著者
並木 崇浩
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.13, pp.47-56, 2022-03-15

本稿はパーソン・センタード・セラピーのトレーニングに関して、なにを学ぶか、いかに学ぶか、そして学びの構造の観点から検討し、トレーニングを実践する上での論点や今後の課題について考察するものである。1)エビデンスに基づく実践の要請、2)PCTに対する批判の払拭、3)公認心理師制度の開始、の三点を根拠として、パーソン・センタード・セラピーのトレーニングが重要なテーマであることを示した。そして、学ぶ要素としてセラピストのパーソナルな成長を中心に、パーソン・センタードな学びという学び方、そして学びの構造であるエンカウンター・グループについて、関係性の視点を踏まえつつ、その基本的な特徴と重視される根拠を整理した。次に、パーソン・センタード・セラピーのトレーニングにおける論点として、1)トレーナーが提供すべきものはなにか、2)日本の心理士養成課程にパーソン・センタードの要素をいかに取り入れるか、の二点を提示し論じた。
著者
山根 倫也 小野 真由子 中田 行重
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
no.11, pp.77-86, 2020-03-15

本論文では、PCTを含むHEP (Humanistic-Experiential Psychotherapies) のメタ分析を行っているElliott et al. (2013) の論文を紹介し、今後のPCTの課題について若干の考察を述べる。現代の心理療法はエビデンスが重要視され、エビデンスに乏しいとされるPCTは世界的に苦しい立場に追い込まれている。しかし、PCTにはエビデンスが存在するのである。Elliott et al. (2013) は、メタ分析によりPCTにはCBTと同程度のエビデンスがあることを報告している。加えて、他学派の研究で比較対象となっている支持的療法は、本来のPCTではないなど、現代のガイドラインの基盤となっているエビデンスに対しても問題を提起している。しかし、PCTの人間観が現在のエビデンスのリサーチ方法と相性が悪いことは確かである。今後、PCTはエビデンス・ベーストとどのように向き合っていけばいいのであろうか。本論文では、今後のPCTの課題として、CBTと同程度の効果を持つと主張するだけではなく、他学派にはないPCT固有の効果を示すこと、そしてそれを表現するための方法論を構築することを挙げた。また、実証研究を積み重ねるうえで、「何を持ってPCTと言うか」ということについて、PCT内部で明確に定義し、他学派に説明する必要があることを述べた。特集 : パーソン・センタード・セラピーの展開
著者
山根 倫也 並木 崇浩 白﨑 愛里 小野 真由子
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.12, pp.105-115, 2021-03-15

本稿は、他者との出会いの関係における接触と知覚という観点からプレゼンスについて論じたSchmid(2002)の"Presence: Im-media-te co-experiencing and co-responding. Phenomenological, dialogical and ethical perspectives on contact and perception in person-centred therapy and beyond. を要約し、考察を加えたものである。Schmidが主張するプレゼンスとは、現在その瞬間において他者を「ひと」として知覚し、また自分自身も「ひと」として存在することである。このことは、本物であること(Authenticity)、承認(Acknowledgment)、理解(Comprehension)という中核3条件の現象学的な記述により詳細に説明されている。Cl-Th関係において、ThのプレゼンスをClが知覚することにより、Clはより促進され、Thとの相互関係が可能になる。プレゼンスに基づいたこのような関係は、パーソナルな出会いの関係と呼ばれている。また、Clとの最初の出会いがパーソナルな出会いの関係に発展する過程における内省の重要性が指摘されている。その場の体験を内省することが、新たな影響を与える体験につながるのである。そしてCl-Th関係の中で、ClとThはますます共同体験、共同内省するようになる。末尾では、パーソン・センタードのThには、「私」という自己の在り方そのものが問われることを指摘し、プレゼンスが流動的な「私」という自己の在り方という観点から捉え直される可能性について言及されている。
著者
岡田 弘司
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.13, pp.23-30, 2022-03-15

