著者
小野寺 誠 小泉 範高 藤野 靖久 菊池 哲 井上 義博 酒井 明夫 遠藤 重厚
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.7, pp.307-312, 2014-07-15 (Released:2014-11-01)
参考文献数
18

症例は30代の女性。東北新幹線乗車中に下腹部痛が出現し救急要請となった。救急隊が病院選定を行う際に自分は医師であると話し前医へ搬送となったが,診察をめぐってトラブルとなったため当院紹介となった。救急隊からの連絡で身分証明書の提示を拒否していたこと,インターネット検索をした結果,氏名と所属が一致しないことを確認したために薬物依存の可能性を考え,前医に医師会への報告を依頼するとともに当院精神科医師による診察を依頼した。当院搬入時,下腹部の激痛を訴えており,一刻も早い鎮痛剤の投与を希望していた。患者によると,子宮頸管狭窄症の診断で海外の病院や都内大学病院で大腿静脈よりペンタゾシンとジアゼパムを静脈内投与していたと主張していた。精神科医師による傾聴後,痛み止めは施行できない旨を伝えていた最中に荷物より所持品が落下した。某大学病院や某研究機関研究員など多数のIDカードを所持しており名前も偽名であった。その直後に突然激高し,看護師の腹部を蹴り,当院から逃走した。30分後,当院より約10km離れた地点で救急要請した。搬送となった病院でセルシン® とソセゴン® を筋注したが10分程で再度除痛するよう訴えた。直後に岩手県医師会から「不審患者に関する情報」がFAXで届き,警察への通報を考慮していたところ突然逃走した。医師会を通じて調査したところ,前日には宮城県,翌日には秋田県の医療機関を同内容で受診していることが判明した。本症例を通して,救急医療機関においては,問題行動のある精神科救急患者を受け入れた際の対応マニュアルを,あらかじめ整備しておくことが望ましいと思われた。
著者
大倉 隆介 小縣 正明
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.10, pp.837-846, 2013-10-15 (Released:2013-12-30)
参考文献数
9

救急外来を受診する過換気症候群症例の臨床的特徴を明らかにすることを目的として,2004年4月以降6年間に神戸市立医療センター西市民病院(旧・神戸市立西市民病院)の救急外来を受診し過換気症候群と診断された474名(受診件数627件)を対象とし,その症状や検査所見,当院における治療方法および結果を遡及的に検討した。患者の平均年齢は35±16歳,性別は男85名(102件),女389名(525件)であった。受診件数は明らかな季節変動を示し,夏に増加し冬に減少した。身体的疾患の合併に関しては気管支喘息が最も多く64名(13.5%)にみられた。精神科的疾患の既往では神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害が最も多く104名(21.9%)に認められた。救急車による搬送例は348件(55.9%)を占め,非搬送例と比して精神疾患合併例が有意に多く,救急外来での在室時間が有意に長かった。治療としては,鎮静を目的とした薬物投与が322件(51.4%)で行われ,ペーパーバッグ法が122件(19.5%)で施行された。いずれの治療法も,施行した群は施行しなかった群に比して救急外来の在室時間が長かった。過換気発作停止後にSpO2の低下を伴う無呼吸がみられた症例が35件(5.6%)あった。入院を要した症例は7件(1.1%)あった。対象期間中に過換気症候群で当院救急外来を複数回受診した患者は71名(15.0%)あり,その受診回数は平均3.2回,最大18回であった。1か月以内の再受診は37名(72件)あった。複数回受診者が精神疾患を合併する割合は69.4%であったが,受診回数1回の患者では35.6%であった。過換気症候群は,ほとんどの症例において予後は極めて良好であるが,気管支喘息などの他疾患との鑑別困難例や過換気後無呼吸による低酸素血症の発生に注意が必要である。

1091 0 0 0 OA クマ外傷の4例

著者
加藤 雅康 林 克彦 前田 雅人 安藤 健一 菅 啓治 今井 努 白子 隆志
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.5, pp.229-235, 2011-05-15 (Released:2011-07-23)
参考文献数
15

