著者
尾瀬 智昭
出版者
社団法人日本気象学会
雑誌
Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II (ISSN:00261165)
巻号頁・発行日
vol.74, no.6, pp.845-866, 1996-12-25
被引用文献数
2

チベット、東ヨーロッパ、シベリアの初春の積雪偏差が、その後の大気に及ほす影響を比較するため、モデルによるアンサンブル実験をおこなった。チベットの正の積雪偏差は、春から初夏にかけて有意な冷却源をもたらす。東ヨーロッパやシベリアの積雪偏差から、直接には有意な冷却源は作り出されない。チベットの冷却源は、北半球の春から夏にかけての季節遷移を遅らせる方向の影響を大気に及ぼす。これは、6月の弱いアジアモンスーンとして特徴づけられ、南アジアの弱い下層モンスーンジェット、東南アジアの弱い大規模な上層発散場、北太平洋と北大西洋の負高度場偏差、熱帯太平洋の弱い東西循環が再現された。チベットの積雪偏差実験の場合に目立つ影響が現われたのは、東ヨーロッパやシベリアと比較して、チベットが次のような条件を持っているためである。(1)チベットでは、おそらくその高度のため、気候的に融雪速度が遅く、これは初春の積雪正偏差を気候的な融雪季節の終わりまで維持する。(2)チベットの初春から高い太陽高度と比較的少ない雪量による強い太陽入射は、積雪正偏差のアルベド効果を高める。(3)チベットの乾いた裸地の地表面熱収支では、顕熱の役割が潜熱よりも大きい。従って、積雪正偏差(被覆)の存在は顕熱の効果を遮断する役目を主に果たす。(4)チベットの乾いた裸地では、融雪水は土壌に蓄えられる可能性が高い。このため、積雪正偏差の多くは土壌水分偏差として引き継がれる。(5)気候的にチベット高原の熱源は、アジアモンスーンに影響しうる。モデル実験のチベットから得られた(1)から(5)の条件は、現実においても積雪正偏差が大気に対して影響を及ぼしうる地域の条件として意味を持つと考えられる。東ヨーロッパ実験の5月およびシベリア実験の8月にも、大気中に広範囲な応答が見られた。この場合、ユーラシア大陸北部に地表面状態の有意な偏差が伴う。これからの地表面状態偏差は、初期の積雪偏差の融雪に続いて形成される一連の地表面状態偏差と、直接には関係せず、初期の積雪偏差がもつ水および熱が大気に供給された後に、形成されたように見える。
著者
足立 恭将 行本 誠史 出牛 真 小畑 淳 中野 英之 田中 泰宙 保坂 征宏 坂見 智法 吉村 裕正 平原 幹俊 新藤 永樹 辻野 博之 水田 亮 藪 将吉 神代 剛 尾瀬 智昭 鬼頭 昭雄
出版者
気象庁気象研究所
雑誌
Papers in Meteorology and Geophysics (ISSN:0031126X)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.1-19, 2013 (Released:2013-12-27)
参考文献数
57
被引用文献数
6 67

気象研究所(MRI)の新しい地球システムモデルMRI-ESM1を用いて、1850年から2100年までの大気化学、及び炭素循環を含む統合的な気候シミュレーションを行った。MRI-ESM1は、大気海洋結合モデルMRI-CGCM3の拡張版として開発されたモデルであり、拡張部分の化学的・生物地球化学的過程以外の力学的・熱力学的過程は、両モデルで同設定とした。計算負荷の大きい化学過程を扱う大気化学モデルを低解像度(280km)に設定して、MRI-ESM1の大気モデル部分はMRI-CGCM3と同じ120kmとした。基準実験において、地上気温、放射収支、及び微量気体(二酸化炭素(CO2)とオゾン)濃度の気候ドリフトは十分に小さいことを確認した。MRI-CGCM3による基準実験と比較して、全球平均地上気温が若干高いが、これは対流圏のオゾン濃度がやや高いためであった。次に、歴史実験を行いモデル性能を検証した。このモデルは地上気温と微量気体濃度の観測された歴史的変化を概ね再現出来ていた。ただし、地上気温の昇温とCO2濃度の増加はともに過少評価であり、これらの過少評価は土壌呼吸を通した正のフィードバックが関係していた。大気CO2濃度増加が過少に評価されたことにより昇温量が抑えられ、昇温過少が土壌呼吸を不活発にして陸域での正味のCO2吸収が過剰となり大気CO2濃度増加の過少を招いた。モデルで再現された地上気温、放射フラックス、降水量、及び微量気体濃度の現在気候場は、観測値とよく合っていた。ただし、特に南半球熱帯域では、放射、降水量、及びオゾン濃度に観測値との差異が存在していた。これらは過剰な対流活動によるものと判断され、太平洋低緯度域では所謂ダブルITCZ状態となっていた。MRI-ESM1とMRI-CGCM3を比べると、両者の現在気候場は非常によく似ており、現在気候再現性能は同程度であった。MRI-ESM1によるRCP8.5の将来予測実験では、全球平均地上気温は産業革命前から21世紀末までに3.4℃上昇した。一方、MRI-CGCM3による同昇温予測は4.0℃であった。排出シナリオRCP8.5を用いてMRI-ESM1により予測された21世紀末の大気CO2濃度は800ppmであり、MRI-CGCM3による実験で使用したCO2濃度より130ppmほど低い。これは上述の昇温差と整合的である。全球平均のオゾン全量は2000年から2100年までに約25DU程の増加が予測され、MRI-CGCM3による実験で与えたオゾン変化と同程度であった。最後に、ESMとCGCMとの比較から、オゾンモデルとエーロゾルモデルを結合したことによって20世紀後半のエーロゾル量の変化に差が生じ、この差が両モデルの昇温量の違いに影響していることを確認した。
著者
尾瀬 智昭
出版者
社団法人日本気象学会
雑誌
Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II (ISSN:00261165)
巻号頁・発行日
vol.76, no.6, pp.1045-1063, 1998-12-25
参考文献数
25
被引用文献数
5

