著者
正木 光裕 建内 宏重 武野 陽平 塚越 累 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ca0270, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 腰痛患者では脊柱の安定性に重要な役割をもつ多裂筋が萎縮していることが報告されている(Barker,2004)。また腰痛患者の多裂筋の断面積は脊柱起立筋と比較して選択的に減少していることが報告されている(Danneels,2000)。従って腰痛患者のリハビリテーションでは脊柱起立筋に対して多裂筋を選択的にトレーニングできる方法を検討していくことが必要である。腰痛患者の多裂筋トレーニングとして一般的に実施されている四つ這い位での一側上肢と反対側下肢の挙上運動は,下肢を挙上した側で脊柱起立筋よりも多裂筋の方が高い筋活動量を示すとされている(Ekstrom,2008)。この運動において,挙上した上下肢を外転位にすることや重錘負荷することで脊柱回旋モーメントが大きくなり,多裂筋と脊柱起立筋は回旋方向が異なるために,下肢を挙上した側の多裂筋の筋活動量がさらに選択的に増加する可能性がある。しかし,これまで挙上した上下肢の肢位を変化することや重錘負荷することによる影響について検討した報告はない。本研究の目的は四つ這い位での上下肢の挙上運動において肢位の変化や重錘負荷が,多裂筋および脊柱起立筋の筋活動に及ぼす影響について表面筋電図を用いて検討し,効果的な多裂筋の選択的トレーニング方法を明らかにすることである。【方法】 対象は健常若年男性13名(年齢22.4±1.3歳,身長173.3±3.6cm,体重64.5±12.3kg)とした。測定筋は左側の多裂筋,脊柱起立筋とし,電極を筋線維と平行に電極中心間隔20mmで貼付した。多裂筋の電極貼付位置は第5腰椎レベルで第1・2腰椎間と上後腸骨棘を結んだ線上,脊柱起立筋は第1腰椎棘突起から4cm外側とした。筋電図の測定にはNoraxon社製筋電計を使用した。測定課題は四つ這い位で右上肢と左下肢が水平になるまで挙上する運動とした。測定条件は右肩関節180°屈曲・左股関節0°伸展位(以下F-E),右肩関節90°外転・左股関節0°伸展位(以下A-E),右肩関節180°屈曲・左股関節45°外転位(以下F-A),右肩関節90°外転・左股関節45°外転位(以下A-A)とした。またF-Eにおいて右手関節部に体重の2.5%重錘負荷(以下F2.5-E),左足関節部に体重の5%重錘負荷(以下F-E5),右手関節部に体重の2.5%・左足関節部に5%重錘負荷(以下F2.5-E5)とした。各条件において姿勢が安定したことを確認した後,3秒間の筋活動を記録した。また最大等尺性収縮時の筋活動を100%として正規化し,各条件での筋活動を%MVCとして表した。さらに各条件で脊柱起立筋に対する多裂筋の筋活動量を多裂筋/脊柱起立筋比として表した。肢位を変化させた条件間(F-E, A-E, F-A, A-A),重錘負荷した条件間(F-E, F2.5-E, F-E5, F2.5-E5)における多裂筋・脊柱起立筋筋活動量および多裂筋/脊柱起立筋比をFriedman検定と多重比較法(Bonferroni)を用いて比較した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の内容を十分に説明した上,書面にて同意を得た。【結果】 肢位を変化させた条件間で筋活動量を比較すると,多裂筋ではF-A(32.4±8.5%)がF-E(26.3±9.2%)とA-E(27.6±9.7%)に比べて有意に高く,A-A(31.9±8.6%)がF-E とA-Eに比べて有意に高かった。脊柱起立筋の筋活動量は条件間で有意な差がみられなかった。多裂筋/脊柱起立筋比はA-A(3.19±1.96)がF-E(2.23±1.20)に比べて有意に高かった。重錘負荷した条件間で筋活動量を比較すると,多裂筋ではF-E5(31.5±13.8%)がF-Eに比べて有意に高く,F2.5-E5(36.2±15.4%)がF-E, F2.5-E(30.1±9.8%), F-E5に比べて有意に高かった。脊柱起立筋ではF-E5(20.2±10.4%)がF-E(13.9±6.5%)に比べて有意に高く,F2.5-E5(23.8±9.3%)がF-EとF2.5-E(17.7±5.3%)に比べて有意に高かった。多裂筋/脊柱起立筋比はF2.5-E5(1.63±0.58)がF-Eに比べて有意に低かった。【考察】 挙上した上下肢を外転位にすることで,多裂筋の筋活動量のみが有意に増加し,多裂筋/脊柱起立筋比も増加する傾向にあった。これは右上肢・左下肢外転位により脊柱左回旋モーメントが増加し,脊柱左回旋作用のある左脊柱起立筋は筋活動を高めず,脊柱右回旋作用のある左多裂筋が筋活動を高めたためと考える。挙上した上下肢に重錘負荷することで,多裂筋とともに脊柱起立筋の筋活量も有意に増加し,多裂筋/脊柱起立筋比は有意に低下した。これは上下肢への重錘負荷により脊柱屈曲モーメントが増加し,脊柱伸展作用のある両筋において脊柱起立筋が多裂筋よりも活動を高めたためと考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究により,四つ這い位での上下肢の挙上運動において,上下肢を外転位にすることでより効果的に多裂筋を選択的トレーニングできる可能性が示唆された。また重錘負荷すると逆に多裂筋/脊柱起立筋比が低下し,多裂筋の選択的トレーニングとしては不利になる可能性が示唆された。
