著者
季 翔 正木 光裕 梅垣 雄心 中村 雅俊 小林 拓也 山内 大士 建内 宏重 池添 冬芽 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0486, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能で測定される弾性率は,筋の伸張性を反映することが報告されている(Maïsetti 2012, Koo 2013)。そのため,この弾性率を指標として個別の筋の伸張の程度を定量的に評価することが可能となった。臨床において筋・筋膜性腰痛や背部筋の過緊張に対する運動療法として,背部筋のストレッチングがよく用いられている。背部筋のなかで脊柱起立筋は脊柱の伸展,同側側屈,同側回旋,多裂筋は脊柱の伸展,同側側屈,反対側回旋の作用を有する。そのため,脊柱起立筋は脊柱の屈曲,反対側側屈,反対側回旋,多裂筋は脊柱の屈曲,反対側側屈,同側回旋で伸張される可能性が考えられる。しかし,どのような肢位で脊柱起立筋や多裂筋が最も効果的に伸張されるかについては明らかではない。本研究の目的は,せん断波エラストグラフィー機能で測定した弾性率を用いて,脊柱起立筋と多裂筋の効果的なストレッチング方法を明らかにすることである。【方法】対象は整形外科的および神経学的疾患を有さない健常若年男性10名(年齢22.9±2.3歳)とした。なお,腰痛を有する者は対象から除外した。筋の弾性率(kPa)の評価には,せん断波エラストグラフィー機能を有する超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)を用い,各筋の筋腹に設定した関心領域のせん断速度から弾性率を求めた。なお,弾性率の値が高いほど筋は硬く,伸張されていることを意味する。対象筋は左腰部の脊柱起立筋(腰腸肋筋)および右腰部の多裂筋とした。測定部位は脊柱起立筋が第3腰椎棘突起の7cm外側,多裂筋が第4腰椎棘突起の2cm外側とした。測定肢位は①安静腹臥位(以下,rest),②正座の姿勢から体幹を前傾し,胸腰推を40~45°屈曲した肢位(以下,屈曲),③ ②の胸腰推を40~45°屈曲した肢位からさらに胸腰推を30°右側屈した姿勢(以下,屈曲右側屈),④ ②の胸腰推を40~45°屈曲した肢位からさらに胸腰推を30°右回旋した姿勢(以下,屈曲右回旋)とした。なお,本研究においては多くのストレッチング肢位をとることで筋の柔軟性が増加し,弾性率に影響が生じる可能性を考慮し,ストレッチング肢位は上記②~④の3条件のみとし,測定の順序はランダムとした。また,②~④の肢位では,できるだけ安楽な姿勢をとらせるために腹部にストレッチポールを挟んだ。なお,胸腰推の角度は日本整形外科学会および日本リハビリテーション医学会による測定法に準じた。統計学的検定には,Bonferroni法による多重比較検定を用いて,測定肢位による弾性率の違いを分析した。なお,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には研究内容について十分な説明を行い,同意を得たうえで実施した。【結果】左脊柱起立筋の弾性率については,屈曲右側屈(20.8kPa),屈曲(13.7kPa)がrest(5.0kPa)よりも有意に高かった。また,屈曲右側屈が屈曲,屈曲右回旋(9.2kPa)よりも有意に高い値を示し,屈曲と屈曲右回旋との間に有意な差はなかった。右多裂筋の弾性率については,屈曲(30.7kPa),屈曲右回旋(30.2kPa)屈曲右側屈(17.6kPa)がrest(5.7kPa)よりも有意に高かった。また,屈曲右側屈が屈曲,屈曲右回旋よりも有意に低い値を示し,屈曲と屈曲右回旋との間に有意な差はなかった。【考察】せん断波エラストグラフィー機能による弾性率を用いて背部筋の伸張の程度を調べた結果,脊柱起立筋においては,脊柱屈曲位で反対側側屈することが最も効果的なストレッチング方法であることが明らかとなった。脊柱起立筋は,脊柱屈曲位,脊柱屈曲位で反対側側屈することで筋を伸張することができ,また,脊柱屈曲位で反対側側屈することは,脊柱屈曲位や脊柱屈曲位で反対側回旋することよりもより効果的に伸張することができることが示唆された。脊柱屈曲位で反対側回旋させるよりも反対側側屈させるほうが,脊柱起立筋を伸張させるのに効果的である理由としては,脊柱起立筋の側屈モーメントアームは回旋モーメントアームよりも大きいことが影響していると考えられる。また,多裂筋は特に脊柱屈曲位および脊柱屈曲位で同側回旋において伸張されることが示唆された。この脊柱屈曲位と脊柱屈曲位で同側回旋との間には有意差がみられなかったことから,同側回旋を加えなくても脊柱を屈曲するだけで多裂筋は効果的に伸張することができると考えられた。脊柱屈曲位で同側回旋を加えても多裂筋に影響を与えなかった理由として,多裂筋は回旋作用を有するが,回旋モーメントアームは小さいことによるものと考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究によって,脊柱起立筋は脊柱屈曲位でさらに反対側側屈を加えることで,多裂筋は脊柱を屈曲することで,より効果的に伸張できることが示唆された。