近年,クマの目撃件数が増加しており,クマが生息する山間部付近の病院ではクマ外傷を診察する機会が増加することが予想される。当院で過去2年間に経験したクマ外傷の4例を報告し,初期治療での注意点について考察する。クマ外傷は頭部顔面領域に多く,顔面軟部組織損傷の治療にあたっては,眼球,鼻涙管,耳下腺管や顔面神経などの損傷を確認し,損傷の部位や程度に応じてそれぞれの専門科と共同で治療を行うことが必要となる。また,細菌感染や破傷風の予防が必要である。当院で経験した4例と文献報告でも,創部の十分な洗浄と抗菌薬治療,破傷風トキソイドと抗破傷風人免疫グロブリンの投与により重篤な感染を生じることはなかった。しかし,頭部顔面の創部と比較して四肢の創部は治癒に時間がかかった。クマ外傷の診療にあたっては,顔面軟部組織損傷と感染症予防に対する知識が重要と考えられた。
著者
金澤 寛之 小倉 靖弘 小川 晃平 上本 伸二
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.6, pp.277-283, 2011-06-15 (Released:2011-08-19)
参考文献数
17

熱射病に起因した急性肝不全に対して生体肝移植を施行した症例と人工肝補助療法を施行した症例をそれぞれ経験した。症例1は16歳の男性で運動中に卒倒した。前医入院後,一時的に意識状態が改善したが再び昏睡状態となり第4病日に急性肝不全の診断で人工肝補助療法を開始し同日,生体肝移植を施行した。術後2日目に意識状態の改善を得た。症例2は15歳の男性で運動中に卒倒し,その後熱射病による急性肝不全の診断で人工肝補助療法を開始した。昏睡状態が遷延したが第14病日に意識状態の改善を得た。両者とも神経学的後遺症なく軽快退院することができた。熱射病による急性肝不全は,播種性血管内凝固症候群や熱射病による脳症の合併により肝移植適応を含めた肝不全の評価が困難となる。本病態に対しては人工肝補助療法を行うことで肝性脳症による不可逆的脳障害の回避や肝性昏睡からの覚醒効果に期待し,その間に致死的合併症を制御しながら肝再生あるいは肝移植につなげていく治療戦略が妥当であると考えられる。
著者
宮内 崇 藤田 基 末廣 栄一 小田 泰崇 鶴田 良介
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.5, pp.191-200, 2014-05-15 (Released:2014-09-01)
参考文献数
42
被引用文献数
1

軽症頭部外傷は救急外来を受診する頭部外傷のなかで最も多い。近年,スポーツ選手や軍事活動に従事する兵士のように,軽症頭部外傷を繰り返し受傷した人たちが,受傷から数年後に慢性的な認知機能障害や抑うつ状態を呈することが報告され,繰り返される軽症頭部外傷に関連する慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy: CTE)が注目されている。軽症頭部外傷の患者の多くは比較的若年者であり社会的な影響が大きいため,海外ではその病態の解明や診断,治療法の研究が盛んにおこなわれている。軽症頭部外傷のうち受傷直後から頭痛,めまい,嘔気,意識消失などの一過性の症状を呈し,画像上明らかな異常を認めないものを脳振盪と呼ぶ。脳振盪は明確な診断基準がないため,アセスメントツールを用いて症状の経過をフォローして診断を試みる。脳振盪を含む軽症頭部外傷に関連する病態としてCTEの他,急性期に発生するセカンドインパクトシンドローム(second impact syndrome: SIS),急性期から引き続き起こる脳振盪後症候群(post-concussion syndrome: PCS)がある。これらの病態は軽症頭部外傷を繰り返すことによって発生するリスクが高くなるといわれているが,そのメカニズムは明確ではない。現在のところ,軽症頭部外傷を受傷した患者に対しては再度頭部に衝撃を与えないように安静を保つことが重要である。スポーツでは,プレー中に受傷した選手は直ちにプレーを中止させる。またプレーへの復帰は段階的に行い,症状の変化を経時的に観察し,重症化の徴候を見逃さないように注意する。治療は対症療法が中心で,重症化,慢性化の予防に対する薬物療法などの有用な治療法はない。軽症頭部外傷に対しては保護者・指導者の教育が重要である。リスクの高い環境にいる場合,とくに脳が発達過程にある小児に対しては,繰り返す受傷を予防できる環境と,受傷した場合への対策を整える必要がある。そのため本邦のガイドラインの作成と軽症頭部外傷への理解,プロトコールの遵守の徹底が望まれる。
著者
佐藤 孝幸 中川 隆雄 仁科 雅良 須賀 弘泰 高橋 春樹 出口 善純 小林 尊志
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.12, pp.941-947, 2009-12-15 (Released:2010-03-01)
参考文献数
18
被引用文献数
1 2

