著者
季 翔 正木 光裕 梅垣 雄心 中村 雅俊 小林 拓也 山内 大士 建内 宏重 池添 冬芽 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0486, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能で測定される弾性率は,筋の伸張性を反映することが報告されている(Maïsetti 2012, Koo 2013)。そのため,この弾性率を指標として個別の筋の伸張の程度を定量的に評価することが可能となった。臨床において筋・筋膜性腰痛や背部筋の過緊張に対する運動療法として,背部筋のストレッチングがよく用いられている。背部筋のなかで脊柱起立筋は脊柱の伸展,同側側屈,同側回旋,多裂筋は脊柱の伸展,同側側屈,反対側回旋の作用を有する。そのため,脊柱起立筋は脊柱の屈曲,反対側側屈,反対側回旋,多裂筋は脊柱の屈曲,反対側側屈,同側回旋で伸張される可能性が考えられる。しかし,どのような肢位で脊柱起立筋や多裂筋が最も効果的に伸張されるかについては明らかではない。本研究の目的は,せん断波エラストグラフィー機能で測定した弾性率を用いて,脊柱起立筋と多裂筋の効果的なストレッチング方法を明らかにすることである。【方法】対象は整形外科的および神経学的疾患を有さない健常若年男性10名(年齢22.9±2.3歳)とした。なお,腰痛を有する者は対象から除外した。筋の弾性率(kPa)の評価には,せん断波エラストグラフィー機能を有する超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)を用い,各筋の筋腹に設定した関心領域のせん断速度から弾性率を求めた。なお,弾性率の値が高いほど筋は硬く,伸張されていることを意味する。対象筋は左腰部の脊柱起立筋(腰腸肋筋)および右腰部の多裂筋とした。測定部位は脊柱起立筋が第3腰椎棘突起の7cm外側,多裂筋が第4腰椎棘突起の2cm外側とした。測定肢位は①安静腹臥位(以下,rest),②正座の姿勢から体幹を前傾し,胸腰推を40~45°屈曲した肢位(以下,屈曲),③ ②の胸腰推を40~45°屈曲した肢位からさらに胸腰推を30°右側屈した姿勢(以下,屈曲右側屈),④ ②の胸腰推を40~45°屈曲した肢位からさらに胸腰推を30°右回旋した姿勢(以下,屈曲右回旋)とした。なお,本研究においては多くのストレッチング肢位をとることで筋の柔軟性が増加し,弾性率に影響が生じる可能性を考慮し,ストレッチング肢位は上記②~④の3条件のみとし,測定の順序はランダムとした。また,②~④の肢位では,できるだけ安楽な姿勢をとらせるために腹部にストレッチポールを挟んだ。なお,胸腰推の角度は日本整形外科学会および日本リハビリテーション医学会による測定法に準じた。統計学的検定には,Bonferroni法による多重比較検定を用いて,測定肢位による弾性率の違いを分析した。なお,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には研究内容について十分な説明を行い,同意を得たうえで実施した。【結果】左脊柱起立筋の弾性率については,屈曲右側屈(20.8kPa),屈曲(13.7kPa)がrest(5.0kPa)よりも有意に高かった。また,屈曲右側屈が屈曲,屈曲右回旋(9.2kPa)よりも有意に高い値を示し,屈曲と屈曲右回旋との間に有意な差はなかった。右多裂筋の弾性率については,屈曲(30.7kPa),屈曲右回旋(30.2kPa)屈曲右側屈(17.6kPa)がrest(5.7kPa)よりも有意に高かった。また,屈曲右側屈が屈曲,屈曲右回旋よりも有意に低い値を示し,屈曲と屈曲右回旋との間に有意な差はなかった。【考察】せん断波エラストグラフィー機能による弾性率を用いて背部筋の伸張の程度を調べた結果,脊柱起立筋においては,脊柱屈曲位で反対側側屈することが最も効果的なストレッチング方法であることが明らかとなった。脊柱起立筋は,脊柱屈曲位,脊柱屈曲位で反対側側屈することで筋を伸張することができ,また,脊柱屈曲位で反対側側屈することは,脊柱屈曲位や脊柱屈曲位で反対側回旋することよりもより効果的に伸張することができることが示唆された。