著者
井上 靖悟 大高 洋平 小田 ちひろ 後藤 悠人 守屋 耕平 工藤 大輔 近藤 国嗣 松浦 大輔
出版者
日本転倒予防学会
雑誌
日本転倒予防学会誌 (ISSN:21885702)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.47-54, 2017-03-10 (Released:2017-09-25)
参考文献数
15
被引用文献数
1

【目的】本研究の目的は,新人理学療法士に対する転倒予防の新たな教育プログラムが,リハビリテーション病院の理学療法中の転倒を減少させるのかについて検討することである。【方法】2011年4月から2016年3月の5年間に理学療法中に発生した転倒事例について後方視的に調査を行った。2014年4月より新しい理学療法士の新人教育プログラムを導入し,その前後の転倒発生の変化について調査した。新しく導入したプログラムは,理学療法中の過去のインシデントを基に,各動作における環境設定や介助方法などリスク管理に必要な注意点を細分化したリストを活用した実践型プログラムである。指導者はリストの各項目について説明を加えながら実際の動作を見せることで新人の指導を行い,新人は指導者の行う場面の見学,そして模倣を繰り返した。また,指導者は随時実施内容の修正やフィードバックを与え,新人の技術向上を図った。経験段階をすべての項目についてチェックし,最終的にすべての技術を1人で実践できることを目標とした。この教育研修プログラムを,新人教育期間である4月から6月の3か月間にわたり理学療法科全体で実施した。 年間転倒件数および理学療法士1人あたりの年間転倒発生件数,転倒時動作の種類,転倒時動作の自立度について,新しい教育プログラムを導入した前後で比較した。【結果】新人理学療法士の数は,平均±標準偏差にて,教育プログラム導入前10.0±1.7名,導入後9.5±2.1名と大きな変化を認めなかった。新人理学療法士の平均転倒件数は,導入前は10.7±2.5件,導入後は5.0±1.4件と半減し,理学療法士1人あたりの平均年間転倒発生件数も,導入前1.1±0.1件,導入後0.5±0.5件と半減した。転倒時動作の種類は歩行が一番多かったが,教育プログラム導入後は,そのうち介助歩行の患者の転倒が減少する傾向を示した。【結論】新人理学療法士に対する動作ごとのリスク管理のリストを用いた現場教育は,理学療法中の転倒件数の減少に有効である。
著者
村神 瑠美 倉山 太一 後藤 悠人 谷 康弘 田所 祐介 西井 淳 近藤 国嗣 大高 洋平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】中枢神経系は複雑な歩行制御を,速度に依らない特定のシナジーを用いて簡易化し,恒常的な制御を行うとされている。Ivanenko(2006)らは健常成人の32個の下肢・体幹・肩の歩行筋活動パターンの90%以上が,わずか5つの因子で説明でき,さらにその因子は一定の速度範囲において不変であると報告した。しかし一方で,極端に遅い速度域で健常者が歩行した場合,歩幅や歩行率などの変動性が増大することから,極低速域では恒常的な歩行制御が成立しない可能性がある。脳卒中患者ではそのような低速度域で歩行している場合も多く,歩行介入を考えた場合,極低速域における歩行制御に関する知見は重要な意味を持つと考えられる。そこで本研究では極低速域における歩行制御を筋活動の側面から明らかにすることを目的に,健常者を対象として通常速度域から極低速域における筋電解析,運動学的解析を行った。【方法】対象は健常成人男性20名(26.8±4.53[歳],体重64±8[kg],身長1.72±4.31[m])とした。計測課題は10,20,40,60,80,100[m/min]の6条件でのトレッドミル歩行を擬ランダムな順序で実施した。表面筋電計(Trigno,DELSYS)にて,歩行中の体幹・下肢16筋(外腹斜筋,腹直筋,大腿直筋,外側広筋,長腓骨筋,前脛骨筋,ヒラメ筋,腓腹筋外側頭,半腱様筋,大腿二頭筋,脊柱起立筋,中殿筋,大殿筋,大腿筋膜張筋,縫工筋,長内転筋)を測定した。運動学的指標として歩幅,歩行率などを三次元動作解析装置(Optotrak,NDI)を用いて計測した。筋電解析は,最初に各速度における各筋の表面筋電図について,1歩行周期で正規化し,20歩行周期分の加算波形を作成した。続いて,被験者ごとに得られた16筋の加算波形に対して速度ごとに主成分分析を行い,固有値0.5以上の主成分波形を抽出した。更に速度60[m/min]の主成分波形と,その他の速度の主成分波形の間で相関係数を算出,正規化(Fisher-Z変換)した数値を各波形の類似度とした。運動学的解析については,歩行比(歩幅/歩行率)を算出した。統計は,主成分波形の類似度,及び歩行比について,速度を因子とした一元配置分散分析を実施し,有意差が得られた場合に下位検定として各速度間での多重比較(paired-t検定)を実施した。有意水準は5%とした。解析および統計にはMatlab 2012aならびにSPSS 19.0を用いた。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は当院倫理委員会にて承認され,全対象者に内容を説明後,書面にて同意を得た。【結果】主成分分析の結果,平均で5.1個の主成分が得られた。主成分波形の類似度(相関係数のz値)は,第1主成分では極低速域(10,20[m/min],<i>z</i>=0.8)が他の速度域(<i>z</i>=0.9~1.1)に比べ有意に低下した(<i>p</i><.05)。第2~第4主成分では10[m/min]でそれぞれ<i>z</i>=0.6,<i>z</i>=0.5,<i>z</i>=0.4であり他の速度(<i>z</i>=0.7~1.1,<i>z</i>=0.6~0.9,<i>z</i>=0.5~0.8)と比べ有意に低下した(<i>p</i><.05)。第5主成分においては全速度間で有意差はみられなかった(<i>z</i>=0.3~0.6)。歩行比については,60[m/min]以上ではほぼ一定(0.0051~0.0056[m/steps/min])の値を示したが,低速域では10,20[m/min]でそれぞれ0.0093,0.0066[m/steps/min]と速度が低下するにつれて有意に増加した(<i>p</i><.05)。また極低速域では,歩行比の変動係数が10,20[m/min]でそれぞれ0.38,0.26となり,通常速度(0.15~0.17)と比べて増加傾向であった。【考察】極低速域における筋活動の主成分波形は,通常速度域とは有意に異なった。このことから通常速度でみられる恒常的な筋活動パターンは,極低速域では成立しないことが示唆された。特に20[m/min]以下の速度では,主成分波形の類似度が他の速度よりも有意に低下し,また運動学的な観察においても,歩行比が有意に増大し変動性も増加傾向にあったことから,これ以下の速度では歩行の恒常性が維持されず,通常速度域とは異なる歩行制御がなされていることが推察された。以上の知見より,極低速域にて歩行する患者への歩行介入において,いわゆる正常歩行パターンを適用することが好ましくない可能性を示した。【理学療法学研究としての意義】低速歩行に関して,従来のメカニズムとは異なる可能性があるという示唆が得られ,脳卒中患者など超低速歩行で歩行する病態へのアプローチにおける基礎的な知見を提供した。