著者
塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2003

脆弱X症候群は最も高頻度に精神遅滞を伴うヒト遺伝病であり、その発症率は新生児の約四千人に一人である。精神遅滞以外には、自閉症的症状や睡眠障害、その他特異な身体的特徴を示す。病理学的には、神経シナプス形成の場であり、脳高次機能に直接関わることが確実視されている樹状突起状スパインの形態異常を示す。1991年、脆弱X症候群の原因遺伝子FMR1が同定された。FMR1の5'非翻訳部位に位置するCGGリピートの異常伸長と過剰なDNAメチル化によるFMR1遺伝子の転写阻害が発症原因であることがわかっている。私は、FMR1というたった一つの遺伝子の発現(機能)欠失が精神遅滞発症へと至る分子機序に興味を持っている。現在は、FMR1側系遺伝子をもたないショウジョウバエをモデル生物として選択し、ショウジョウバエFMR1(dFMR1)の機能解析をすすめている。主に生化学的手法を駆使することによって、交尾制御因子lingererがdFMR1と特異的に結合する事を突き止めた。lingerer欠損変異体ショウジョウバエ交接器には形態変化が観察されないため、神経筋系の異常が交尾接合異常の原因であると考えられる。dFMR1欠損変異体では神経筋結合のシナプス末端に異常が観察される事をふまえ、これら2つの遺伝子の相互関係を遺伝学、生化学両面から解析しつつある。lingererはUBAドメインを有することから、ユビキチン経路において何らか役割を担う因子であると推測された。最近、lingererはRNA結合性タンパク質であり、dFMR1/lingerer複合体はsmall RNA分子を含む事を見出した。現在、このRNA分子の配列決定を進めている。ヒトlingerer相同体もFMR1と結合する事を見出した。今後、ショウジョウバエに限らず、哺乳細胞も扱うことによって、FMR1とlingererの相互関係を解析する。
著者
塩見 美喜子
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2013-04-01

20-30塩基長の小分子RNAによる遺伝子発現抑制機構をRNAサイレンシングと呼ぶ。正しい遺伝情報を次世代へと受継ぐ使命を担う生殖細胞では、PIWI-interacting RNA(piRNA)がDNA損傷を引き起こす転移性因子トランスポゾンからRNAサイレンシング機構を介して生殖細胞のゲノムをまもると同時に、生殖組織の分化を正常に導く。しかし、その動作原理は未だ不明である。piRNAによるトランスポゾンのサイレンシング機構はpiRNA生合成機構とpiRNAによるトランスポゾン発現抑制機構の二つに分けられるが、本研究では、特にpiRNA生合成機構に焦点を絞り、その仕組みを包括的に理解することを目指す。これまでのpiRNA研究を通して培った研究基盤や成果を活かしつつ本研究を進展させる。本年度は、特に人工的piRNA系を確立することを目的として研究をすすめた。我々はこれまでにtraffic jam mRNA 3’UTRを由来とするジェニックpiRNAの発現に必須なシス配列(100塩基長)を決定したが、この配列に相同性が高い配列を、ジェニックpiRNAを発現する他のmRNAに見出す事はできなかった。つまり、ジェニックpiRNAの生合成機構は、核酸の一次配列ではなく、他の要因をもとに、前駆体を選別している可能性が見出された。そこで、その様な要因を探りあてるため、ジェニックpiRNAを発現する他のmRNAにおいてシス配列として機能する断片を決定することにした。現在、コンストラクトを作成中である。コンストラクトの作成後は、OSCにそれらを発現させることによって、またnorthern解析をすすめることによって、ジェニックpiRNA産生に必要な部分配列を同定する。traffic jam mRNA 3’UTRを由来とするジェニックpiRNAの発現に必須なシス配列との相同性を探る。
著者
塩見 美喜子 石津 大嗣
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2013-05-31

PIWI-interacting RNA(piRNA)は正しい遺伝情報を次世代へと受継ぐ使命を担う生殖細胞でDNA損傷を引き起こす転移性因子トランスポゾンから生殖細胞のゲノムをまもる役割を担う。しかし、その動作原理は未だ不明である。本研究課題では、特に[I] piRNA生合成と[II] piRNAによる核内サイレンシングの仕組みに焦点を絞り解析を進めることによってpiRNA機構の全貌解明を目指した。また、[III] 人工piRNAを産生する仕組みの構築および人工piRNAによる任意遺伝子の抑制も目指した。いずれの項目においても当初の計画以上の進展があり、複数の論文として発表することができた。
著者
泊 幸秀 塩見 美喜子
出版者
東京大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2009-07-23