カフェインは嗜好品の他,感冒薬や眠気予防薬として普及しているため,過剰摂取が容易である。大量服用から致死的中毒を来した2症例を救命した。〈症例1〉34歳の女性。市販感冒薬を大量服用後,心室細動から心静止状態となり救急搬送された。感冒薬成分中の致死量のカフェインが心肺停止の原因と考えられた。〈症例2〉33歳の男性。自殺企図にて市販無水カフェイン(カフェイン量24g)を内服,嘔吐と気分不快のため自らの要請で救急搬送となった。いずれも大量のカフェイン急性中毒例で,薬剤抵抗性の難治性不整脈が特徴であった。早期の胃洗浄,活性炭と下剤の使用,呼吸循環管理により救命することができた。とくに症例2では,早期の血液吸着により血中濃度の減少と症状の劇的な改善を認めた。これは血液吸着の有用性を示す所見と考えられる。
著者
山口 充 間藤 卓 大井 秀則 中田 一之 井口 浩一 熊井戸 邦佳 杉山 聡
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.6, pp.291-296, 2011-06-15 (Released:2011-08-19)
参考文献数
10
被引用文献数
1

患者は22歳の女性。自殺目的に薬局で購入した殺菌消毒薬を服用した。来院時,意識障害と頻呼吸,SpO2の低下が認められた。胸部X線写真では両側の肺うっ血が認められ,心エコーでは左室駆出率が25%と心機能の低下が認められた。ナファゾリンによる心不全,肺水腫と考え,dobutamine,phentolamine,olprinoneなどを投与した。症状は改善し,第13病日に軽快退院となった。入院当初,原因物質は不明であったが,血中薬物毒物分析などによってナファゾリンであることが判明した。ナファゾリン中毒は交感神経α1とα2作用が混在し,複雑な症状を呈するのが特徴である。本症例においても,重度の肺水腫のほか,意識障害,著明な心機能低下,低血圧が認められたが,徐脈や不整脈は認めなかった。肺水腫に対しては人工呼吸管理,心不全に対してはdobutamineを使用したが,十分な心係数の上昇は認められず治療に苦慮した。薬理学的な機序を考え,α遮断薬を使いつつ,更にPDE III阻害薬を開始したところ著明な心係数の改善が認められた。ナファゾリン中毒としてよく知られた“マキロン”には,現在ナファゾリンは含まれていないが,マキロン類似品のほとんどには未だにナファゾリンが含有されている。外用薬のナファゾリン中毒には十分な注意が必要で,重症の場合には呼吸管理に加えて,その循環動態に応じてα遮断薬などを使用した循環管理が必要と考えられた。
著者
小濱 啓次
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.6, pp.271-281, 2010-06-15 (Released:2010-08-13)
参考文献数
32
被引用文献数
2 1

医師の搭乗したヘリコプター(ドクターヘリ)の歴史は古いが,国の救急医療体制の一翼として活動が開始されたのは,1968年ドイツが最初で,その歴史は新しい。わが国では1982(昭和57)年,川崎医科大学で1日だけの試験飛行が行われたのが最初で,ドクターヘリが国の救急医療体制の一環として正式に運航を開始したのは2001(平成13)年4月1日からである。現在,19道府県23ヶ所で救命救急センターを基地としてドクターヘリが運航されており,多くの傷病者の救命に活躍している。2007(平成19)年6月27日「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」ができたこともあり,全国の道府県がドクターヘリの導入を検討しており,今後4~5年以内に,都道府県の救命救急センターに1ヶ所はドクターへりが配備される時代が来るであろう。今後は都市部にドクターカーを配備し,傷病者発生時,必要に応じてドクターカーにするのか,ドクターヘリにするのかを決め,一人でも多くの傷病者が救命される時代が来ることを期待している。
著者
三好 寛二 世良 昭彦 加藤 貴大 梶山 誠司 木下 博之
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.22, no.9, pp.772-776, 2011-09-15 (Released:2011-11-15)
参考文献数
12

