著者
山口 充 間藤 卓 大井 秀則 中田 一之 井口 浩一 熊井戸 邦佳 杉山 聡
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.6, pp.291-296, 2011-06-15 (Released:2011-08-19)
参考文献数
10
被引用文献数
1

患者は22歳の女性。自殺目的に薬局で購入した殺菌消毒薬を服用した。来院時,意識障害と頻呼吸,SpO2の低下が認められた。胸部X線写真では両側の肺うっ血が認められ,心エコーでは左室駆出率が25%と心機能の低下が認められた。ナファゾリンによる心不全,肺水腫と考え,dobutamine,phentolamine,olprinoneなどを投与した。症状は改善し,第13病日に軽快退院となった。入院当初,原因物質は不明であったが,血中薬物毒物分析などによってナファゾリンであることが判明した。ナファゾリン中毒は交感神経α1とα2作用が混在し,複雑な症状を呈するのが特徴である。本症例においても,重度の肺水腫のほか,意識障害,著明な心機能低下,低血圧が認められたが,徐脈や不整脈は認めなかった。肺水腫に対しては人工呼吸管理,心不全に対してはdobutamineを使用したが,十分な心係数の上昇は認められず治療に苦慮した。薬理学的な機序を考え,α遮断薬を使いつつ,更にPDE III阻害薬を開始したところ著明な心係数の改善が認められた。ナファゾリン中毒としてよく知られた“マキロン”には,現在ナファゾリンは含まれていないが,マキロン類似品のほとんどには未だにナファゾリンが含有されている。外用薬のナファゾリン中毒には十分な注意が必要で,重症の場合には呼吸管理に加えて,その循環動態に応じてα遮断薬などを使用した循環管理が必要と考えられた。
著者
久村 正樹 百瀬 ゆずこ 久野 慎一郎 福島 憲治 有馬 史人 今本 俊郎 大井 秀則 重松 咲智子 中村 元洋 淺野 祥孝 亀田 慎也 橋本 昌幸 安藤 陽児 園田 健一郎 輿水 健治
出版者
日本救急医学会関東地方会
雑誌
日本救急医学会関東地方会雑誌 (ISSN:0287301X)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.267-270, 2020-03-31 (Released:2020-03-31)
参考文献数
10

症例は44歳男性。救急搬送3カ月前より原因不明の右下腿全体の疼痛を自覚し, 整形外科, 脳神経外科で精査され, 線維筋痛症の診断で整形外科からプレガバリンの投薬治療が開始された。疼痛は改善せず, 程なく睡眠障害を自覚するようになった。救急搬送1週間前からは改善しない疼痛を悲観し, 希死念慮を訴えるようになった。X月Y日, 自宅で頸部と胸部を自ら刺し, 倒れているところを家族に発見され救急搬送された。病着時は心停止であり, 蘇生に反応せず死亡確認した。線維筋痛症は原因が不明の「身体疾患とも精神疾患とも言い切れない」疾患であり心身両面の治療が必要である。本症例は投薬治療のみがされていたが, 救急医療者が線維筋痛症などの慢性疼痛を正しく理解すること, また救急現場から慢性疼痛患者に標準治療を提供することは, 慢性疼痛治療を望ましい方向にするのみならず, 患者の救急医療受診を回避できる可能性があり重要であると考えられた。
著者
三谷 知之 間藤 卓 松枝 秀世 大井 秀則 山口 充 中田 一之 輿水 健治
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.7, pp.425-430, 2013-07-15 (Released:2013-10-16)
参考文献数
10

患者は22歳の女性。既往に躁うつ病があり,自殺目的に近医からの処方薬を過量服用した(炭酸リチウム,バルプロ酸など)。入院時,意識レベルがJCS II-30と低下している以外は異常なく胃洗浄と活性炭の投与を行った。その後血圧低下と多尿,高アンモニア血症を認めた。多尿は炭酸リチウムによる尿崩症と考えた。バルプロ酸血中濃度は190.2μg/dl,リチウムの血中濃度が1.11mEq/lであることから,持続的血液濾過透析を開始した。さらにlactulose,levocarnitine chloride懸濁液も併用した。24時間で持続的血液濾過透析は中止し,その後の悪化は認められず,第6病日に軽快退院となった。炭酸リチウムの過量服用では致死的な不整脈を起こして死に至ることがある。本症例は,炭酸リチウムの長期服用に加えて過量服用した。さらにバルプロ酸の過量服用は脳浮腫などを来し,加えて高アンモニア血症を併発して致命的になることがある。本症例の血中濃度は高値であった。炭酸リチウムは蛋白結合率が低く,バルプロ酸も過量服用においては蛋白結合率が低下する。そのため持続的血液濾過透析を施行し良好な経過を得た。本症例のバルプロ酸は徐放製剤であり,体内への吸収や血中濃度,蛋白結合率がどのように推移するのかを予想するのは困難であった。結局,経時的に血中濃度を測定し,治療方針を決定した。血中濃度の推移は,通常のバルプロ酸製剤と大きな違いはなかった。重症の経過を辿る可能性が高い複数の薬剤による中毒は,中毒症状の複雑化に加え,治療法の優先度や選択に苦慮する。複雑な薬物中毒に対応するためには経時的かつ迅速な毒物・薬物分析と血中濃度測定の体制が不可欠であると思われる。
著者
久村 正樹 藤井 昌子 松枝 秀世 城下 翠 橋本 昌幸 中村 元洋 淺野 祥孝 久木原 由里子 大井 秀則 平松 玄太郎 有馬 史人 安藤 陽児 輿水 健治
出版者
日本救急医学会関東地方会
雑誌
日本救急医学会関東地方会雑誌 (ISSN:0287301X)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.315-318, 2018-12-31 (Released:2018-12-28)
参考文献数
7

症例は55歳男性。自殺企図で有機リン製剤を飲み, 埼玉医科大学総合医療センターに救急搬送された。病着時, Glasgow Coma Scale 14 (E3V5M6) と軽度の意識障害と瞳孔径2mm/2mmの縮瞳, および著明な流涎を認めていた。血液検査ではコリンエステラーゼ値が4U/Lと低下し, 血清からはジクロルボスが検出された。有機リン中毒と診断し呼吸管理を中心に加療を行った。第4病日からリハビリテーション (以下, リハビリ) を開始したが, 第25病日に両足の動かしづらさを訴えるようになった。第33病日に歩行困難となりICU-acquired weaknessの診断基準を満たすようになったが, リハビリ病歴から原因は有機リンの遅発性多発神経炎と診断できた。このため病態に沿ったリハビリが継続できた。第43病日に自力歩行が可能となり, 第65病日に独歩で転院した。重症患者に早期からリハビリを導入することは, 治療のみならず診断にも寄与する可能性がある。