- 著者
-
大野 哲也
- 出版者
- 日本社会学会
- 雑誌
- 社会学評論 (ISSN:00215414)
- 巻号頁・発行日
- vol.58, no.3, pp.268-285, 2007-12-31 (Released:2010-04-01)
- 参考文献数
- 27
- 被引用文献数
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現代日本社会において,「私は誰なのか」という問いを抱えて苦悩している人たちの存在が顕在化している.現代における最も尊重されるべき社会的価値の一つが「個人の自律性」であるからこそ,皮肉なことに,個々人は自己のアイデンティティを常に確認しなければならないという状況を生じさせているのである.たとえば現在,社会で流通している「自分探し」という言葉は,自己のアイデンティティをめぐって人々が葛藤している事態をよく表している.このような「自分らしさ」への渇望状況において,人々から着目されたのがバックパッキングだった.アイデンティティが他者と差異化することでもたらされるのならば,多様な文化を長期間にわたって経験する「放浪」は,アイデンティティの構築実践そのものだといえるだろう.そして実際,観光社会学のバックパッキング研究においては,旅におけるアイデンティティ刷新の可能性を肯定的に捉える主張が繰り返しなされてきた.しかしながらバックパッキングを取り巻く環境は大きく変化してきている.旅のマニュアル本の存在が証明しているように,旅がマス・ツーリズムと同様に,商品化されていく過程が確認できるのだ.そこで本稿ではアジアを旅する日本人バックパッカーを事例として,冒険的な旅だと表象されてきたバックパッキングが,どのように現代社会の中で再定位され,それがいかなる文化・社会的意義を有しているのかについて考察する.