著者
中里見 博
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.39-69, 2007-02-20

女性の性売買は, 深刻な性的不平等であるにもかかわらず, 今日継続されている.売買春は, その内と外の女性に対する暴力の誘発, ジェンダーの再生産, ジェンダー化されたセクシュアリティの構築という実質的な意味で性差別の制度的実践にほかならない, 売買春を「性的サービス労働」の売買とみなす「性=労働」論は, 売買春の現場で行なわれている性的使用=虐待を「サービス労働」と称して正統化するものである, 性差別・性暴力と対抗してきた性的自己決定権という人権は, 売買春に適用されて変質した.それは売買春を雇用労働とすることを否定するが, 自営業の売買春を否定できず, 合法化する働きをなしうる.しかも自営売春業の合法化は売買春による差別・被害を全社会規模で拡大することになる.元来性的自己決定権と一体であったにもかかわらず矮小化され喪失された性的人格権を復位させる必要がある.そうすることで買春行為は, 金銭で性的人格権を買い取る違法な行為と評価することができ, 例えばスウェーデンでは実現している買春者処罰法のような売買春禁止法への展望が拓けるであろう.
著者
名武 なつ紀
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3/4, pp.81-99, 2007-03-09

本稿の課題は, 不動産業の基礎的条件である土地所有構造を, 高度成長期の大阪都心部を事例に明らかにすることである.この点の解明については, その重要性が認識されつつも, 資料的制約から研究蓄積が乏しかった.本稿では1955年と1975年の土地台帳と土地登記簿の悉皆調査を試みることで, 分析をすすめる.その結果, 高度成長期の前半においては, 大企業による土地集中が進行したが, 後半に至って, 大阪都心部の土地取引が沈静化したことが明らかとなる.この土地所有構造固定化の要因を, 都市の高層化に伴う土地の需要者と供給者の条件変化から浮き彫りにする.
著者
平石 直昭
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.9-35, 2006-09-30

天皇制を軸とする「国体」は戦前には国民的同一性を担保していたが, 敗戦はその統合力を奪い同一性の危機が現出した.一群の知識人は普遍的原理にたつ新国民精神の創造を追求したが, 少数派に止まった.50年代以後の日本は, 安全保障を日米安保にゆだねつつ経済成長を優先した.しかし冷戦の終結と湾岸戦争の勃発はその見直しを迫り, 55年体制の再編と「国際貢献」や改憲の必要が問われた.同時期, 経済のグローバル化を背景に中国の改革開放が本格化し, 韓国の民主化が進んだ.それは東アジア三国の交流の密接化と, 他面での排他的傾向の増大をもたらした.また国民の加害責任を問う論調の高まりは, 日本近代史の全面肯定をめざす新史観を生んだ.さらに戦後の都市化と大衆社会化, とくに80年代以後のバブル経済とその崩壊を背景として, 家族や企業は社会的紐帯としての力を失い, 個人の原子化と自己同一性の危機が広まった.本稿は現代日本の「ナショナリズム」を, 上記のような諸要因の交錯の中で捉えようとするものである.
著者
宇野 重規
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.99-123, 2006-09-30

90年代前半には, それまでの「社会科学」像を支えていた認識枠組みそのものを問い直す動きが活発化した.本稿は, このような動向を, 1993年から94年にかけて刊行された『岩波講座 社会科学の方法』の諸論文を素材に検討する.その際, 重要な論点となるのが, 戦後社会科学の初期条件であり, とくに日本資本主義論争と総動員体制の影響をめぐる諸議論を検討する.また, その時期に設定された, 「近代西欧」との対比で「日本」を論じる問題意識についての批判的考察についても, 検討する.これに対し, 「社会学の時代」と称されることのある90年代後半以後における社会科学の展開は, 90年代前半における社会科学の見直しの結果と必ずしも直結していないことを論じた上で, 最後に, 両者の成果を結びつけ, 社会のトータルな把握とそれに基づく批判的な知的営為としての社会科学という課題を提示する.
著者
苅部 直
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.37-46, 2006-09-30

天皇論という視角から見た場合, 日本社会の1990年代は, その前代との変化が大きいのに比べて, そのあと, 2000年以降との違いはあまりなく, 90年代における特徴が, いまも持続していると言ってよい.言論界においては, かたやナショナリズムの復活を声高に唱える声, そして他方ではそうした動向を警戒する議論が盛んで, 天皇論も対立点の一つとなっている.だが論壇での議論の熱さに比べ, 社会一般の皇室に対する感情は, むしろ希薄なものと言ってよく, そのことがかえって.ナショナリズムと政治意識との関係に, ある不安定性をもたらしているのである.
著者
加瀬 和俊
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:3873307)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.125-155, 2006-09-30

戦前日本に失業保険制度は存在しなかったが, そのための諸構想は存在し, その一部は法案として議会に提出された.また, 失業保険形態の給付制度は小規模なものではあれ大都市自治体によって実施された.本稿は, それらの諸構想・諸制度を比較し, 諸構想が英独等の制度を参考にしながらも日本資本主義に許容可能な種々の制度的工夫を案出していたことを確認した.実施された日雇共済制度については, 保険形態をとりつつも実質的には公的扶助であり, 赤字削減のための制度的工夫が制度の利用減と休眠化を招いたプロセスを示した.また1920年代には貯蓄奨励制度的な失業給付を容認していた資本家団体が, 1930年代には失業保険形態をとる全制度に反対するにいたった経過を明らかにした.