脊柱屈曲位で反対側回旋させるよりも反対側側屈させるほうが,脊柱起立筋を伸張させるのに効果的である理由としては,脊柱起立筋の側屈モーメントアームは回旋モーメントアームよりも大きいことが影響していると考えられる。また,多裂筋は特に脊柱屈曲位および脊柱屈曲位で同側回旋において伸張されることが示唆された。この脊柱屈曲位と脊柱屈曲位で同側回旋との間には有意差がみられなかったことから,同側回旋を加えなくても脊柱を屈曲するだけで多裂筋は効果的に伸張することができると考えられた。脊柱屈曲位で同側回旋を加えても多裂筋に影響を与えなかった理由として,多裂筋は回旋作用を有するが,回旋モーメントアームは小さいことによるものと考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究によって,脊柱起立筋は脊柱屈曲位でさらに反対側側屈を加えることで,多裂筋は脊柱を屈曲することで,より効果的に伸張できることが示唆された。
著者
山内 大士 松村 葵 中村 雅俊 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48101284, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】肩関節疾患患者では僧帽筋上部(UT)の過剰な筋活動と僧帽筋中部(MT)・下部(LT)、前鋸筋(SA)の筋活動量低下が生じることが多い。また肩甲骨運動に関しては、挙上運動時に上方回旋・後傾・外旋が減少すると報告されている。そこで肩甲骨機能の改善を目的とした様々なエクササイズが考案され、臨床現場で実施されている。特に、体幹や股関節の運動を伴ったエクササイズは近位から遠位への運動連鎖を賦活し、肩甲骨機能の改善の一助となると考えられている。しかし、体幹運動を加えた時に実際に肩甲骨運動や肩甲骨周囲筋の筋活動がどのように変化するのかは不明である。本研究の目的は、肩関節エクササイズに対して体幹同側回旋を加えた運動と体幹回旋を行わない運動とを比較し、体幹回旋が肩甲骨運動や肩甲骨周囲筋の筋活動に及ぼす影響を明らかにすることである。【方法】対象は健常男性13 名とし、測定側は利き腕側とした。測定は6 自由度電磁気センサーを用い、肩甲骨・上腕骨の運動学的データを測定した。また、表面筋電計を用い、UT、MT、LT、SAの筋活動を導出した。動作課題は、1)立位で肩甲骨面挙上運動(scaption)、2)立位で肩関節90 度外転位、肘90 度屈曲位での肩関節外旋運動(2ndER)、3)腹臥位で肩関節90度外転・最大外旋位、肘90 度屈曲位での肩甲帯内転運動(retraction90)、4)腹臥位で肩関節145 度外転位、肘伸展位での肩甲帯内転運動(retraction145)とした。それぞれの運動について体幹を最終域まで運動側に回旋しながら行う場合と、体幹を回旋しない場合の2 条件を行った。運動は開始肢位から最大可動域まで(求心相)を2 秒で行い、1 秒静止した後2 秒で開始肢位に戻り開始肢位で1 秒静止させた。運動速度はメトロノームを用いて規定した。筋電図と電磁センサーは同期させてデータ収集を行った。肩甲骨角度は胸郭セグメントに対する肩甲骨セグメントの オイラー角を算出し、安静時から最大可動域までの運動角度変化量を求めた。筋活動は最大等尺性収縮時を100%として正規化し、求心相の平均筋活動量を求めた。 またMT、LT、SAに対するUTの筋活動比を算出した(UT/MT、UT/LT、UT/SA)。筋活動比は値が小さいほどUTと比較してMT、LT、SAを選択的に活動させていることを示す。統計処理はエクササイズごとにWilcoxon 符号付順位検定を用い、体幹回旋の有無について肩甲骨運動角度の変化量と肩甲骨周囲筋の平均筋活動量と筋活動比を比較した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】被検者には十分な説明を行い、同意を得たうえで実験を行った。【結果】1)scaptionにおいて、体幹回旋を加えることで肩甲骨外旋・後傾が有意に増加した。筋活動はMT、LTが有意に増大した。筋活動比はUT/MT、UT/LTが有意に減少した。2)2ndERにおいて、体幹回旋を加えることで肩甲骨外旋が有意に増加した。筋活動はUT、MT、LTが有意に増大した。