著者
永美 大志 前島 文夫 西垣 良夫 夏川 周介
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会雑誌 (ISSN:04682513)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.14-22, 2015 (Released:2015-07-10)
参考文献数
45
被引用文献数
3

農薬は第二次大戦後急速に使用量が増加し, 農薬中毒が農村医学の主たる課題になって久しい。本学会はこの課題に長年取り組んできており, 特別研究プロジェクト・農薬中毒部会では全国の関連医療施設の協力のもと臨床例調査を行なってきた。2010~12年分について報告する。 農薬中毒 (障害) の症例が, 37施設から137例報告された。性別では男女ほぼ同数で, 世代別では, 70歳代 (22%) が最も多く, 60, 80歳代 (各18%) が続いていた。中毒に関わる農薬曝露状況は, 自殺が71%を占め, 誤飲誤食 (13%), 散布中等 (12%) が続いていた。月別に見ると, 5月が16%で最も多かった。 診断名としては, 急性中毒 (83%) が大部分で, 皮膚障害 (6%), 眼障害 (5%) もあった。散布中などの曝露では, 急性中毒の割合が42%に低下し, 皮膚障害 (47%) が上回った。 原因農薬としては, アミノ酸系除草剤 (29%) が最も多く, 有機リン系殺虫剤 (25%), ビピリジリウム系除草剤 (8%) が続いていた。成分別にみると, グリホサート (38例) が多く, スミチオン (18例), パラコート (12例) が続いていた。 死亡例が23例報告された。うち8例がパラコートによるものであり, 3例がスミチオンによるものであった。 パラコートは, 致死率 (80%) において, 他の農薬成分を大きく引き離していた。死亡数は減少の傾向にあるが, このことは同剤の国内流通量の減少と相関していた。
著者
永美 大志 八百坂 透 前島 文夫 西垣 良夫 夏川 周介
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会雑誌 (ISSN:04682513)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.109-112, 2012-07-31 (Released:2012-11-21)
参考文献数
14

本学会関連の一施設から,某中学校において集団有機リン中毒発生の報告があり,患者を受け入れた地域の4医療施設を対象に調査した。 7月下旬,学校関係者がアリの駆除のため,有機リン系殺虫剤メチダチオン40%製剤の原液を,10時から11時の間に校舎近くのアリの巣に散布した。付近の教室内にガスが流入し,中学生たちが自覚症状を訴えて,昼ごろから16名が4病院に搬送された。 患者の訴えた症状は,「頭痛」13名,「吐気・嘔吐」11名,「めまい」4名などであった。うち1名は2回嘔吐した。コリンエステラーゼ活性値,瞳孔径および対光反射は,いずれも正常範囲内であった。3名が経過観察のため入院したが全員治癒し後遺症は見られず,軽症に止まったものと考えられる。 しかし,劇物である有機リン殺虫剤の原液を,そのまま中学校の教室付近で散布したことは,厳に戒められるべきであり再発防止が図られる必要がある。
著者
夏川 周介
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会学術総会抄録集 (ISSN:18801749)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.7, 2008