医療では傷病などにより心身の状態を著しく崩した者に治療やケアを行うことが多く、危機的状況に陥った者といかに適切に関わり、その者の回復や安寧に繋げていくかが重要な課題となる。Fink,S.L.(1967)の提唱した危機モデルは危機克服のためのプロセスを①衝撃、②防御的退行、③承認、④適応の4つの段階で示した理論であり、かねてよりその有用性などが本邦においても注目されていた。本研究ではここ5年間に本邦で発表された当危機モデルに関する最新の研究を検索し文献考察を行って、当危機モデルの適用性についてなど検討した。その結果、事例研究を中心に看護系の分野で多くの論文が発表されていることが確認され、癌や難病など厳しい病状にある患者やその家族に対し当危機モデルが活用され、適切な介入や有効な支援の実践などに寄与していることが明らかになった。また当危機モデルの用い方は様々であるが、中でも当危機モデルを多職種連携やチーム医療の観点で見ると公認心理師に期待される役割も想定され、プロセスの段階を同定する心理的アセスメントやプロセスの進展を支援する面接の施行などが大切になると考えられた。また公認心理師が当危機モデルの検証や発展のための研究に従事することも意義深いと思われた。
著者
松田 治貴 河﨑 俊博 中田 行重
出版者
関西大学大学院心理学研究科心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.13, pp.57-65, 2022-03-15

本研究の目的は、現在の心理療法の業界においてPCAがどのように認知されているのか、その実態を調査し、PCAの課題や今後の展開について検討することである。PCAの現状について感触を得るための概括的な調査研究と位置づけて調査を実施した。調査対象は、心理療法の学派を問わず、臨床心理士、公認心理師といった心理臨床にかかわる支援者を対象とし、無記名方式のWEB調査を実施した。32名(女性20名、男性12名)から調査協力が得られ、PCAの認知度や活用に関する質問項目について回答を求めた。得られた回答からは次のことが考察された。まず、臨床現場や大学院教育において、PCAの実践内容や重要性は、職場領域や業務内容、学派を問わず広く認知されていることが示唆された。次に、PCAの概念理解について検討した結果、「中核3条件」や「受容と共感」のような基本的概念の理解が大半であり、その他の理論については認知度が低いことが示唆された。また、PCAの学習機会の少なさによる知識のアップデート不足、PCAの概念を他者へ伝えるための説明言語と伝達手段の確立、PCAを専門とする心理療法家だけでなく、他学派の心理療法家に対する学習機会の提供などの必要性について考察した。
著者
中田 行重 斧原 藍 白崎 愛里
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.10, pp.41-51, 2019-03

Person-Centeredの対話系に位置付けられるDave Mearnsは、心理的接触に関する概念「Working at Relational Depth(以下、WRD)」を発展させてきた。本稿は彼の著書である「Working at Relational Depth in Counselling and Psychotherapy」の一章を紹介し、考察を加えるものである。WRDは、6つの必要十分条件が全て高水準に存在するときに生じるものであり、Thの態度だけでなく、Clの応答も重要な要素の一つだとされる。Thの透明性と自己一致は基本であり、Thとしての役割ではなくその人そのもので出会っていく必要がある。一方 Clは、Thの共感や肯定を受け入れ、Cl自身も Thに開かれていこうとする姿勢が求められる。Relational depthでは、ThはClを理解し、ClはThに理解されていることを認識し、さらにThはClがそう認識していることをも理解している、ということが起こる。Mearnsは、こうした深い出会いの体験にこそ治療効果があると考えている。WRDは、セラピーの中でThがしっかりとした他者性を持ったありのままの自分であり続けることを要求する点で、同じく対話系である古典派の論とは大いに異なる。Thが自分自身でいることは、好き勝手に振る舞うこととは区別される。しかしその境目を見極めるのは難しい。本書ではMearns自身のTh体験がありありと開示されており、自分全体で応じるということが読者自身にとってはどういう態度であるのかを吟味するヒントになるだろう。
著者
角 隆司 越川 陽介 中井 美彩子
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.11, pp.33-43, 2020-03-15