筋活動比はUT/MTが有意に減少した。3) retraction90、4)retraction145 において、体幹回旋を加えても外旋と後傾には変化がなかった。筋活動はUTが有意に減少した。筋活動比はUT/MT、UT/LT が有意に減少した。【考察】体幹の回旋を加えることで1)scaption、2)2ndERにおいてはより大きな肩甲骨外旋や後傾を誘導し、またMT、LT筋活動を増大させることができた。上肢挙上時の上部胸椎の同側回旋と肩甲骨外旋には正の相関があるとされている。よって体幹の同側回旋により上部胸椎の回旋が生じ肩甲骨外旋は増加し、また肩甲骨外旋を引き出すためにMT、LTが促通され筋活動量が増加したと考えた。 MTやLTの活動が低下し、肩甲骨が内旋・前傾する患者にはこれらのエクササイズに体幹同側回旋を加えることが適していると示唆された。3) retraction90、4)retraction145 では体幹を同側回旋させても肩甲骨の外旋や後傾を誘導することはできなかった。retractionは肩甲骨外旋を大きく引き出す運動であると報告されており、そのため体幹回旋を加えたとしてもそれ以上の肩甲骨運動の変化は見られなかったと考えられる。しかし、UTと比較しMTやLTが選択的に筋活動しやすくなるため、UTを抑制しつつMTやLTの筋活動を高めたい場合には適していると示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究で行った体幹回旋を加えたエクササイズエクササイズを肩関節疾患患者に対する従来のリハビリと組み合わせて用いることで、より効果的な理学療法を行うことができる可能性があり、臨床に生かせる理学療法研究として、本研究の意義は大きい。
著者
山内 大士 松村 葵 中村 雅俊 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101284, 2013

【はじめに、目的】肩関節疾患患者では僧帽筋上部(UT)の過剰な筋活動と僧帽筋中部(MT)・下部(LT)、前鋸筋(SA)の筋活動量低下が生じることが多い。また肩甲骨運動に関しては、挙上運動時に上方回旋・後傾・外旋が減少すると報告されている。そこで肩甲骨機能の改善を目的とした様々なエクササイズが考案され、臨床現場で実施されている。特に、体幹や股関節の運動を伴ったエクササイズは近位から遠位への運動連鎖を賦活し、肩甲骨機能の改善の一助となると考えられている。しかし、体幹運動を加えた時に実際に肩甲骨運動や肩甲骨周囲筋の筋活動がどのように変化するのかは不明である。本研究の目的は、肩関節エクササイズに対して体幹同側回旋を加えた運動と体幹回旋を行わない運動とを比較し、体幹回旋が肩甲骨運動や肩甲骨周囲筋の筋活動に及ぼす影響を明らかにすることである。【方法】対象は健常男性13 名とし、測定側は利き腕側とした。測定は6 自由度電磁気センサーを用い、肩甲骨・上腕骨の運動学的データを測定した。また、表面筋電計を用い、UT、MT、LT、SAの筋活動を導出した。動作課題は、1)立位で肩甲骨面挙上運動(scaption)、2)立位で肩関節90 度外転位、肘90 度屈曲位での肩関節外旋運動(2ndER)、3)腹臥位で肩関節90度外転・最大外旋位、肘90 度屈曲位での肩甲帯内転運動(retraction90)、4)腹臥位で肩関節145 度外転位、肘伸展位での肩甲帯内転運動(retraction145)とした。それぞれの運動について体幹を最終域まで運動側に回旋しながら行う場合と、体幹を回旋しない場合の2 条件を行った。運動は開始肢位から最大可動域まで(求心相)を2 秒で行い、1 秒静止した後2 秒で開始肢位に戻り開始肢位で1 秒静止させた。運動速度はメトロノームを用いて規定した。筋電図と電磁センサーは同期させてデータ収集を行った。肩甲骨角度は胸郭セグメントに対する肩甲骨セグメントの オイラー角を算出し、安静時から最大可動域までの運動角度変化量を求めた。筋活動は最大等尺性収縮時を100%として正規化し、求心相の平均筋活動量を求めた。 またMT、LT、SAに対するUTの筋活動比を算出した(UT/MT、UT/LT、UT/SA)。筋活動比は値が小さいほどUTと比較してMT、LT、SAを選択的に活動させていることを示す。