終戦前年の昭和19年に創立された佐久総合病院はまさに戦後の歴史と共に歩んできた。設立当時は日本のチベットとも称された人口5千人に満たない貧しい、寒冷の地にあって、医師2人、20床の規模からスタートし、現在は老健までを含む全病床数1,190床、職員総数1,800余名、常勤医師数200余名を数えている。発展の過程を規模だけからみると、まさに戦後の復興から高度成長への道をひた走ってきた我が国の姿と生き写しの感があるのは否めない。しかし、経済復興と高度成長の波に乗り、時流におもねって規模の拡大が図られて来たわけでは断じてない。むしろ、困窮劣悪な農村地域にあって、戦後の工業社会の実現と生産優先の政策から取り残され、そのひずみを様々な形で受けた農村の環境、産業としての農業そして農民の健康を守るため、昭和20年に赴任し、50年間にわたり院長を努めた故若月俊一の指導のもと、地域に根ざした地道な包括的医療活動の結果であると考えている。そして、その過程はまさに農村医学の実践の歴史といえるのではないか。<BR>創立期は有史以来大きく変わることの無かった日本の農村・農民の劣悪な生活環境、作業内容からくる健康障害に医療のみならず、社会環境、行政的視点から問題を浮き彫りにし、医学的・社会的・科学的手法により、その解明と改善をはかった農村医学と予防医学創生の時期であった。経済的、時間的、距離的そして何よりも医学的無知から病院にかかることの出来ない人々に対し出張診療班を編成し、無医村に出かけ、保健・予防活動に力を注いだ。その後の高度経済成長時代は、生産優先政策から生じる農薬中毒、農機具災害などの環境汚染や健康障害から農民の健康を守るたたかいの時期であり、同時に急速に発展する医学、医療の修得と提供をめざして最先端の医療技術の導入、施設・機器の整備を図って来た。そして、近年は急速に進む高齢化社会に対応し、介護・福祉、ことに在宅医療の実践に力を注いでいる。<BR>戦後の日本社会は国際情勢とも連動した急速な発展と未曾有の大変動に見舞われているのに対し、国全体として意識、思想、体制が追いつけない状況が今日の混乱を招いているといわざるを得ない。医療の世界も農村・農業をとりまく状況もまた然りである。<BR>若月はこのような状況を早くから喝破し"食糧自給率を減らし、農業を危機に陥れ、農村の美しい環境を破壊しているのは資本である。それに、政・財・官の癒着が大きく関与している。「協同」の名において、資本との闘いをきちんとやっておかないと、将来はとんでもないことになる。"といみじくも述べている。この言葉の中に重要な農村医学の目的、意義、役割が含まれているものと考える。<BR>現在、地域医療崩壊が現実のものとなる中、医療関連産業は多くの地方の基幹産業としての役割を担っている。このことは人口減少に悩む地方、ことに農村地域における有力な雇用創出につながるとともに、地域社会の維持に欠くべからざる要素である。そのような地域に依拠する医療機関は、地域の継続性とセイフティーネットを守る役割と機能を持つことが社会的使命であり責任であると任じ、健全な経営を守ると同時に地域住民の命と健康を守ることが"農村医学の原点"ではないだろうか。
著者
夏川 周介
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会雑誌 (ISSN:04682513)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.877-884, 2005-03-30

&nbsp;The 53rd General Assembly of the Japanese Association of Rural Medicine was opened in the city of Akita on October 7 for two days under the presidency of Dr. Hiromichi Ohbuchi, director of the Yamamoto Kumiai General Hospital placed under the wings of the Akita Prefectural Federation of Agricultural Cooperatives for Health and Welfare. This congress, held for the first time in 12 years in Akita, signified the fifth there in the annals of the Association. The management of this congress, carefully planned and filled with simplicity and friendliness, proved heart-warming and impressive.<BR>&nbsp;The main presentations to the congress were as follows:<BR>&nbsp;Acting as congress president, Dr. Ohbuchi spoke in his speech of 72 years of hard struggles through which his hospital had gone under the title of &ldquo;Progress of the Yamamoto Kumiai General Hospital and Community Health care in the Future.&rdquo;<BR>&nbsp;Dr. Masato Hayashi, President of the Association, presented a special lecture under the title of &ldquo;Measures to Deal with Lifestyle-related Diseases in the Rural Setting in the Future.&rdquo;<BR>&nbsp;Speaking in commemoration of the congress, Norishiro Terada, governor of Akita Prefecture, gave a lecture under the title of &ldquo;Security and Peace of Minds-Giving Thought to Future Community Medicine in Akita Prefecture.&rdquo;<BR>&nbsp;In a lecture opened to the public, Dr. Yoshio Gyoten, a prominent commentator, dwelled on &ldquo;How Medical Care Should Respond to the Rural Communities' Bipolarization.&rdquo;<BR>&nbsp;The scientific session featured the presentation of 322 subjects, including 202 orally, 118 by poster and two by video, suggesting that the oral presentations were nearly as twice as poster presentations. This might be so because the method of presentation was restricted to power point.<BR>&nbsp;Despite the fact that the congress was held soon after the local area had heavily suffered from a typhoon, the venue halls were filled with enthusiasm and the presentations were quite productive. My most heart-felt thanks go to related officials of the Akita Prefectural Federation of Agricultural Cooperatives for Health and Welfare as well as Dr. Ohbuchi and his colleagues for their immaculate preparation and management.<BR>&nbsp;The next general assembly will be held in Karuizawa, Nagano Prefecture. With Na gano hosting it for the first time in 20 years, we do look forward to the participation of as many Association members as possible.
著者
永美 大志 大谷津 恭之 加藤 絹枝 前島 文夫 西垣 良夫 夏川 周介
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会雑誌 (ISSN:04682513)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.44-49, 2010-05-30 (Released:2010-06-24)
参考文献数
15
被引用文献数
1

