著者
市野 隆雄 栗谷 さと子 楠目 晴花 平尾 章 長野 祐介
出版者
国際環境研究協会
雑誌
地球環境 (ISSN:1342226X)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.71-78, 2014

温暖化によって,高山植物は将来的に消失の危機にさらされるだろうといわれている。一方,高山植物だけでなく,その下方に位置する山岳植物も「高地型」と「低地型」に分化し,それぞれが独自の遺伝的固有性をもつ「保全すべき単位」である可能性がある。そこで筆者らは,高地型と低地型の間で遺伝的分化があるか,また高地型と低地型の生殖隔離に関与する花形質が生態的に分化しているかどうかについて,3種の草本植物を対象に検討した。本稿では,これらの個別研究の成果をまとめて紹介する。サラシナショウマは,遺伝的にも生態的にも標高間で3 つの送粉型に分化していることが明らかになった。ヤマホタルブクロおよびウツボグサでは,標高が上がるにつれて花サイズがおおむね小型化していたが,この小型化は標高そのものに影響されたものではなく,分布する送粉マルハナバチ類のサイズに適応した生態的分化の結果であることがわかった。これらの結果から,温暖化にあたって保全すべきなのは,これまでひとくくりにされていた山岳植物「種」とは限らず,より細かく分化した「生態型」である可能性が示唆された。
著者
市野 隆雄
出版者
信州大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2006

1. まず、クヌギクチナガオオアブラムシを野外で飼育するための装置の開発に成功した。クヌギ幹上に通風性の高い小型のプラスチックケージをとりつけ、毎日容器内にたまった甘露を取り除くことで,安定的にアブラムシを生存,繁殖させることに成功した.これを用いて長野県各地から採集してきた別クローン由来のアブラムシコロニーを隔離累代飼育して繁殖させた.2. 次に,多数の2齢虫,3齢虫,4齢虫および成虫に個体識別マークをほどこし,各個体について,経日的に甘露分泌量を測定した.得られた甘露分泌量のデータをクローン間,クローン内に分けて分散分析した結果,甘露分泌量にクローン間での遺伝分散が存在することを明らかにした。このことは、アリの選択的捕食によってアブラムシの甘露分泌量が進化する可能性を示すものである。なお、上記の実験から得られた甘露分泌量の遺伝率は比較的低かった。これは野外飼育系であることから,環境分散の影響が大きかったことが影響したものと考えられる.3. アリが,自身の化学物質をアブラムシに塗りつけていることを、両者の体表面炭化水素の化学分析から明らかにした.アリとアブラムシが共有している体表面化学物質の中には,アブラムシ自身が分泌する「アリに似せた化学物質」と,アリがアブラムシに塗りつける「マーキング物質」の両方があることを,アリ非随伴アブラムシとの比較から明らかにした。一方、あるアリコロニーに随伴されていたアブラムシを別コロニーのアリに随伴させると有意に捕食率が上がることを示した。これらの結果は、自コロニーのマーキング物質の多寡によってアリが捕食対象のアブラムシを決めている可能性を示唆するものであり、アリによる「育種」の具体的な実現メカニズムの一端を示す結果である。
著者
楠目 晴花 市野 隆雄
出版者
ツムラ
雑誌
植物研究雑誌 (ISSN:00222062)
巻号頁・発行日
vol.88, no.3, pp.176-181, 2013-06

Cimicifuga simplex (Ranunculaceae) has been classified into several morphs or races based on external morphology, pollinator guild, or genotype. However, no attempt has been made to elucidate whether the subdivisions based on the different characters are congruent or not. Here, we genotyped the three pollination morphs reported previously, and found that they were genetically differentiated and each morph consistently corresponds to one of the seven ITS genotypes described in a different study. The three morphs were distributed parapatrically or allopatrically along altitudinal gradients. In accordance with the genetic differentiation of the pollination morphs, the degree of pubescence of leaf margin was found to be a diagnostic external character to discriminate pollination morph II from morphs I and III.
著者
井上 民二 ABANG A.Hami LEE Hua Seng 市岡 孝朗 山岡 亮平 永益 英敏 加藤 真 湯本 貴和 HAMID Abang.A LEE HuaSeng 寺内 良平 HAMID Abang 山根 正気 市野 隆雄
出版者
京都大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