急性薬物中毒は救急外来において頻度の高い傷病の一つである。今回,ロキソプロフェンを大量服薬し,急性中毒症状を呈した症例で,ロキソプロフェンおよびその代謝産物の血中濃度を測定し得たので報告する。症例は30代の女性,ロキソプロフェン3,600mg(ロキソニン®錠,1錠60mgを60錠)を服薬し,3時間後に来院した。来院時,自覚症状なく,意識清明でバイタルサインは安定していた。胃洗浄,活性炭投与は行わず,入院し輸液療法を行った。急性中毒症状として,消化器症状(食欲不振と心窩部痛が第2病日から3日間継続),急性腎傷害(第3病日まで無尿で経過し,第3病日をピークにBUN 23mg/dl,Cre 1.93mg/dlまで上昇),肝機能障害(第3病日をピークにGOT 532 IU/l,GPT 144 IU/l,LDH 405 IU/lまで上昇),血小板減少(第3病日をピークに10.8×104/dlまで低下)などを生じたが,いずれも経過観察と対症療法で改善し第4病日に退院した。退院後も後遺症を残すことなく経過した。ロキソプロフェンの血中濃度は,服薬3.5時間後126μg/ml,17時間後26μg/ml,40時間後3.18μg/ml,64時間後0.25μg/mlで,ロキソプロフェンの代謝産物であるトランス配位アルコール体の血中濃度は,服薬3.5時間後152μg/ml,17時間後16.1μg/ml,40時間後2.33μg/ml,64時間後0.19μg/mlであった。大量服薬時のロキソプロフェンの最高血中濃度到達時間は0.41時間で,服薬から3.5時間までに吸収が終わっており吸収遅延は起こさなかった。また,ロキソプロフェンは大量服薬時も速やかに代謝され代謝産物を生じていたが,血中濃度半減期は延長し6.7時間であった。
著者
宮崎 大 久保田 哲史 林下 浩士 鍜冶 有登 小林 大祐 吉村 昭毅 和田 啓爾
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.12, pp.956-960, 2010-12-15 (Released:2011-02-09)
参考文献数
15
被引用文献数
1 3

症例は41歳,女性。既往歴特記事項なし。銀杏60個を摂食し,4時間後から嘔気,嘔吐,下痢,めまい,両上肢の振戦,悪寒が出現した。6時間後救急要請,当院に搬送となった。来院時呼吸数30/min,脈拍94/min(整),血圧152/90mmHg,SpO2 99%(室内気)と安定しており,意識も清明であった。血液検査では白血球増多,呼吸性アシドーシス,軽度の乳酸値の上昇が認められた。頭部CTでは明らかな異常所見はみられなかった。銀杏中毒と診断し,pyridoxal phosphate(PLP)400mg(8mg/kg)を経口投与し,症状は改善した。入院,経過観察としたが,症状の悪化はなく,第2病日に退院となった。後日,来院時の血清4-O-methylpyridoxine(MPN)濃度は339ng/mlと高値であることが判明した。銀杏中毒は栄養状態の不良な前後に頻発していたが,最近では減少している。原因物質としてMPNが証明されており,中枢神経でビタミンB6(Vit B6)と拮抗して作用し,痙攣を起こすことが推測されている。本症例では痙攣は発症していないが,PLP投与により症状は軽快した。銀杏中毒に対してはPLPを速やかに投与すべきである。
著者
小坂 至 光定 誠 若山 達郎 松浦 篤志 新井 浩士 横山 春子 田中 道雄
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.18, no.5, pp.202-207, 2007-05-15 (Released:2009-02-27)
参考文献数
5

