional RNAs and Regulatory Machinery[RNA2008 Izu])を開催した。これらのシンポジウムは、学術的、教育的、国際交流的に実り豊かな第一級の国際会議となった。又、特定領域研究者のみならず社会とのコミュニケーションを目的として、RNA Network Newsletterの年2回発行を継続し、各方面からの高い評価と愛読を頂戴して全10冊の発行を完了した。なお、事後評価においては「A+」と評価され、本プログラムはその目的を十分に達成することができた。