著者
北村 由美 片岡 樹 芹澤 知広 津田 浩司 奈倉 京子 横田 祥子 中谷 潤子
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究は、インドネシア華人とその再移住の調査を通じて、脱植民地化、国民国家形成、冷戦といった20 世紀のアジアの国際関係をとらえなおすことを目的とし、オランダ、中国、香港、台湾、マレーシア、日本などインドネシア華人の移動先において調査を行った。本研究によって、第二次世界大戦後から21世紀初頭にいたるインドネシア華人の国際移動をめぐる複雑な実態が明らかになるとともに、インドネシアが民主化とグローバル化を迎えた現代において、各地に定住しているインドネシア華移民が、出身国であるインドネシアと新たに構築しつつある関係についても一部明らかになった。
著者
奈倉 京子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学
巻号頁・発行日
vol.80, no.4, pp.615-634, 2016

従来の研究の中で、中国は中国系移民にとって揺るぎのない「故郷」であり、当事者と常につながりを維持している対象であることが自明視されてきた。これに対し本稿では、父方祖先の出身地とのつながりに着目しながら、実際に中国での生活を経験することになった中国系移民の個人が持つ通時的な中国認識のダイナミズムを考察する。 考察の対象とするのは、排斥や戦争のために帰国を余儀なくされた中国系移民の二世の人々で ある。突如、中国と直接的に関わることを余儀なくされた人々にとって中国とはどのような存在 なのだろうか。筆者は帰国華僑のコミュニティ調査に基づく2つのケースから、彼らの中国認識について分析した。 2つのケースから、彼らにとって中国を「故郷」と認められない状況が生まれていることが明らかになった。1つ目のケースは、当事者の矛盾する中国認識を示している。帰国後も父方祖先の出身地の親戚との付き合いを続けており、中国に愛着を感じてはいる。だが中国社会の目に見えない規範のために「故郷」から跳ね返されてしまう。もう1つのケースは、父方祖先の出身地との連絡が途絶えていることに加え、中国で生活を経験してきたどの場所に対しても愛着を持つことがない。当事者は中国よりも元移住先の地に親しみを抱いている。彼にとっての中国は、「故郷」を消失している状態の中で、物理的生活を営むいくつかの無機質な場の点在として現れている。 このような中国系移民の中国へのつながりのあり方は、クリフォードの「起源(roots)」と「経路(routes)」の考え方により説明できる。本稿のケースから、父方祖先の出身地を中心に据えるような本質的に理解されてきた「起源」が、「経路」によって意味づけ直されたり、変更されたりすることが明らかになった。本質的な「起源」への「経路」が持つ構築性を浮かび上がらせているのである。このような考え方は、中国系移民が中国との関係を所与のものとする従来の認識に再考をせまるものである。