界面活性剤の大量内服後に多発小腸潰瘍・穿孔を来した1症例を経験したので報告する。症例は45歳の男性。自殺企図にて界面活性剤を大量に内服し, 急性薬物中毒にて当院入院となった。経過中に下血及び持続する右下腹部痛が出現した。上下部消化管内視鏡検査・腹部血管造影などにより, 小腸潰瘍からの出血と考えられ, バゾプレシンの持続動注を行い, 一時的な止血が得られた。その後腹膜炎症状及び再下血を認め, 小腸潰瘍による穿孔性腹膜炎の診断にて緊急手術を施行した。約1.6mの空腸を残し回盲部切除術を行った。術後も残存小腸の潰瘍からと思われる下血を繰り返したが, 諸検査にて明らかな出血源は指摘できず, 保存的加療にて改善し, 術後55日目に軽快退院した。界面活性剤による中毒では, 腸管からの排泄と共に, 中毒症状が改善することが多い。しかし, 閉塞機転による腸管内の停滞などを契機に本症例のような重篤な経過をたどることもあり, 慎重な経過観察が必要である。
著者
柏浦 正広 小林 未央子 阿部 裕之 神尾 学 黒木 識敬 田邉 孝大 濱邊 祐一
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.9, pp.767-773, 2013-09-15 (Released:2013-12-30)
参考文献数
18

【目的】精神科領域,特に統合失調症患者において病的多飲を誘因とする水中毒がしばしばみられる。また水中毒の経過中に横紋筋融解症(rhabdomyolysis, RML)を併発することがある。しかし,その発症機序やリスクについては解明されているとは言い難い。水中毒患者におけるRML発症要因と予後について検討した。【対象・方法】2006年1月から2012年8月までに東京都立墨東病院救命救急センターに搬送され,水中毒と診断した症例を対象として診療録を後方視的に検討した。RML非発症例を対照群としてRML発症例の患者背景,入院時の検査値,検査値の推移,救命救急センター在室日数,入院日数,合併症,予後を比較した。【結果】水中毒と診断された患者は33例で,そのうちRML発症例は18例(55%)であった。最大血清creatine kinase(CK)値の中央値は22,640 IU/l(四分位範囲 6,652-55,020 IU/l)だった。RMLの合併例と非合併例において入院時血清Na値や血漿浸透圧値では有意差を認めなかった(p=0.354,p=0.491)が,血清Na値の補正速度に有意差を認めた(p=0.001)。経過中に急性腎傷害(acute kidney injury: AKI)の合併は5例あったが,腎代替療法を要した症例や腎障害が遷延した症例はなかった。橋中心性髄鞘崩壊症候群(central pontine myelinolysis: CPM)を合併した症例や死亡例はなかった。【結語】水中毒においてRMLの合併は少なくない。RML合併には急速な血清Na値の補正が関連している可能性があり,CPMと併せて注意すべき合併症である。
著者
澤村 淳 早川 峰司 下嶋 秀和 久保田 信彦 上垣 慎二 丸藤 哲 黒田 敏
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.21, no.7, pp.358-364, 2010-07-15 (Released:2010-09-20)
参考文献数
13

クモ膜下出血は突然死の主要原因の一つである。我々は院外心肺機能停止で発症したクモ膜下出血症例で神経学的予後良好例を報告する。症例は52歳男性。交通事故が発生し,心肺停止が目撃された。すぐにbystandar心肺蘇生法が施行された。ドクターカーを含めた救急隊が要請され,救急医は当院到着まで気管挿管を含めたadvanced cardiopulmonary life supportを施行した。心肺停止発症から23分後に心拍再開し,直後に初療室へ搬入となった。意識レベルはE1VTM5であった。心電図はV1からV5誘導でST上昇を認め,心筋虚血が示唆された。頭部CTの結果,右半球に優位な瀰漫性のくも膜下出血を認めた。脳血管撮影では右中大脳動脈分岐部に嚢状動脈瘤を認めた。World Federation of Neurosurgical Societies分類ではGrade IV,Fisher CT分類ではIII群と診断した。しかし,眼球偏視が消失,対光反射が出現し,上肢の運動も活発に認められたことから,脳動脈瘤頸部クリッピング術を目的に開頭手術を施行した。患者は第18病日に神経脱落症状なく独歩で退院した。Bystandarによる発症直後からの心肺蘇生法や集中治療は院外心肺停止で発症したクモ膜下出血症例の生存率や機能的予後を改善する可能性がある。
著者
小松 裕和 鈴木 越治 土居 弘幸
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.7, pp.397-403, 2009-07-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
6
被引用文献数
2 2

