- 著者
-
天畠 大輔
- 出版者
- 日本社会学会
- 雑誌
- 社会学評論 (ISSN:00215414)
- 巻号頁・発行日
- vol.71, no.3, pp.447-465, 2020 (Released:2021-12-31)
- 参考文献数
- 22
筆者は発話困難な重度身体障がいの当事者である.自ら発話することはできないが「あ,か,さ,た,な話法」を用いて意思を伝え,介助者との協働作業で博士論文を執筆した.しかし論文執筆を進める過程で,これは自分の思考なのか,介助者の思考なのか,切り分けが困難である事実に気がついた.
本稿では,筆者の論文ミーティングの会話録を分析し,自己と他者のせめぎあいのなかで実践される論文執筆の実態を明らかにすることを目的とする.とりわけ自己と介助者の「思考主体の切り分け難さ」がどのようなコンテクストのなかで発生するのか,それがどのような帰結をもたらすのかを詳細に描き出すことを試みた.
調査の結果,筆者が要旨を伝え介助者が代筆するという執筆技法では,①疑問の発生,②議論による認識の共有,③主張の明確化,④主張の確定のステップがあり,すべてのステップにおいて「もの言う介助者」の役割が期待されていることが明らかとなった.
以上を踏まえ,筆者の論文執筆においては「もの言う介助者」に共有知識を与え,積極的に意見を出させたうえで,当事者はそれを取捨選択するという,従来の介助者手足論規範とは異なったあり方を見出すことができた.その一方,「本質的な能力の水増し」や「文章の思考主体の切り分け難さ」にかえって苛まれ,さらには思考主体の能力に普遍性があるのかという課題に向き合う「発話困難な重度身体障がい者」の実態が浮き彫りとなった.