1.植物フェノロジー調査:林冠調査区の樹木、つる、着生などの植物に個体識別コードをつけ(約600本)、花芽形成から開花、結実にいたる繁殖ステージと、展葉の生長ステージの記録を月2回、1992年から4年間継続しておこなった。その結果、展葉には多くの種でかなりの周期性がみられることが明らかになった。非一斉開花期の開花は年中を通してあまり変化がないが、3-4月ごとにやや多いこともわかった。また1996年2月から半年にわたって起こった一斉開花では、モニターしている樹木550個体のうち381個体(69.3%)、種数にして192種のうち66種(34.4%)をはじめとした189属402種の開花の開始から終了までを記録した。2.昆虫個体群トラップ調査:林冠調査区の4ヵ所(林床、中木層17.4m、高木層35m、および林冠ギャップの地上部)に誘蛾灯(UVライト)による採集を月1回、1992年から4年間継続しておこなった。4年間に採集した昆虫の総数は500万頭に及ぶ。その採集標本の同定と結果の解析を現在、行っている。3.動植物共生系調査:1996年2月から始まった一斉開花で107属160種の植物について送粉者を確認した。そのほとんどは、これまで4年間に開花の記録がない種である。その結果、マレー半島部では、アザミウマによって花粉を媒介されるとされていたShorea属は、サラワクでは甲虫、とくにハムシ類によって花粉媒介されることが明らかになった。この一斉開花以前に、Lambirで鳥媒であるとされてきたのは、228種の樹木のうちのGanua sp.(Sapotaceae)1種のみ(Momose & Inoue 1994=しかも間違い)、3種のヤドリギ(Loranthaceae)(Yumoto 1996)、7種のショウガ(Zingiberaceae)(Kato 1996,酒井 修士論文)に過ぎず、しかも送粉者はクモカリドリ2種(Nectariniidaeの1亜科)にほぼ限られていた。しかし、今回の一斉開花でDurio3種(Bombacaceae)、属未同定ヤドリギ(Loranthaceae)、Tarenna1種(Rubiaceae)、Madhuca1種、Palaquium2種(ともにSapataceae)が新たに鳥媒であることが確認され、送粉する鳥もクモカリドリ4種、タイヨウチョウ1種(Nectariniidae)、ハナドリ2種(Dicaeidae)、コノハドリ1種(Irenidae)、また盗蜜/送粉者としてサトウチョウ(Psittacidae)の関与が明らかになった。コウモリ媒は以外と少なく、Fagraea1種(Loganiaceae)が確認されたに留まった。さらにGanua sp.(Sapotaceae)では、リス/ムササビ媒というまったく新しい送粉シンドロームが見い出された。これは花弁と雄ずい群が合着し、肉厚の器官を成し、それ自体、糖度15%と甘い報酬となっている。花蜜は分泌しない。花弁/雄ずい群が花床からすぐに離脱するのにかかわらず、雌ずいは非情に苦く、落下しにくい。リスとムササビが頻繁に、かつ執拗に訪花し、花弁/雄ずい群を外して食べるうちに、前肢や口のまわりに花粉をつけるのが観察された。また、フタバガキ科などの突出木を中心に種子散布と種子捕食の過程の調査を行った。4.植物繁殖システム・遺伝構造調査:フタバガキ科Dryobalanopsis属、Shorea属植物とショウガ科植物のDNAサンプルの採取を終了し、現在分析中である。5.動植物標本管理と分類学:これまでの4年間で採集できなかった植物の花と果実の標本を今回の一斉開花で得ることができた。昆虫標本も、送粉者、種子捕食者を中心に整備が進んだ。6.研究成果の出版:調査結果は現在順調にそれぞれの学術雑誌に投稿され、出版されている。年度末に英文の報告書を出版する予定である。