本稿は心理援助職の個人的成長に関する先行研究を概観し、心理援助職が経験すべき訓練を検討すること、訓練に関するSD合宿の意義について考察を行うものである。心理援助職の成長についての先行研究から、個人的自己と職業的自己の統合が求められること、職業的発達には個人的・専門的領域での対人的経験が影響することなどが論じられている。また、個人的自己の成長に関しては、日本人は特に他者との繋がりの中で感じられる成長感が存在することが指摘され、グループ体験や教育カウンセリングなど体験学習を通じた訓練において自己理解や他者理解、他者との関係の変容が重要視されている。しかし、心理援助職の個人的成長という観点からそれらを検討した研究は本邦において見られず、訓練のあり方を再検討することの必要性が示唆された。そこで、これまでの職業発達に関する研究および合宿体験により得られた知見から、心理援助職の個人的成長を「Self-Development」と定義し、訓練の一方法として筆者らが実施してきたSD合宿についての意義について、体験を自己選択することによる自己理解の促進、成長の最接近領域に即した学び、対人的経験、グループの構造の観点から考察した。
著者
今林 優希 岡田 和典 岡田 朋美 川崎 智絵 中田 行重
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.6, pp.97-105, 2015-03-15

本稿は、精神科診療という指示的なセッティング(治療環境)でいかにして非指示的でいるかについて論考したSommerbeck(2012)の論文を要約し、そうしたセッティングにおける非指示的実践について考察することを目的とする。彼は、指示的なセッティングにおいてセラピストが非指示的に実践する自由を与えられている場合と、指示的な業務を課せられる場合のそれぞれについて、非指示的なセラピーのプロセスを守るためのガイドラインを提示している。ただ、Sommerbeck の提案は、パーソン・センタード・セラピーのセラピストの内なる考えとしては十分理解できるものの、それが対外的に明示できる内容なのかといった点や、パーソン・センタード・セラピーの理論として言語化できるものなのかといった点については疑問が残る。また、彼が示した様々な提案のいくつかについては、既に行っているセラピストが日本にもいると考えられるだろう。しかし、彼が論文でそうした実践について改めて言語化したことは評価に価することである。病院臨床はパーソン・センタード・セラピーにとって大きな関心事であり、Sommerbeck の論文はそれを考えさせてくれる有益な材料を提示している。
著者
小野 真由子
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
no.11, pp.67-76, 2020-03-15

本研究では、事例提供者の観点からPCAGIP法の効果を探索していくにあたり、事例提供者の体験をとりまとめ、PCAGIP法における体験の特徴を検討することを目的とした。PCAGIP法にて検討された2つの事例において、事例提供者の発言をKJ法にて分析した結果、事例提供者の体験は3つに分けられた。1つ目は、「見立てや登場人物の状況や関係性に関する情報を説明している体験」、2つ目は、「IP (Identified Patient) や支援対象者に対して事例提供者の想いを含んだ理解を伝えている体験」、3つ目は、「質問を通じて今ここで気がついて支援の方向性について話している体験」であった。考察では、PCAGIP法において、事例提供者の想いが自発的に言語化され、参加者に共有されていくという体験が特徴的であると推察された。また、事例提供者は想いを自発的に言語化していく体験を通して、自分なりの実感を伴ったヒントを見出すことが出来る点が、従来の事例検討法やインシデント・プロセス法と異なるPCAGIP法における特徴的な体験であると仮定された。特集 : パーソン・センタード・セラピーの展開
著者
白﨑 愛里 並木 崇浩 山根 倫也 小野 真由子
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.12, pp.93-103, 2021-03-15

本稿は、Schmid(2001)の"Acknowledgement: The art of responding. Dialogical and Ethical Perspectives on the Challenge of Unconditional Relationships in Therapy and Beyond" の紹介とそれに基づく考察である。Schmidは無条件の肯定的関心を、対話や出会いの哲学、社会倫理の視点に基づいて「承認」として再提起した。承認とは、他者の、具体的で、特徴的な、独自のあり方に開かれることを意味する。他者とは、同一化もコントロールもできない、私とは本質的に異なる存在である。それゆえ他者を知ること(knowledge)はできない。他者の他者性を破壊せず関係を結ぶには、ただ共感し、承認すること(acknowledge)である。また理解し得ない謎を含んだ、無限の他者こそが、自己の限界を克服する。他者に出会うには、何よりもまず、他者が真に「向こう側に立っている」と理解する必要がある。反対側に立たずして出会いはない。この隔たりが、他者を、自立的な価値ある個人として尊重する。Schmidの言う承認に基づくセラピーでは、セラピストは、自身の内的照合枠を脇に置くどころか、クライエントの影響を受けて自己を問いただしながら応答することになる。これはセラピー関係の中にTh自身を投入し、Th自身が変化することであり、まさに勇気が問われる在り方といえる。またSchmidは、「(承認が重要なのは)承認が実現傾向を育てるから、というだけではない。これこそがパーソン・センタードという在り方の表れなのだ」と述べ、パーソン・センタード・アプローチの本質にも迫っている。
著者
中田 行重 今林 優希 岡田 和典 川崎 智絵
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.6, pp.79-88, 2015-03-15