「研究仮説」の善し悪しが臨床研究の質を決めると言っても過言ではない。しかし,研究仮説の立て方,洗練の仕方について記載した文献は少なく,多くの臨床医は不十分な研究仮説をもとに臨床研究を行っている。研究仮説を立てるにあたっては,対象者・曝露(介入)・コントロール・結果をきちんと定義し,反事実モデルをもとに十分に検討と議論を重ねていくことが何よりも重要である。その上で,近年疫学分野で用いられるようになっているDirected Acyclic Graph(DAG)をもとに,研究計画や解析計画を立てること,調整が必要な交絡要因について検討することが重要である。DAGは簡単な規則をいくつか理解してしまえば非常に有用なツールであり,臨床研究を行う際にも,論文を読む際にも役に立つものである。
著者
高橋 洋子 須崎 紳一郎 勝見 敦 原田 尚重 諸江 雄太 蕪木 友則 中澤 佳穂子
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.18, no.5, pp.208-215, 2007-05-15 (Released:2009-02-27)
参考文献数
25
被引用文献数
1

消火器に含まれる消火薬剤による高カリウム血症が原因と思われる心停止の事例を経験した。症例は68歳の男性。統合失調症で他院入院中, 消火器を自ら口にくわえて噴射した。その直後より, 全身の発汗, 四肢の冷感が出現。ショック状態のため, 当院救命センターへ転院搬送となった。来院時, GCS E3V5M6で不穏状態で, 収縮期血圧60mmHg, 心拍数99/min, SpO2 99%であった。生化学検査で血清K濃度が10.3mEq/l, 心電図上でテント状T波を認めた。入室より38分後, 心肺停止状態となったが, 2時間以上にわたる心肺蘇生の後, CHDF等の集中治療を行い, 救命することができた。本症例で使用された消火器は, 主成分が炭酸カリウムであり, 内容物中のカリウムが体内に吸収され高カリウム血症となり, 心停止に至ったものと考えられた。一般に, 消火薬剤は低毒性と考えられているが, 致死的中毒を引き起こす危険性があることは広く認知されるべきである。
著者
橋本 亘 谷口 真一郎 柴田 隆一郎
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.6, pp.363-366, 2013-06-15 (Released:2013-10-16)
参考文献数
8

急性大動脈解離(acute aortic dissection: AAD)に類似した症状を呈し,診断に苦慮した急性特発性脊髄硬膜外血腫(acute spontaneous spinal epidural hematoma: ASSEH)の1例を経験した。症例は49歳の男性。ゴルフプレー中に背部痛が出現し救急搬送された。搬入時は苦悶表情で心窩部痛と背部痛を認め,血圧は192/100mmHgと高値であった。搬入後,一過性に両下肢脱力を認めたが改善した。発症様式や症状から急性大動脈解離などの循環器疾患を疑い精査を進めた。しかし諸検査を行ったが確定診断は得られなかった。入院後も背部痛は続いており,一過性に両下肢脱力を認めていたことより磁気共鳴画像検査(magnetic resonance imaging: MRI)を行ったところ頸椎~胸椎レベルに脊髄硬膜外血腫を認め,ASSEHと診断した。神経症状が安定しており保存的加療を行い後遺症なく自宅退院となった。ASSEHの発生は稀であるが,急性期の診断や治療の遅れが後遺症を残す可能性がある疾患であり,救急鑑別疾患のひとつとして認識することが重要である。
著者
佐々木 庸郎 石田 順朗 小島 直樹 古谷 良輔 稲川 博司 岡田 保誠 森 啓
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.160-167, 2008-03-15 (Released:2009-07-19)
参考文献数
7
被引用文献数
1 1 1

症例は50歳の男性。視力障害,意識混濁により医療機関を受診した。当初心房細動,大脳基底核の両側対称性病変,視力障害からtop of the basilar syndromeを疑われ,脳血管造影を施行したが否定された。その後昏睡状態に陥り,CT,MRI上の両側対称性の被殻病変,重度の代謝性アシドーシスの存在から,メタノール中毒が疑われた。集中治療室へ入院し,気管挿管,血液浄化療法,エタノール投与,活性型葉酸投与などを行った。意識は回復したものの,ほぼ全盲であり見当識障害が残存した。その後妄想性障害のため精神病院へ転院となった。メタノール中毒において,治療の遅れは重篤な後遺障害につながる。メタノールの血中濃度は迅速に測定することができないため,臨床症状,血清浸透圧較差,CT及びMRIの特徴的な病変から疑い,迅速に治療を開始する必要がある。
著者
伊関 憲 朝長 鮎美 林田 昌子 清野 慶子 篠崎 克洋 羽田 俊裕 山崎 健太郎
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.11, pp.775-780, 2012-11-15 (Released:2013-01-17)
参考文献数
13

