- 著者
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宮木 康博
- 出版者
- 同志社大学
- 雑誌
- 同志社法學 (ISSN:03877612)
- 巻号頁・発行日
- vol.57, no.6, pp.2115-2174, 2006-02
わが国では、主に薬物犯罪に対する捜査方法として、おとり捜査が実施されてきた。薬物犯罪は、被害者が存在せず、秘密裡に行われることから犯罪の解明に困難を伴う。それゆえ、おとりが購入者を装って対象者と接触し、取引後に逮捕するといった捜査手法が用いられているのである。他方、おとり捜査はこうした犯罪類型に対して効果的であるとしても、対象者に働きかけて犯罪を実行させるという特質を有することから、無制限に許容されるわけではない。 では、おとり捜査が違法と判断された場合、被誘発者の刑事手続および刑事責任にいかなる影響を及ぼすのであろうか。おとり捜査のリーディングケースとされる昭和28年3月5日決定では、「犯罪実行者の犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは違法性を阻却し又は公訴提起の手続規定に違反し若しくは公訴権を消滅せしめるものとすることはできない」と判示した。この判示からは、違法なおとり捜査の訴訟法的効果を及ぼすことに否定的であると解することもできる。しかし、本決定に対しては、「その後のデュー・プロセス思想の進展の中で最高裁が今日もなおこの立場に固執しているかは疑問であり、その判例は実質的拘束力を失っている」とも指摘され、学説は一般に、法的効果が生じることを肯定している。また、近時の平成16年7月12日の最高裁判決は、おとり捜査が違法となる余地を認めており、違法と判断された場合の法的帰結を検討しておく必要性は増しているように思われる。 こうした検討にあたって有益と思われるのがドイツの動向である。ドイツでは、1980年代以降、違法なおとり捜査の法的帰結について判例上興味深い変遷をたどっており、それに対する学説の議論も活発になされている。そこで、本稿では、わが国の違法なおとり捜査の法的帰結について検討する足がかりとしてドイツの判例・学説を整理し、若干の考察を加えた。