- 著者
-
小林 久泰
- 出版者
- Japanese Association of Indian and Buddhist Studies
- 雑誌
- 印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
- 巻号頁・発行日
- vol.61, no.3, pp.1078-1084, 2013-03-25 (Released:2017-09-01)
ティミラ眼病とは一体何なのか.この問題について,かつて金沢篤氏が極めて詳細な研究(金沢1987)を発表された.この金沢1987に対して二つの疑問を提示することができる.第一に,インド医学の伝統においてティミラ眼病と「華」は全く無関係であったと断言することは可能か.第二に,瞳の第四膜に到達した病素をティミラとみなす大地原訳を「明らかな誤訳」と呼ぶことは可能か.この二つの疑問を出発点として,本稿では以下のことを明らかにした.第一の疑問点に関して,『アシュタ・アンガ・フリダヤ・サンヒター』にカパ性のティミラ眼病患者に見えるものとして,ジャスミンの花やスイレンが挙げられていることを明らかにした.但し,それは『スシュルタ・サンヒター』の異なる文脈にある二つの文章を一緒にしたために起こった,いわば副産物に過ぎないことも指摘した.第二の疑問点に関しては,『バーヴァ・プラカーシャ』に大地原流の解釈を挙げるインドの伝統も存在することを指摘し,当該個所に関して,大地原訳を「明らかな誤訳」と言うことは困難であることを明らかにした.その一方で,金沢氏の主張を支持する記述が『スシュルタ・サンヒター』自体に見られることも指摘し,それがサートヤキの伝統に従ったものであることを明らかにした.最後に,ティミラを瞳の第一・第二膜の病気と捉える『アシュタ・アンガ』の伝統とは異なり,『スシュルタ・サンヒター』作者があえて瞳の最外膜である第四膜の解説の中でティミラを持ち出すのは,彼がこの語の原義である「暗闇」というニュアンスに力点を置いたからではないか,ということを指摘した.ティミラ眼病とは,最終的に完全失明,すなわち「暗闇」に到る恐ろしい病に他ならないのである.