症例は45歳の男性。頭にごみ袋を被りヘアゴムで頸部を留めて,浴室の洗い場で全裸の状態で座っているところを発見された。意識はなく心肺停止状態であり,心肺蘇生を行うも死亡確認となった。蘇生中,気管チューブよりピンクから赤色の泡沫痰が多量に吸引された。死後の胸部CTでは,両側肺野に著明な肺水腫,肺胞出血の所見があり,気管から両側主気管支内に液体貯留を認めた。現場検証で浴室内からエアダスターが発見された。司法解剖では,左右の肺に高度肺水腫と肺胞出血が認められた。左右ともに濃紫赤色,血液量が多く,水腫高度であった。両側眼瞼結膜に溢血点あり,口唇結膜,上下肢にチアノーゼを認めた。さらに心臓血より1.1-ジフルオロエタン(HFC-152a,以下DFE)が検出された。DFEはフロンガスの一種であり,冷媒や噴射剤などに用いられる。吸入により多幸感や気分の高揚感が得られるため乱用される場合がある。しかし,高濃度のDFEを吸入すると中枢神経系の抑制や催不整脈作用がある。死亡例も散見され,剖検例では両肺で著明な肺水腫と肺胞出血がみられた。今回の症例では,頭からビニール袋を被りDFEの吸引をしていたところ意識を消失し,低酸素,窒息状態となり死亡したものと思われる。本症例のような吸入法での死亡例が国内で散見され,インターネットでのフロンガス吸入に関する情報の規制などが必要である。
著者
白子 隆志 加藤 雅康 藤山 芳樹 田尻下 敏弘 沖 一匡 吉田 隆浩 小倉 真治
出版者
一般社団法人 日本救急医学会
雑誌
日本救急医学会雑誌 (ISSN:0915924X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.12, pp.897-903, 2014-12-15 (Released:2015-03-12)
参考文献数
17

介護老人保健施設(以下,老健施設)に入所中の83歳女性が心肺停止になり,勤務中の看護師らスタッフによる心肺蘇生が実施された。心肺蘇生中の看護師A(53歳,女性)が突然意識を消失したため,残りのスタッフが入所者の心肺蘇生を引き継ぐとともに看護師Aの心肺停止を確認し,救急隊の追加要請と看護師Aのcardiopulmonary resuscitation(CPR)を開始した。施設唯一のautomated external defibrillator(AED)は入所者に装着されたため,救急隊到着後に救急隊の半自動式除細動器を入所者に装着し,施設のAEDを看護師Aに装着した。「shock advised」の指示に従いスタッフが1回目のショックを看護師Aに実施した。先着救急隊により入所者を搬送後,追加要請された後着救急隊により看護師Aを救命救急センターに搬送した。救急外来にて看護師Aの心肺停止,VFを確認後2回目のショックを実施し,アドレナリン1mgを投与後に自己心拍が再開した。抗不整脈薬投与,人工呼吸管理,低体温療法を行い,その後implantable cardioverter defibrillator(ICD)を移植し,完全社会復帰した。看護師Aは既往歴に肥大型心筋症を罹患しており,今回の心肺停止は急激な心肺蘇生によって身体的・精神的負荷がかかったために,VFを発症したものと推測した。本症例は,日常の訓練とスタッフを含む適切な救命の連鎖が看護師Aの社会復帰につながったものと考えられた。院内の事後検証において老健施設のAEDの機種,設置場所,台数,予備パッドの管理体制の不備を指摘し,既設のAEDを廃棄後2台新設した。Japan Resuscitation Council(JRC)ガイドライン2010によると心肺蘇生中の救助者が心肺停止に陥ることは極めて稀であるが,救助者の安全についても十分考慮する必要がある。