統計処理はエクササイズごとにWilcoxon 符号付順位検定を用い、体幹回旋の有無について肩甲骨運動角度の変化量と肩甲骨周囲筋の平均筋活動量と筋活動比を比較した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】被検者には十分な説明を行い、同意を得たうえで実験を行った。【結果】1)scaptionにおいて、体幹回旋を加えることで肩甲骨外旋・後傾が有意に増加した。筋活動はMT、LTが有意に増大した。筋活動比はUT/MT、UT/LTが有意に減少した。2)2ndERにおいて、体幹回旋を加えることで肩甲骨外旋が有意に増加した。筋活動はUT、MT、LTが有意に増大した。筋活動比はUT/MTが有意に減少した。3) retraction90、4)retraction145 において、体幹回旋を加えても外旋と後傾には変化がなかった。筋活動はUTが有意に減少した。筋活動比はUT/MT、UT/LT が有意に減少した。【考察】体幹の回旋を加えることで1)scaption、2)2ndERにおいてはより大きな肩甲骨外旋や後傾を誘導し、またMT、LT筋活動を増大させることができた。上肢挙上時の上部胸椎の同側回旋と肩甲骨外旋には正の相関があるとされている。よって体幹の同側回旋により上部胸椎の回旋が生じ肩甲骨外旋は増加し、また肩甲骨外旋を引き出すためにMT、LTが促通され筋活動量が増加したと考えた。 MTやLTの活動が低下し、肩甲骨が内旋・前傾する患者にはこれらのエクササイズに体幹同側回旋を加えることが適していると示唆された。3) retraction90、4)retraction145 では体幹を同側回旋させても肩甲骨の外旋や後傾を誘導することはできなかった。retractionは肩甲骨外旋を大きく引き出す運動であると報告されており、そのため体幹回旋を加えたとしてもそれ以上の肩甲骨運動の変化は見られなかったと考えられる。しかし、UTと比較しMTやLTが選択的に筋活動しやすくなるため、UTを抑制しつつMTやLTの筋活動を高めたい場合には適していると示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究で行った体幹回旋を加えたエクササイズエクササイズを肩関節疾患患者に対する従来のリハビリと組み合わせて用いることで、より効果的な理学療法を行うことができる可能性があり、臨床に生かせる理学療法研究として、本研究の意義は大きい。
著者
山内 大士 長谷川 聡 中村 雅俊 西下 智 簗瀬 康 藤田 康介 梅原 潤 季 翔 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1031, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】野球選手は肩関節の内旋や水平内転方向の可動域が制限されることが多く,またこうした可動域制限と投球障害との関連も報告されている(Wilk;2011)。可動域制限の要因としては肩関節後方の軟部組織の伸張性低下が大きな要因として考えられており,一般的に肩関節後方タイトネスと呼ばれている。肩関節の内旋・水平内転可動域制限に対するストレッチング(以下ストレッチ)方法としては,水平内転方向へのcross-body stretchと,内旋方向へのsleeper stretchが多く用いられる(McClure;2007)。近年Wilk(2013)らによって,これらのストレッチを改良したmodified cross-body stretch(以下mCS)と,modified sleeper stretch(以下mSS)が提唱された。しかし,実際にこれらのストレッチ方法が関節可動域に及ぼす効果を比較・検討した報告は見当たらない。また,これまでは個別の筋の柔軟性を測定することはできなかったが,近年開発されたせん断波エラストグラフィー機能を用いることで各筋の弾性率を測定することができ,ストレッチが各筋の柔軟性に及ぼす効果を明らかにすることができるようになった。本研究の目的は,mCSとmSSによる肩関節内旋・水平内転可動域制限の改善効果と,各筋の弾性率の変化を比較検討し,これらのストレッチが及ぼす即時効果を明らかにすることである。