著者
山内 大士 長谷川 聡 中村 雅俊 西下 智 簗瀬 康 藤田 康介 梅原 潤 季 翔 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1031, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】野球選手は肩関節の内旋や水平内転方向の可動域が制限されることが多く,またこうした可動域制限と投球障害との関連も報告されている(Wilk;2011)。可動域制限の要因としては肩関節後方の軟部組織の伸張性低下が大きな要因として考えられており,一般的に肩関節後方タイトネスと呼ばれている。肩関節の内旋・水平内転可動域制限に対するストレッチング(以下ストレッチ)方法としては,水平内転方向へのcross-body stretchと,内旋方向へのsleeper stretchが多く用いられる(McClure;2007)。近年Wilk(2013)らによって,これらのストレッチを改良したmodified cross-body stretch(以下mCS)と,modified sleeper stretch(以下mSS)が提唱された。しかし,実際にこれらのストレッチ方法が関節可動域に及ぼす効果を比較・検討した報告は見当たらない。また,これまでは個別の筋の柔軟性を測定することはできなかったが,近年開発されたせん断波エラストグラフィー機能を用いることで各筋の弾性率を測定することができ,ストレッチが各筋の柔軟性に及ぼす効果を明らかにすることができるようになった。本研究の目的は,mCSとmSSによる肩関節内旋・水平内転可動域制限の改善効果と,各筋の弾性率の変化を比較検討し,これらのストレッチが及ぼす即時効果を明らかにすることである。【方法】対象は大学硬式野球部員24名の投球側24肩とし,無作為に12名ずつmCS群とmSS群とに群分けした。mCSは,投球側を下にした側臥位になり,投球側肩甲骨を固定した状態での水平内転方向へのストレッチである。mSSは,投球側を下にした側臥位から体幹を30°後方に回旋させることで肩関節の圧迫を減じつつ,投球側上腕の下にタオルを敷くことで水平内転角度を確保した状態での内旋方向へのストレッチである。ストレッチは各群とも投球側に対して30秒を3セット行い,ストレッチ前後に測定を行った。可動域計測にはデジタル角度計を用い,背臥位で肩甲骨を固定しながら2nd内旋と水平内転可動域を計測した。各筋の弾性率の計測には超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,測定肢位は座位肩関節90°外転・40°内旋位(2nd内旋位)と座位肩関節110°水平内転位(水平内転位)とし,測定筋は棘下筋・小円筋・三角筋後部とした。各測定項目について,対応のあるt検定を用いて介入前後の値を比較した。有意水準は5%とした。【結果】介入前後で比較すると,各群共に内旋可動域は介入後に有意に増加した(mCS群;49.1±6.2°→55.8±5.5°, mSS群;51.8±6.7°→ 59.7±7.4°)。水平内転可動域はmCS群のみ有意に増加した(mCS群80.5±10.5°→83.9±8.1°, mSS群;85.7±8.8°→85.6±7.2°)。筋の弾性率は,mCS群では2nd内旋位の小円筋(15.5±4.5kPa→13.1±4.2kPa),水平内転位の小円筋(19.6±5.3kPa→15.8±4.1kPa),三角筋後部(30.5±6.5kPa→26.4±6.8kPa)において有意に減少した。一方mSS群では,2nd内旋位の棘下筋(9.7±2.9kPa→8.9±2.3kPa)のみ有意に減少した。【考察】mCS群とmSS群は共に内旋可動域の改善率は同程度であり,2nd内旋位での筋の弾性率はmCS群では小円筋が,mSS群では棘下筋が低下した。一方,水平内転可動域はmCS群でのみ改善が見られ,水平内転位での筋の弾性率はmCS群の小円筋・三角筋後部のみ低下した。以上の結果から,mCSでは小円筋と三角筋後部に対するストレッチ効果が,mSSでは棘下筋に対するストレッチ効果が得られていたと考えられる。2nd内旋可動域に関しては,過去に棘下筋や小円筋に対するマッサージにより内旋可動域が改善するという報告がされており(Poser;2008),本研究の結果からも,これらの筋の柔軟性が増加したことにより内旋可動域が改善したと考えられる。一方,水平内転可動域に関しては,小円筋と三角筋後部の弾性率が低下したmCS群でのみ可動域が改善していたことから,水平内転可動域制限と関連が深い筋は三角筋後部と小円筋であり,mSSではこれらの筋が効果的にストレッチされなかったため水平内転可動域が改善されなかったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究により,野球選手における投球側肩関節の内旋可動域制限に対してはmCSとmSSの両方法が効果的であり,水平内転可動域制限に対してはmCSが効果的であることが示唆された。また,mCSでは小円筋と三角筋後部,mSSでは棘下筋のストレッチ効果が得られやすいことが示唆された。