著者
嶋田 佳子 安原 亜美 西藤 有希奈 天ヶ瀬 紀久子 安井 裕之
雑誌
日本薬学会第141年会(広島)
巻号頁・発行日
2021-02-01

【緒言】炎症性腸疾患(IBD)は慢性の炎症性疾患であり、近年では罹患率が上昇している。IBD患者は低亜鉛血症を起こすと報告されており、亜鉛の経口摂取による予防や治療が想定される。亜鉛を疾患部位まで送達するため、消化酵素で分解されない多糖類であるアガベイヌリン(AI)を配位子に用いた。AIは分子内に複数のヒドロキシ基を有するため、亜鉛イオンと高分子錯体を形成したキャリアとして消化管内を移動し、大腸まで到達すると考えた。そこで、潰瘍性大腸炎モデルマウスを用いて酢酸亜鉛とAIの合剤による治療効果を検討した。【方法】2%のデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を雄性Balb/cマウスに7日間飲水投与した。DSS 投与日から酢酸亜鉛20 mg/kg/day、アガベイヌリン1.0 g/kg/dayの同時経口投与を開始した。DAIを用いて大腸炎の重症度を評価した。マウスを安楽死後に大腸を採取し病理学的評価に供した。ELISA法により大腸組織中のIL-1βを測定した。ICP-MSにより血漿および大腸組織中の金属を定量した。また、ドライケミストリーにより血漿中ALP活性を測定した。【結果・考察】治療効果は、酢酸亜鉛とAIを併用している群>AI群>酢酸亜鉛群の順であった。血漿及び組織中の亜鉛濃度から、AIは大腸部位まで亜鉛を送達している可能性を示した。炎症時の内因性亜鉛は損傷部位へ集積しており、他組織からの亜鉛の再分布が示唆された。これと符合して、血漿中ALP活性も大きく低下していた。一方、治療群では外因性亜鉛が損傷治癒に消費されるため、内因性亜鉛は変動せずALP活性は維持されていた。以上から、潰瘍性大腸炎の発症から進展の過程で、体内亜鉛の一部は損傷治癒に消費されるため、亜鉛を大腸部位へ効率的に送達させれば、潰瘍性大腸炎の治療効果を高められることが示された。
著者
安井 裕之
出版者
京都薬科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2020-04-01

本仮説のProof of conceptが達成、実現されれば、得られうる成果の中で最大のアウトプットは「細胞外ATP代謝の破綻が引き起こす様々な炎症性疾患の根本原因が、亜鉛欠乏症に依る亜鉛要求性酵素の活性低下に基づくものである」と言う炎症性疾患の新しい治療概念や治療分子標的を生み出すものである。3年間で申請した本研究の最終目標は、研究代表者がこれまで探索してきた高活性の亜鉛錯体を用いることで、上記のターゲットバリデーションが正しいかどうかを研究協力者(同研究室の准教授、助教、博士研究員、学生)の協力を得て多方面から詳細に検討し、亜鉛錯体によるIBDの治療戦略が可能かどうかを提案することにある。
著者
桜井 弘 安井 裕之 吉川 豊 廣村 信 小嶋 良種
出版者
京都薬科大学
雑誌
特別推進研究
巻号頁・発行日
2004

糖尿病(DM)は、インスリンの絶対的または相対的不足による疾患であり、それぞれインスリン依存性の1型およびインスリン抵抗性による2型DMとよばれている。前者は、1日に数回のインスリンの皮下注射が唯一の治療法であるため、患者に精神的・肉体的負担を与えるのみならず、自己抗体を産生してインスリンの作用が表れなくなることがある。後者の治療には、いくつかの経口合成薬剤が開発されているが、それらを長期に服用すると強い副作用が現れるのみならず、体がインスリン合成を不要と判断するため、やがてはインスリン注射に頼らざるを得なくなることも知られている。このような状況の下で、インスリン注射や合成薬剤に代わりうる新しい薬剤の開発が世界的に要望されている。本研究は、金属錯体による1型および2型糖尿病の治療を目指して行われた。脂肪細胞および実験動物を用いて得られた主な成果は、以下の通りである。(1)細胞を用いるインスリン様作用の評価系(グルコースの取り込み促進と脂肪酸放出抑制)を確立した。(2)バナジル(VO^<2+>)-ピコリネートをリード化合物として11種類の錯体を合成して、構造活性相関性(SAR)を研究し、配位子の置換基の位置が重要であることを明らかにした。(3)バナジル-およびジンク(Zn)-3-ヒドロキシピロネートをリード化合物としてそれぞれ5〜8種類の錯体を合成し、SARを研究し、アリキシン関連配位子の錯体は1および2型DMを治療できるのみならず、メタボリックシンドロームを改善できる新事実を見出した。(4)これらの錯体の作用機構を研究し、バナジルおよびジンク錯体は主としてインスリンシグナル伝達系に存在する各種の酵素のリン酸化を促進し、最終的にグルコース輸送体を細胞膜表面に移動させる新知見を得た。(5)バナジウム化合物や錯体の新しいドラックデリバリーシステムを考案した。(6)以上の結果にもとづいて、臨床応用を目指すいくつかの錯体の構造式を提案した。
著者
安井 裕之 吉川 豊 廣村 信
出版者
京都薬科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

数種類の亜鉛錯体について、配位子・錯体の合成、物性解析、インビトロ実験(ラット遊離脂肪細胞、マウス由来3T3-L1培養脂肪細胞、ラット小腸由来α-グルコシダーゼ、ブタ膵臓由来リパーゼ)による活性評価、実験モデル動物を用いたインビボ実験による検討を行った。その結果、天然物であるトロポロンの誘導体を配位子とした亜鉛錯体の中に、従来と比較してより高い血糖効果作用を有する高活性のチオトロポロン亜鉛錯体を見出した。さらに、経口投与による高い血糖降下作用が見出されたチオトロポロン亜鉛錯体に関して、体内動態解析にもとづいた標的臓器の特定、および抗肥満作用の検討を行った。その結果、本錯体は主に肝臓と筋肉に分布し、これらの臓器に作用して糖代謝を改善させた。一方、脂肪組織には分布せず、脂肪組織には作用しなかった。この体内動態特性により、本錯体は肥満抑制効果を示さず、むしろ、高脂血症を亢進させる副作用が認められた。これは、肝臓で産生されたトリグリセライドが脂肪組織へと効率的に蓄積されなかったためと考えた。今後は、糖代謝を司る肝臓、筋肉に加えて脂肪組織にも移行して作用する亜鉛錯体、すなわち、脂肪組織へ高濃度に分布して、その機能を正常化させる亜鉛錯体を分子設計する必要があると結論された。