【方法】対象は大学硬式野球部員24名の投球側24肩とし,無作為に12名ずつmCS群とmSS群とに群分けした。mCSは,投球側を下にした側臥位になり,投球側肩甲骨を固定した状態での水平内転方向へのストレッチである。mSSは,投球側を下にした側臥位から体幹を30°後方に回旋させることで肩関節の圧迫を減じつつ,投球側上腕の下にタオルを敷くことで水平内転角度を確保した状態での内旋方向へのストレッチである。ストレッチは各群とも投球側に対して30秒を3セット行い,ストレッチ前後に測定を行った。可動域計測にはデジタル角度計を用い,背臥位で肩甲骨を固定しながら2nd内旋と水平内転可動域を計測した。各筋の弾性率の計測には超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,測定肢位は座位肩関節90°外転・40°内旋位(2nd内旋位)と座位肩関節110°水平内転位(水平内転位)とし,測定筋は棘下筋・小円筋・三角筋後部とした。各測定項目について,対応のあるt検定を用いて介入前後の値を比較した。有意水準は5%とした。【結果】介入前後で比較すると,各群共に内旋可動域は介入後に有意に増加した(mCS群;49.1±6.2°→55.8±5.5°, mSS群;51.8±6.7°→ 59.7±7.4°)。水平内転可動域はmCS群のみ有意に増加した(mCS群80.5±10.5°→83.9±8.1°, mSS群;85.7±8.8°→85.6±7.2°)。筋の弾性率は,mCS群では2nd内旋位の小円筋(15.5±4.5kPa→13.1±4.2kPa),水平内転位の小円筋(19.6±5.3kPa→15.8±4.1kPa),三角筋後部(30.5±6.5kPa→26.4±6.8kPa)において有意に減少した。一方mSS群では,2nd内旋位の棘下筋(9.7±2.9kPa→8.9±2.3kPa)のみ有意に減少した。【考察】mCS群とmSS群は共に内旋可動域の改善率は同程度であり,2nd内旋位での筋の弾性率はmCS群では小円筋が,mSS群では棘下筋が低下した。一方,水平内転可動域はmCS群でのみ改善が見られ,水平内転位での筋の弾性率はmCS群の小円筋・三角筋後部のみ低下した。以上の結果から,mCSでは小円筋と三角筋後部に対するストレッチ効果が,mSSでは棘下筋に対するストレッチ効果が得られていたと考えられる。2nd内旋可動域に関しては,過去に棘下筋や小円筋に対するマッサージにより内旋可動域が改善するという報告がされており(Poser;2008),本研究の結果からも,これらの筋の柔軟性が増加したことにより内旋可動域が改善したと考えられる。一方,水平内転可動域に関しては,小円筋と三角筋後部の弾性率が低下したmCS群でのみ可動域が改善していたことから,水平内転可動域制限と関連が深い筋は三角筋後部と小円筋であり,mSSではこれらの筋が効果的にストレッチされなかったため水平内転可動域が改善されなかったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究により,野球選手における投球側肩関節の内旋可動域制限に対してはmCSとmSSの両方法が効果的であり,水平内転可動域制限に対してはmCSが効果的であることが示唆された。また,mCSでは小円筋と三角筋後部,mSSでは棘下筋のストレッチ効果が得られやすいことが示唆された。
著者
西下 智 簗瀬 康 田中 浩基 草野 拳 中尾 彩佳 市橋 則明 長谷川 聡 中村 雅俊 梅垣 雄心 小林 拓也 山内 大士 梅原 潤 荒木 浩二郎 藤田 康介
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【目的】肩関節は自由度が高く運動範囲が広いが,関節面が小さいため回旋筋腱板(腱板)の担う役割は重要である。肩関節周囲炎,投球障害肩などに発生する腱板機能不全では棘上筋,棘下筋の柔軟性低下が問題となることが多く,日常生活に影響を及ぼすこともある。柔軟性向上にはストレッチング(ストレッチ)が効果的だが,特定の筋の効果的なストレッチについての研究は少ない。棘下筋に関してはストレッチの即時効果を検証する介入研究が行われているが,棘上筋ではほとんど見当たらない。