Argonauteファミリータンパク質はすべての小分子RNA作用マシナリーの核心を成す因子であり、恒常的に発現するAGOサブファミリーと生殖細胞特異的なPIWIサブファミリーに分類される。AGOサブファミリータンパク質については、これまで機能未知であった「Nドメイン」が小分子RNA二本鎖の一本鎖化に極めて重要な役割を果たしていることを見いだすなど、作用マシナリーの形成と機能に関する多数の重要な知見を得た。またPIWIサブファミリーについては、piRNAの生合成過程の一部を再現出来るin vitroの実験系の構築に成功しその素過程を初めて生化学的に明らかにするなど、顕著な成果を上げた。
著者
塩見 春彦 岡野 栄之 塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2002

脆弱X蛋白質のショウジョウバエ相同体dFMR1タンパク質がRNAi分子経路と相互作用することを明らかにし、「RNAi分子装置の異常による疾患」という新しい領域を開いた。さらにdFMR1複合体(dFMR1-RNP)の精製を進め、この複合体にはRNAi関連因子AGO2とDmp68のみならず、性行動関連因子Lingererが含まれていることを明らかにした。また、この複合体には約20塩基長の小分子RNAが含まれていることも判明した。クローニングを進めた結果、約20塩基長の小分子RNAは内在性siRNAであると考えられた。そこで、AGO2と相互作用するは内在性siRNAのクローニング法を確立し、それらの配列情報を得た。また、Lingererにはヒト相同体(AD-010とNICE-4)が存在し、これらがヒトFMR1と相互作用することを確認した。一方、Musashi1 (Msi1)に結合する共役蛋白質の濃縮・精製を行い、MALDI-TOF MS法でPoly (A) Binding Protein 1 (PABP1)を同定した。Msi1はPABP1のeIF4G結合部位(PABP1のN末部位)に結合し、eIF4GとPABP1の結合を積極的に解除または弱めていることをin vitroの結合実験で明らかにした。またMsi2単独欠損マウスの個体の解析を行ったところ、背側神経節の発達不全のために脊髄との線維連絡が低下していることが明らかとなった。さらに、Msi2の標的遺伝子の解析を行ったところプライオトロピン(ptn)が同定され、ptnのmRNAの3'非翻訳領域に特異的に結合し、その発現を転写後調節していることが明らかになった。
著者
塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

申請者は、精神遅滞を最も高頻度に伴う遺伝性ヒト疾患である脆弱X症候群原因遺伝子FMR1の機能解析を続けてきた。その過程において、FMR1遺伝子が翻訳調節に関与するRNA結合蛋白質をコードすること、さらには、ショウジョウバエFMR1相同蛋白質がRNAi活性中心であるRISC複合体の構成因子Argonauteと結合する事を明らかにした。FMR1遺伝子の機能を探索する上で、RNAi経路に関する新知見を得ることは必須であると考え、RNAi機構分子メカニズムの解析を進めた。基盤(A)によってサポートされた3年間における成果は以下の通りである。ショウジョウバエで恒常的に発現するArgonaute蛋白質(AGO1とAGO2)がそれぞれsiRNA、miRNAと結合する事によって遺伝子発現抑制機構において標的RNA切断nuclease(Slicer)として働くことを分子レベルで明らかにした。ショウジョウバエ抽出液を用いて行うRNAiにはATPは不必要である事を明らかにした。AGO2がsiRNA duplexのunwinding因子であることを明らかにした(以上、Miyoshi et al. Genes & Dev 2005)。生殖細胞特異的に発現するArgonauteの機能に関して研究をすすめ、Piwi、Aub、AGO3がrasiRNAと結合する事によってレトロトランスポゾンの遺伝子発現を抑えること、つまり「ゲノムの品質管理機構」に機能的に寄与することを明らかにした。これらArgonauteの機能が生殖細胞の維持・形成に必須であることが示唆された(Saito et al. Genes & Dev 2006;Gunawardane et al. Science 2007)。ショウジョウバエrasiRNA生合成経路に関するモデルを提唱した(Gunawardane et al. Science 2007)。(成果抜粋)
著者
塩見 春彦 井上 俊介 塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
2000