観測から得られた帯状平均場と熱源を与えたモデルを用いて、その応答としてのアジアモンスーンの循環、特にその気候学的な季節変化を調べた。結果は次のようにまとめられる。(1)夏のアジアモンスーン期において、アジアの南域の深い積雲対流に伴う熱源は、チベット高気圧、モンスーントラフならびに、南アジアにおける下層循環を形成し、さらにユーラシア大陸西部に下降流をもたらす。中央アジアの地表面付近の熱源もまた、その上層に下降流を形成する。(2)初夏(6月)に見られる、アジアの南域の深い対流に伴う熱源は、日本の南東に南西の下層風と上昇流を形成する傾向を示す。これらは、アジアの南域に形成される熱的低圧部とともに、東アジアに梅雨帯が形成される背景的要因になっていると考えられる。中緯度の梅雨帯での降水による熱源は、その南に下層ジェットを形成する。(3)初夏(6月)から盛夏(7月)にかけてのアジアモンスーンの季節変化は、北半球全体で気温が上昇し、帯状平均のジェットが北上し弱まることによって特徴づけられる。モデルにおいて帯状平均場のみを6月から7月に変えると、この季節変化の主な特徴が再現される。すなわち、南アジアから東アジア域において、下層ジェットおよび上昇流域は、大陸周辺の海洋から大陸側に移動する。鉛直流のこの変化は、6月から7月にかけての熱源の季節変化と矛盾しない。(4)盛夏(7月)から晩夏(8月)にかけてのアジアモンスーンの季節変化は、亜熱帯西太平洋の広い範囲で積雲活動が活発化することによって特徴づけられる。モデルにおいて西太平洋の熱源のみを7月から8月に変えると、この太平洋域からインド洋域の季節変化の主な特徴が再現される。上層のチベット高気圧および下層の太平洋高気圧が日本付近へ広がることもまた、西太平洋の熱源のみの季節変化で再現される。(5)6月の帯状平均場と8月の熱源を用いたモデル実験が、気候学的な8月の実験結果と比べられる。気候学的な季節変化から遅れた帯状平均場が、中緯度および亜熱帯域の弱いモンスーン循環および関連する降水偏差と関連していることが暗示される。
著者
尾瀬 智昭
出版者
社団法人日本気象学会
雑誌
Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II (ISSN:00261165)
巻号頁・発行日
vol.78, no.1, pp.93-99, 2000-02-25

冬季北半球における、西太平洋パターン(WP)および太平洋・北アメリカパターン(PNA)の出現が、2年振動する南シナ海の海面水温とこれに関係する熱帯西太平洋上の降水量の変動と統計的に次のように関係していることが分かった。(1)NINO4の海面水温偏差が正(負)で、フィリピンの東で降水が抑えられる(活発化する)時、WP(逆符号のWP)パターンが現れる傾向があり、このことは局所的なハドレー循環の理論と定性的に一致する。(2)NINO4の海面水温偏差が正(負)で、フィリピンの東で負(正)の降水偏差が小さいか、または西方にシフトしている時、PNA(逆符号のPNA)パターンがWP(逆符号のWP)パターンよりむしろ現れる傾向がある。(3)上記の熱帯西太平洋での降水量の変動は、南シナ海の海面水温の2年振動を説明する降水量の変動と一致する。