著者
越川 陽介 山根 倫也
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床学専攻
雑誌
Psychologist : 関西大学臨床心理専門職大学院紀要
巻号頁・発行日
vol.10, pp.39-49, 2020-03-16

現代は利便性や効率の追求が高い優先度を持つ社会から、多様性が必要とされ、曖昧さを抱える社会へと変化してきている。我々はこのパラダイムシフトに適応していくために必要となる態度や能力としてnegative capability(ネガティブケイパビリティ)に注目する。Negative capabilityは詩人のKeats, J.によって提唱された概念であり、芸術、心理臨床、宗教、教育など様々な領域でその概念が用いられている。本論ではnegative capabilityの概念を概観し、曖昧さや待つという行為との関連を検討した。negative capabilityは曖昧さへの受容や、外見からは判断できないが、葛藤を踏み堪える過程、無私の状態、不確実性との関係の成熟の心的過程が生じている可能性について指摘した。また、多様性と曖昧さを抱える現在の社会にnegative capabilityの概念を拡張させるために、negative capabilityを「事柄や状況に対し、答えの見えなさ、相反する考えや感情、あるいは同時多発的に生じる複数の思考や感情を、有機体的な自己へ貯蔵し熟成させることができる力」と定義した。不安定で不確実、複雑、曖昧な社会で答えのない問いを立て、それを問い続けるためには、negative capabilityを発揮することが重要になると考えられる。今後はnegative capabilityを身に付ける方法の検討や評価スケールの作成が望まれる。
著者
山根 倫也 小野 真由子 中田 行重
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
no.11, pp.77-86, 2020-03-15

本論文では、PCTを含むHEP (Humanistic-Experiential Psychotherapies) のメタ分析を行っているElliott et al. (2013) の論文を紹介し、今後のPCTの課題について若干の考察を述べる。現代の心理療法はエビデンスが重要視され、エビデンスに乏しいとされるPCTは世界的に苦しい立場に追い込まれている。しかし、PCTにはエビデンスが存在するのである。Elliott et al. (2013) は、メタ分析によりPCTにはCBTと同程度のエビデンスがあることを報告している。加えて、他学派の研究で比較対象となっている支持的療法は、本来のPCTではないなど、現代のガイドラインの基盤となっているエビデンスに対しても問題を提起している。しかし、PCTの人間観が現在のエビデンスのリサーチ方法と相性が悪いことは確かである。今後、PCTはエビデンス・ベーストとどのように向き合っていけばいいのであろうか。本論文では、今後のPCTの課題として、CBTと同程度の効果を持つと主張するだけではなく、他学派にはないPCT固有の効果を示すこと、そしてそれを表現するための方法論を構築することを挙げた。また、実証研究を積み重ねるうえで、「何を持ってPCTと言うか」ということについて、PCT内部で明確に定義し、他学派に説明する必要があることを述べた。特集 : パーソン・センタード・セラピーの展開
著者
山根 倫也 並木 崇浩 白﨑 愛里 小野 真由子
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.12, pp.105-115, 2021-03-15

本稿は、他者との出会いの関係における接触と知覚という観点からプレゼンスについて論じたSchmid(2002)の"Presence: Im-media-te co-experiencing and co-responding. Phenomenological, dialogical and ethical perspectives on contact and perception in person-centred therapy and beyond. を要約し、考察を加えたものである。Schmidが主張するプレゼンスとは、現在その瞬間において他者を「ひと」として知覚し、また自分自身も「ひと」として存在することである。このことは、本物であること(Authenticity)、承認(Acknowledgment)、理解(Comprehension)という中核3条件の現象学的な記述により詳細に説明されている。Cl-Th関係において、ThのプレゼンスをClが知覚することにより、Clはより促進され、Thとの相互関係が可能になる。プレゼンスに基づいたこのような関係は、パーソナルな出会いの関係と呼ばれている。また、Clとの最初の出会いがパーソナルな出会いの関係に発展する過程における内省の重要性が指摘されている。その場の体験を内省することが、新たな影響を与える体験につながるのである。そしてCl-Th関係の中で、ClとThはますます共同体験、共同内省するようになる。末尾では、パーソン・センタードのThには、「私」という自己の在り方そのものが問われることを指摘し、プレゼンスが流動的な「私」という自己の在り方という観点から捉え直される可能性について言及されている。
著者
白﨑 愛里 並木 崇浩 山根 倫也 小野 真由子
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.12, pp.93-103, 2021-03-15