我々はトリプレットリピート病の代表例である脆弱X症候群の分子機序の解析を行っている。脆弱X症候群は最も高頻度に精神遅滞を伴う遺伝性の病気である。大部分の脆弱X症候群患者では、X染色体上に存在する遺伝子FMR1の5'非翻訳部位にある(CGG)nリピートが伸長し、その結果FMR1遺伝子産物の発現が転写レベルで抑制される。つまり、この病気はFMR1の機能欠損によるものである。FMR1の発現は健常人では脳神経系で非常に高く、一方、FMR1の発現のない脆弱X症候群患者は脳神経系の形態異常、特にシナプス形成の場であるスパインの形態異常を示す。FMR1蛋白質はRNA結合蛋白質で、しかもリボソームと相互作用していることからある種のmRNAの翻訳を直接叉は間接的に調節していると考えられているが、標的mRNAは今だ同定されていない。したがって、FMR1蛋白質の標的mRNAの同定はFMR1研究の最重要課題となっている。FMR1の標的mRNAを同定するために、我々はFMR1遺伝子の発現の変化に伴いその動態を変化させる蛋白質の同定をプロテオミクス解析法を用いて進めている。この研究を推進していくために、脆弱X症候群患者から樹立した各種細胞株と患者の正常な兄弟から同様に樹立した培養細胞株を用いている。この研究過程において、我々は、FMR1蛋白質はリボソームと相互作用していることから、患者由来と正常細胞におけるリボソーム分画の蛋白質レベルでの比較を行い、顕著な違いがあることを見い出した。この結果はFMR1蛋白質の有無がリボソームに構造的または質的な変化を与えることを示唆している。これは、ひいてはこのリボソームの構造的または質的な違いが翻訳するmRNA種のセレクターとして働いている可能性を示唆する。正常細胞においても、刺激に応じたFMR1蛋白質の修飾がリボソームとの相互作用を変化させ、その結果、リボソームの構造的または質的な変化を誘導することが考えられる。現在、両者で発現量に違いの見られる蛋白質の二次元電気泳動法による分離と質量分析による同定を進めている。さらに網羅的にFMR1蛋白質の有無により動態変化の見られる蛋白質の探索を進め、FMR1蛋白質の『標的遺伝子』を同定し、それらの発現調節機構の解析を通して脆弱X症候群の分子機序を明らかにしていきたい。
著者
塩見 美喜子
出版者
徳島大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2005

脆弱X症候群は最も頻度の高い遺伝性精神遅滞症でありFMR1遺伝子内CGGリピートの伸長によるFMR1遺伝子の転写阻害を起因とする。FMR1はRNA結合蛋白質であり、特定のmRNAを細胞質loci(Stress Granule様)に集積することによってその翻訳抑制を促していると考えられている。翻訳抑制の標的mRNAや分子メカニズムは未だ解明されていない。我々は、脆弱X病態モデル動物として、ショウジョウバエFMR1相同遺伝子(dFMR1)の欠損体を作製し、この変異体が概日リズムの異常、記憶障害、性行動異常を示すこと、生化学的な解析から、dFMR1がRNAi必須因子AGO2や、性行動調節遺伝子lingererと相互作用することを明らかにした。最近、ヒト細胞において、RNAiやmicroRNAによる遺伝子発現抑制はP-bodyと呼ばれる細胞質lociで起こることが示された。ショウジョウバエ細胞においてもAGO2やlingerer、dFMR1が細胞質中の特定の同一lociに局在する事を明らかにした。これがショウジョウバエStress Granule様lociあるいはP-bodyに相当するか、現在解析している。ヒトP-bodyマーカー分子として知られるGW182のショウジョウバエ相同体はmicroRNA機構必須因子AGO1に特異的に結合する。GW182はUSBドメインとRNA結合性ドメインを一つずつ有する。Lingererも、GW182とのアミノ酸配列上の相同性は低いもののUSBドメインとRNA結合性ドメインを一つずつ有する。今後、dFMR1による標的mRNAの翻訳抑制と、AGO2-RNAi機構による遺伝子発現抑制の関係やmicroRNA依存的遺伝子発現抑制との相違性などを明らかにする。