著者
平石 直昭
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.9-35, 2006-09-30

天皇制を軸とする「国体」は戦前には国民的同一性を担保していたが, 敗戦はその統合力を奪い同一性の危機が現出した.一群の知識人は普遍的原理にたつ新国民精神の創造を追求したが, 少数派に止まった.50年代以後の日本は, 安全保障を日米安保にゆだねつつ経済成長を優先した.しかし冷戦の終結と湾岸戦争の勃発はその見直しを迫り, 55年体制の再編と「国際貢献」や改憲の必要が問われた.同時期, 経済のグローバル化を背景に中国の改革開放が本格化し, 韓国の民主化が進んだ.それは東アジア三国の交流の密接化と, 他面での排他的傾向の増大をもたらした.また国民の加害責任を問う論調の高まりは, 日本近代史の全面肯定をめざす新史観を生んだ.さらに戦後の都市化と大衆社会化, とくに80年代以後のバブル経済とその崩壊を背景として, 家族や企業は社会的紐帯としての力を失い, 個人の原子化と自己同一性の危機が広まった.本稿は現代日本の「ナショナリズム」を, 上記のような諸要因の交錯の中で捉えようとするものである.
著者
坂野 潤治 馬場 康雄 佐々木 毅 平石 直昭 近藤 邦康 井出 嘉憲
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1988

本研究は昭和62年度の総合研究「政治過程における議会の機能」の成果を前提にしつつ対象を限定し、議会政の成立・発展の歴史過程を社会経済的・思想的背景との関連でより詳細に検討することを目的とした。研究目的の性格から研究対象が各人の得意とする分野に細分化されるおそれがあったが、その欠を補うために、比較の観点を意識的に打ち出し、そのために異なった分野を対象とする研究者から成る研究会を頻繁に行って意見交換をすることに留意した。主たる研究発表の場である「比較政治研究会」は東京大学社会科学研究所において月一回のペースで行われた。そのさいメンバー以外の研究者も招いて発表をお願いした(福沢研究の高橋眞司氏他)。この研究のメンバーはほぼ一巡して報告を終えたが、主な研究は次のようなものである。まず日本については、坂野が明治憲法体制の成立史という永年の研究視角を深め、植木や兆民との対比において福沢を経済的保守主義の源流として批判的に位置づけた。一方平石はイギリス的議院内閣制の導入における画期的意義を福沢に認め、福沢が用いたバジョット・トクヴィルら西欧政治思想との関連において日本啓蒙思想を読解する視角を示した。西欧に関しては、馬場がイタリアにおける普通選挙法成立の政策過程と権力過程の分析を通じて第一次大戦前のイタリア議会政の構造を明らかにした。また佐々木はシヴィック・ヒューマニズムやスコットランド啓蒙との関連からフェデラリストのアメリカ憲法論を精読し、理念が時代状況のなかでいかに制度に結晶するかを跡づけた。森はヘーゲル学派を材料にドイツ自由主義の特色とその挫折とを検討した。以上の研究成果はその一部がすでに公刊され、他も発表誌未定ながら公刊を想定している。研究の性格上統一的な結論めいたものはあり得ないが、今後ともこの方向で研究を深めてゆきたいと考える。