Person‒Centered Therapy(以後PCT と略す)において非指示性(Nondirectiveness)は重要であるが、同じPCT の内部においても、その重要さに関する考え方に違いがある。ここでは2 人の論客Cain, D. J. とGrant, B. との間で起こった論争を紹介する。まずCain が、クライエント(以後Cl と略す)の中には心理的成長の上でセラピスト(以後Th と略す)の非指示性が促進的でない場合にまで非指示性に拘るのはパーソン・センタードとは言えない、と論じる。それに対してGrant が、非指示性には道具的なそれと、原理的なそれとがあり、道具的非指示性がCain のようにCl の成長促進の道具として非指示性を活用するものであるのに対し、原理的非指示性はCl を尊重しているかどうかが焦点であり、原理的な方こそ、Client‒Centered Therapy(以後CCT と略す)の中心的な意義である、と主張する。それに対しCain は、Grant の言う原理的非指示性におけるCl への尊重という考え方は、Th という、いわば外側からの仮説に過ぎず、それが本当にCl にとって良いものかどうかは分からない、と批判する。これらの議論は、Cl の成長になるようにTh が対応を変えて対応すべきという主張と、Cl の成長をTh が判断するのではなく今のCl をそのまま尊重すべきという主張のぶつかり合いであり、CCT/PCT の本質を問うものである。両者の議論からは、こうした問いがPCT の今後も続く哲学的な大きな課題であろうことが示唆される。
著者
中田 行重 佐藤 春奈 白崎 愛里 須藤 亜弥子 中西 達也
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.6, pp.59-67, 2015-03-15

本稿は、体験的療法Experiential Psychotherapy 学派の論客であるLietaer, G. のUnconditionalPositive Regard: A Controversial Basic Attitude in Client-Centered Therapy(1984)を要訳し、彼の見解が古典派に与えた影響と今後のPCT の展望について考察するものである。Lietaer は、無条件の肯定的配慮を、肯定的配慮、非指示性、無条件性の3 因子に分けて論述している。中でも無条件性の重要性について論じており、この態度を、Rogers の価値の条件づけに言及しつつ、セラピーの中での「バランス拮抗力」「逆条件付け」と定義している。また、Th 自身へ開かれていること(openness)が自己一致であり、Cl へと開かれていることが無条件の受容であるとして両者の密接な関係について述べている。さらに、CCT の文脈における直面化に触れ、承認できないCl の行動についてはTh 自身の限界をフィードバックし直面化させること、直面化は、Th の受容を支えとしてCl が自己に直面するよう促す過程であることを論じ、無条件性と直面化は矛盾しない概念であると主張している。
著者
中田 行重 斧原 藍 白崎 愛里
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.9, pp.95-102, 2018-03-15

Rogersのパーソナリティ論は、治療論とセットになっており、自己(self)が体験とどのように関係するかが重視される。本稿はRogersのself理論を多元的に発展させたMearnsのconfigurationという概念を紹介し、考察を加えるものである。Configurationとは、(前)象徴化された感情・思考・行動の一貫したパターンであり、いくつものconfigurationの総体がselfであるとされる。他者からの取り入れや自己不一致の周辺にもconfigurationは発生し、同化・自己成就・再構築を繰り返しながら発展し続けるとMearnsは考える。多元性や流動性を強調した視点は、ThのCl理解や受容を助け、実践面での貢献は大きい。しかし、configurationという概念が却ってClへの見方を固定化させてしまう危険性があるなど、Thが留意すべき点もある。
著者
中田 行重 小野 真由子 構 美穂 中野 紗樹 並木 崇浩 本田 孝彰 松本 理沙
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
no.6, pp.89-96, 2015-03-15