棘上筋の効果的なストレッチは,複数の書籍では解剖学や運動学の知見をもとに,胸郭背面での内転(水平外転)位や伸展位での内旋位などが推奨されているが定量的な検証がなされていないため,統一した見解は得られていないのが現状である。棘上筋のストレッチ肢位を定量的に検証したのはMurakiらのみであるが,これは新鮮遺体を用いた研究であり,臨床応用を考えると生体での検証が必要である。これまで生体における特定の筋のストレッチ方法を確立できなかった理由の一つに,特定の筋の伸張の程度を定量的に評価する方法が無かったことが挙げられる。近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能を用いることで,計測した筋の伸張の程度の指標となる弾性率を求める事が可能になった。我々はこれまでに様々な肢位での最大内旋位の弾性率を比較する事により「より大きな伸展角度での水平外転・内旋もしくは,最大伸展位での内旋」が棘上筋の効果的なストレッチ方法であると報告(第49回日本理学療法学術大会)したが,最大内旋を加える必要性については未検証であった。そこで今回我々は,効果的な棘上筋のストレッチ方法に最大内旋が必要かどうかを明らかにすることを目的とした。【方法】対象者は健常成人男性20名(平均年齢23.8±3.1歳)とし,対象筋は非利き手側の棘上筋とした。棘上筋の弾性率の計測は超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)のせん断波エラストグラフィー機能を用い,棘上筋の筋腹に設定した関心領域の弾性率を求めた。計測誤差を最小化できるように,計測箇所を肩甲棘中央の位置で統一し,2回の計測の平均値を算出した。弾性率は伸張の程度を表す指標で,弾性率の変化が高値を示すほど筋が伸張されていることを意味する。計測肢位は,上腕の方向条件5種と回旋条件2種を組み合わせた計10肢位とした。方向条件は下垂位(Rest),胸郭背面での最大水平外転位(20Hab),45°挙上での最大水平外転位(45Hab),最大水平外転位(90Hab),最大伸展位(Ext)の5条件,回旋条件は中間位(N)と最大内旋位(IR)の2条件とした。統計学的検定は各肢位の棘上筋の弾性率について,方向条件と回旋条件を二要因とする反復測定二元配置分散分析を行った。なお統計学的有意水準は5%とした。【結果】全10肢位のそれぞれの弾性率(平均±標準偏差,単位:kPa)はRestNが8.9±3.1,RestIRが7.3±2.5,20HabNが11.9±5.3,20HabIRが10.9±4.3,45HabNが27.1±11.0,45HabIRが28.0±13.8,90HabNが22.6±7.8,90HabIRが27.3±10.8,ExtNが31.0±7.2,ExtIRが31.8±8.4であった。統計学的には方向条件にのみ主効果を認め,回旋条件の主効果,交互作用は認めず,中間位と最大内旋位に有意な違いがなかった。方向条件のみの事後検定ではRestに対して20Hab,45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示し,更に20Habに対して45Hab,90Hab,Extの弾性率が有意に高値を示した。【考察】棘上筋のストレッチ方法はこれまでの報告同様,Restに比べ20Hab,45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事,また,20Habに比べ45Hab,90Hab,Extが有意に高値を示した事から,伸展角度が大きい条件ほどより効果的なストレッチ方法であることが再確認できた。しかし,回旋条件の主効果も交互作用も認めなかったことから最大内旋を加えることでの相乗効果は期待できない事が明らかとなった。この結果は新鮮遺体での先行研究が推奨する最大伸展位での水平外転位を支持するものであった。このことから書籍などで推奨されていた胸郭背面での水平外転位のストレッチについては水平外転や内旋よりも伸展を強調すべきであることが明らかとなった。【理学療法学研究としての意義】本研究では弾性率という指標を用いる事で,生体の肩関節において効果的な棘上筋のストレッチ方法が検証できた。その肢位はより大きな伸展角度での水平外転もしくは最大伸展位であったが,最大内旋を加えることによる相乗効果は期待できないことが明らかとなった。