本稿は、Schmid(2001)の"Acknowledgement: The art of responding. Dialogical and Ethical Perspectives on the Challenge of Unconditional Relationships in Therapy and Beyond" の紹介とそれに基づく考察である。Schmidは無条件の肯定的関心を、対話や出会いの哲学、社会倫理の視点に基づいて「承認」として再提起した。承認とは、他者の、具体的で、特徴的な、独自のあり方に開かれることを意味する。他者とは、同一化もコントロールもできない、私とは本質的に異なる存在である。それゆえ他者を知ること(knowledge)はできない。他者の他者性を破壊せず関係を結ぶには、ただ共感し、承認すること(acknowledge)である。また理解し得ない謎を含んだ、無限の他者こそが、自己の限界を克服する。他者に出会うには、何よりもまず、他者が真に「向こう側に立っている」と理解する必要がある。反対側に立たずして出会いはない。この隔たりが、他者を、自立的な価値ある個人として尊重する。Schmidの言う承認に基づくセラピーでは、セラピストは、自身の内的照合枠を脇に置くどころか、クライエントの影響を受けて自己を問いただしながら応答することになる。これはセラピー関係の中にTh自身を投入し、Th自身が変化することであり、まさに勇気が問われる在り方といえる。またSchmidは、「(承認が重要なのは)承認が実現傾向を育てるから、というだけではない。これこそがパーソン・センタードという在り方の表れなのだ」と述べ、パーソン・センタード・アプローチの本質にも迫っている。
著者
西田 圭一郎 吉村 匡史 山根 倫也 加藤 正樹 木下 利彦
出版者
一般社団法人 日本臨床神経生理学会
雑誌
臨床神経生理学 (ISSN:13457101)
巻号頁・発行日
vol.47, no.3, pp.168-173, 2019-06-01 (Released:2019-06-20)
参考文献数
26

脳波は実臨床においては, てんかんの診断やせん妄の評価に使用される。研究においては時間分解能の高さ, 侵襲性の低さ, 安価なため臨床への応用の容易さ, といった点から, 脳機能測定のツールとして以前から用いられてきた。一方脳波の分野とは別に, 最近の画像研究の進歩に伴い, 脳の構造研究で精神疾患の正常からの逸脱が検出できるようになり, 精神疾患の発現型として関心を浴びている。近年, このような脳波以外の分野の研究の発展に伴い得られた新たな知見と, 上記特徴を有する脳波測定を組み合わせることで, 脳波解析の有用性が再び脚光を浴びるようになってきている。今回我々は, 脳波定量解析が実臨床への応用が可能であるか, 自施設におけるうつ病患者の脳波データの解析結果を元に, 治療予測の可能性について考察を行い, 将来の展望を述べたい。
著者
小野 真由子 並木 崇浩 山根 倫也 中田 行重
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
no.10, pp.65-73, 2019-03

本論文ではリフレクションについて内的統合モデル (The assimilation model) という新たなモデルから検討された Goldsmith et al. (2008) の論文を紹介し、Person-Centered Therapy(以下、PCT)にもたらした新たな知見に関して若干の考察を述べる。内的統合モデルとは、自己は多様な内なる声を持つと想定し、それぞれの声は経験の布置や在り方を象徴していると捉えている。Goldsmith et al. (2008) は、Therapist(以下、Th)のリフレクションによってThとClient(以下、Cl)の間に、そしてClの内的な声の間に理解の架け橋が構築され、Clの問題のある内的な声が統合されるプロセスにつながったと主張している。Goldsmith et al. (2008) の主張から、PCTのリフレクションのメカニズムに関して新たな知見を提供している点や、リフレクションの受容的側面の重要性を考察した。また、Clの体験が明らかにされPCTの理論が発展していく課題として、Thが技法的な関わりになってしまうことを挙げた。特集:パーソン・センタード・セラピーの展開