古典的クライエント中心派の論客Freire, E. による無条件の肯定的配慮についての考え(2001)を紹介し、それについての考察を行った。Freire は、セラピストが自己を出来るだけ脇に置くほどプレゼンスを提供するという彼女独自の理論を基盤に、無条件の肯定的配慮が中核条件のうち最も重要であり、共感的理解と同じであるという、古典的クライエント中心派の考え方を解説している。その他、ここに紹介する論文は2 つの事例を掲載しており、無条件の肯定的配慮を具体的に考える上で刺激となる論文である。
著者
石田 陽彦
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.12, pp.49-58, 2021-03-15

医療モデルを基盤にしない地域臨床が存続するために、行政に働きかけることの重要性を論じ、筆者が携わってきたその具体的な実践例を提示した。その上で次のように考察した。国の施策および、その地域の行政の進み具合など社会的・政治的な動向にも関心を持ち、理解しておくことが必要である。その一方で、その地域で働き、実績を目に見える形で蓄積し、行政の信任を得る必要がある。それによって政策について理解のある行政職に働きかけるなどして、専門的な提案を行政が分かるように持ちかけることが重要である。また、同じ地域で働く他の心理職を支え、育てることも重要である。他の職種との連携においても「リファー」という名のたらい回しではなく、「縦にも横にも切れ目のない支援を行う」ために責任をもって協働し合える他の職種と信頼関係を築くことが求められる。これらをどう教育に組み込むかが今後の課題である。
著者
樋口 隆弘 湯浅 龍 石田 陽彦
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
no.10, pp.21-25, 2019-03

私たちは、発達障害児のレジリエンスの向上を目指したキャンプを実施し、レジリエンスの構成要素である社会性などを下位尺度に含む、The Strengths and Difficulties Questionnaire (SDQ) を用いて、キャンプ前後の子どものレジリエンスの変化を、子ども自身、保護者、観察者がそれぞれ評定した。その結果、向社会性得点の平均値は、子ども自身、保護者、観察者それぞれの評定で変化は見られなかったが、保護者と観察者から見た子どもの困難さ得点の平均値が有意に低下した。ただし、三者間において、子どもの困難さと向社会性得点の平均値に差が見られた。困難さにおいては、保護者と観察者を比較して、保護者は子どもの困難さを強く捉えていた。向社会性においては、保護者と観察者の他者評価と比較して、子ども自身の自己評価が高かった。つまり、子ども自身は、他人の気持ちを考えて行動しているつもりでも、実際はそのような行動を取れていない場合があるなど、発達障害特性の一面が出ていると考える。子どもの困難さや向社会性を多角的に評価し、三者間の評定の違いを明らかにすることで、その後の子どもや保護者への支援に活かすことができる可能性が示唆された。
著者
阿津川 令子
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.12, pp.59-68, 2021-03-15

Tedeschi, R.G.とCalhoun, L.G.によって発表された心的外傷後成長(posttraumatic growth = PTG)は、「トラウマティックな出来事、すなわち心的外傷をもたらすような非常につらく苦しい出来事をきっかけとした人間としての心の成長」と定義づけられている(Tedeschi & Calhoun, 1996)。PTG は彼らによって、その理論モデルの構築や尺度構成も成されており、昨今はトラウマ研究の分野やポジティブ心理学の文脈のなかで散見されるようになってきた。今日までさまざまな対象者に関する研究が蓄積されてきているが、アルコール依存症からの回復者のPTG研究はほとんど見当たらない。本研究では、公刊されている図書を利用し、A.A.メンバーであるアルコール依存症者7名分の回復手記のなかに表現されている「変化・成長」をPTG の視点から分析・検討した。アルコール依存症からの回復者の手記には、PTGに該当する表現が多数見られた。森田・一丸・大澤ら(2017)を参考に、KJ法的手法でカテゴリー化を行った結果、『自身とのつながり』『ソブラエティ(素面)を生きる』など6個の大カテゴリーを得ることができた。結果をもとに、アルコール依存症者の回復手記に表現されたPTGの特徴について考察するとともに、PPTG(Post-Posttraumatic Growth)についても考察を加えた。
著者
岡田 弘司
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.11, pp.23-32, 2020-03-15