石灰硫黄合剤は,春先に果樹の殺虫,殺菌に使用される農薬である。製剤は,強アルカリであり,しばしば難治性のアルカリ腐食を本態とする深達性の潰瘍を引き起こす。 我々も2007年に50代男性の症例を経験した。患者は,3月上旬,防水性の防護具を着用せず庭木に本剤を散布し,ズボンなどへの付着にかまわず,そのまま作業を続行した。夕方より皮膚付着部の疼痛が惹起し,翌朝になっても継続したため受診した。初診時,両下腿後面に白色潰瘍を伴う3度の熱傷を認めた。第6病日デブリードマン術を施行したが,潰瘍は真皮層から脂肪層に及んでいた。人工真皮で被覆して肉芽形成を促した後,第20病日に植皮術を施行した。経過は順調で,約1か月で退院となった。 わが国において2000年代に入ってからほぼ毎年,本剤による化学熱傷の症例が報告されており,他の研究報告を見ても,この熱傷の発生数がなかなか減少していないことが伺われた。 この熱傷を防止するには,(1) 防水性の防護具で全身を覆うようにすること,(2) 万一本剤が身体に付着した場合は,迅速に洗浄すること,の2点が肝要である。障害防止のためのさらなる啓発活動が必要と考え,啓発パンフレットを作成した。
著者
臼田 誠 広澤 三和子 前島 文夫 西垣 良夫 矢島 伸樹 夏川 周介 関口 鉄夫
出版者
一般社団法人 日本農村医学会
雑誌
日本農村医学会学術総会抄録集 (ISSN:18801749)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.248, 2005

〈はじめに〉ミカンや落花生の栽培が盛んな神奈川県N町の一般廃棄物焼却施設(し尿焼却と最終処分場も併設)周辺住民は、長年にわたる本施設からの悪臭、騒音や煙ならびに粉塵などによる生活環境や健康への不安を募らせていた。さらに、近隣自治体からの生ごみを受け入れたバイオガス発生施設を本施設に増設するという企画が浮上し、本施設直下にあるM自治会では現在の本施設による周辺環境ならびに住民健康への影響を調査したいとの依頼が当研究所にあり、調査を実施した。その結果の内で環境影響については前演者が述べたので、ここでは周辺住民への健康影響について報告する。<BR>〈調査対象および方法〉2004年9月、上記の一般廃棄物焼却施設直下にあるM自治会全住民(622戸、2200人)を対象に、生活環境の変化や現在の自覚症状などを問う調査票による健康アンケート調査を実施した。対象住民の居住地が本施設から900m以内という近距離にあるため、対象住民全体を一つの集団としてデータ処理を行なった。そして、得られたデータを当研究所が実施した以下の2つの焼却施設周辺住民健康影響調査データと比較し、本対象住民の状況を判断することとした。比較データ1:埼玉県T市の県下最大産廃焼却施設周辺住民調査(対象994人)、比較データ2:長野県K町の民間産廃焼却施設周辺住民調査(対象4,443人)<BR>〈結果〉アンケートの回収率は92%と高率であった。本対象住民では都市圏への通勤のために、居住地での滞在時間が8時間以内の割合が多かった。生活環境の変化では、「臭いがする」との回答が64%と最も高く、これは比較データよりも有意に高い値であり、これが本施設による影響の特徴と考えられた。「窓ガラスや庭木が汚れる」などの粉塵による影響はT市の焼却施設から1000ー1500m地域住民と同程度の訴えがあった。<BR> 本対象住民の平均年齢は2比較住民よりも若く、現在治療中の病気では最も多い高血圧症が4%以下と比較2住民よりも有意に低かった。具体的な24項目の自覚症状では、「喉がいがらっぽい」「風邪でもないのに咳が出る」「目がしょぼしょぼする」「皮膚のかゆみ」など多くの項目で、本対象住民の訴え率は、比較したT市の焼却施設から1000mー1500m地域住民や長野県K町の焼却施設から400mー800m地域住民の訴え率と同程度あるいはそれ以上であった。また、24症状を喉・呼吸器・眼・皮膚・頭の6症状群にまとめて比較すると、その傾向がより明らかとなった。<BR>〈考察〉N町の一般廃棄物焼却施設によるM自治会住民への健康影響がダイオキシン騒動の中心地であるT市の焼却施設周辺住民と同程度であり、しかもM自治会住民の多くの居住時間が少ない状況を考えると、本施設による影響は深刻であると考えられる。