著者
季 翔 正木 光裕 梅垣 雄心 中村 雅俊 小林 拓也 山内 大士 建内 宏重 池添 冬芽 市橋 則明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0486, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】近年開発された超音波診断装置のせん断波エラストグラフィー機能で測定される弾性率は,筋の伸張性を反映することが報告されている(Maïsetti 2012, Koo 2013)。そのため,この弾性率を指標として個別の筋の伸張の程度を定量的に評価することが可能となった。臨床において筋・筋膜性腰痛や背部筋の過緊張に対する運動療法として,背部筋のストレッチングがよく用いられている。背部筋のなかで脊柱起立筋は脊柱の伸展,同側側屈,同側回旋,多裂筋は脊柱の伸展,同側側屈,反対側回旋の作用を有する。そのため,脊柱起立筋は脊柱の屈曲,反対側側屈,反対側回旋,多裂筋は脊柱の屈曲,反対側側屈,同側回旋で伸張される可能性が考えられる。しかし,どのような肢位で脊柱起立筋や多裂筋が最も効果的に伸張されるかについては明らかではない。本研究の目的は,せん断波エラストグラフィー機能で測定した弾性率を用いて,脊柱起立筋と多裂筋の効果的なストレッチング方法を明らかにすることである。【方法】対象は整形外科的および神経学的疾患を有さない健常若年男性10名(年齢22.9±2.3歳)とした。なお,腰痛を有する者は対象から除外した。筋の弾性率(kPa)の評価には,せん断波エラストグラフィー機能を有する超音波診断装置(SuperSonic Imagine社製)を用い,各筋の筋腹に設定した関心領域のせん断速度から弾性率を求めた。なお,弾性率の値が高いほど筋は硬く,伸張されていることを意味する。対象筋は左腰部の脊柱起立筋(腰腸肋筋)および右腰部の多裂筋とした。測定部位は脊柱起立筋が第3腰椎棘突起の7cm外側,多裂筋が第4腰椎棘突起の2cm外側とした。測定肢位は①安静腹臥位(以下,rest),②正座の姿勢から体幹を前傾し,胸腰推を40~45°屈曲した肢位(以下,屈曲),③ ②の胸腰推を40~45°屈曲した肢位からさらに胸腰推を30°右側屈した姿勢(以下,屈曲右側屈),④ ②の胸腰推を40~45°屈曲した肢位からさらに胸腰推を30°右回旋した姿勢(以下,屈曲右回旋)とした。なお,本研究においては多くのストレッチング肢位をとることで筋の柔軟性が増加し,弾性率に影響が生じる可能性を考慮し,ストレッチング肢位は上記②~④の3条件のみとし,測定の順序はランダムとした。また,②~④の肢位では,できるだけ安楽な姿勢をとらせるために腹部にストレッチポールを挟んだ。なお,胸腰推の角度は日本整形外科学会および日本リハビリテーション医学会による測定法に準じた。統計学的検定には,Bonferroni法による多重比較検定を用いて,測定肢位による弾性率の違いを分析した。なお,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には研究内容について十分な説明を行い,同意を得たうえで実施した。【結果】左脊柱起立筋の弾性率については,屈曲右側屈(20.8kPa),屈曲(13.7kPa)がrest(5.0kPa)よりも有意に高かった。また,屈曲右側屈が屈曲,屈曲右回旋(9.2kPa)よりも有意に高い値を示し,屈曲と屈曲右回旋との間に有意な差はなかった。右多裂筋の弾性率については,屈曲(30.7kPa),屈曲右回旋(30.2kPa)屈曲右側屈(17.6kPa)がrest(5.7kPa)よりも有意に高かった。また,屈曲右側屈が屈曲,屈曲右回旋よりも有意に低い値を示し,屈曲と屈曲右回旋との間に有意な差はなかった。【考察】せん断波エラストグラフィー機能による弾性率を用いて背部筋の伸張の程度を調べた結果,脊柱起立筋においては,脊柱屈曲位で反対側側屈することが最も効果的なストレッチング方法であることが明らかとなった。脊柱起立筋は,脊柱屈曲位,脊柱屈曲位で反対側側屈することで筋を伸張することができ,また,脊柱屈曲位で反対側側屈することは,脊柱屈曲位や脊柱屈曲位で反対側回旋することよりもより効果的に伸張することができることが示唆された。脊柱屈曲位で反対側回旋させるよりも反対側側屈させるほうが,脊柱起立筋を伸張させるのに効果的である理由としては,脊柱起立筋の側屈モーメントアームは回旋モーメントアームよりも大きいことが影響していると考えられる。また,多裂筋は特に脊柱屈曲位および脊柱屈曲位で同側回旋において伸張されることが示唆された。この脊柱屈曲位と脊柱屈曲位で同側回旋との間には有意差がみられなかったことから,同側回旋を加えなくても脊柱を屈曲するだけで多裂筋は効果的に伸張することができると考えられた。脊柱屈曲位で同側回旋を加えても多裂筋に影響を与えなかった理由として,多裂筋は回旋作用を有するが,回旋モーメントアームは小さいことによるものと考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究によって,脊柱起立筋は脊柱屈曲位でさらに反対側側屈を加えることで,多裂筋は脊柱を屈曲することで,より効果的に伸張できることが示唆された。