近年、本邦の医療では安全で質の高い医療サービスを提供するために、多職種で実践されるチーム医療が推進されている。一方、2017年に公認心理師法が施行され、2019年には心理専門職として初の国家資格保有者が誕生し、チーム医療への幅広い貢献が期待されている。本稿では本邦における精神科リエゾンを中心にしたチーム医療の中で心理専門職の活動の動向を捉えたうえで、今後、身体科のチーム医療などで心理専門職がどのように貢献し、そのためにはどのような課題があるのかを主に過去10年間の文献を用いながら検討した。心理専門職のチーム医療での展開として、がん、糖尿病をはじめとする慢性疾患や救急、周産期医療など幅広い疾患や対象に活動が求められ、患者や家族、医療スタッフそれぞれに直接的、間接的に専門技能などを講じていく役割に加え、医療やケアの場全体を下支えする役割が重要であると考えられた。またこれらの役割を実行して行くためには、専門性の向上はもちろんのこと、他の職種と積極的にコミュニケーションをとる社会性の発揮や、医学的知識の修得、多職種協働のための知識とノウハウの学習などが重要であると示唆された。
著者
小野 真由子 並木 崇浩 山根 倫也 中田 行重
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
no.10, pp.65-73, 2019-03

本論文ではリフレクションについて内的統合モデル (The assimilation model) という新たなモデルから検討された Goldsmith et al. (2008) の論文を紹介し、Person-Centered Therapy(以下、PCT)にもたらした新たな知見に関して若干の考察を述べる。内的統合モデルとは、自己は多様な内なる声を持つと想定し、それぞれの声は経験の布置や在り方を象徴していると捉えている。Goldsmith et al. (2008) は、Therapist(以下、Th)のリフレクションによってThとClient(以下、Cl)の間に、そしてClの内的な声の間に理解の架け橋が構築され、Clの問題のある内的な声が統合されるプロセスにつながったと主張している。Goldsmith et al. (2008) の主張から、PCTのリフレクションのメカニズムに関して新たな知見を提供している点や、リフレクションの受容的側面の重要性を考察した。また、Clの体験が明らかにされPCTの理論が発展していく課題として、Thが技法的な関わりになってしまうことを挙げた。特集:パーソン・センタード・セラピーの展開
著者
中田 行重 今林 優希 岡田 和典 川崎 智絵
出版者
関西大学臨床心理専門職大学院 心理臨床センター
雑誌
関西大学心理臨床センター紀要
巻号頁・発行日
vol.6, pp.79-88, 2015-03-15

Person‒Centered Therapy(以後PCT と略す)において非指示性(Nondirectiveness)は重要であるが、同じPCT の内部においても、その重要さに関する考え方に違いがある。ここでは2 人の論客Cain, D. J. とGrant, B. との間で起こった論争を紹介する。まずCain が、クライエント(以後Cl と略す)の中には心理的成長の上でセラピスト(以後Th と略す)の非指示性が促進的でない場合にまで非指示性に拘るのはパーソン・センタードとは言えない、と論じる。それに対してGrant が、非指示性には道具的なそれと、原理的なそれとがあり、道具的非指示性がCain のようにCl の成長促進の道具として非指示性を活用するものであるのに対し、原理的非指示性はCl を尊重しているかどうかが焦点であり、原理的な方こそ、Client‒Centered Therapy(以後CCT と略す)の中心的な意義である、と主張する。それに対しCain は、Grant の言う原理的非指示性におけるCl への尊重という考え方は、Th という、いわば外側からの仮説に過ぎず、それが本当にCl にとって良いものかどうかは分からない、と批判する。これらの議論は、Cl の成長になるようにTh が対応を変えて対応すべきという主張と、Cl の成長をTh が判断するのではなく今のCl をそのまま尊重すべきという主張のぶつかり合いであり、CCT/PCT の本質を問うものである。両者の議論からは、こうした問いがPCT の今後も続く哲学的な大きな課題であろうことが示唆される。