著者
桑澤 実希 北川 昇 佐藤 裕二 赤坂 恭一朗 金原 大輔 瀬沼 壽尉 吉岡 達哉 石橋 弘子 今井 智子 新井 元 杉山 雅哉 吉江 正隆
出版者
Showa University Dental Society
雑誌
昭和歯学会雑誌 (ISSN:0285922X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.387-390, 2004-12-31
参考文献数
6
被引用文献数
3

超高齢社会を迎えるなかで, 高齢者のQOLを支えるためには口腔の管理と口腔ケアが不可欠と考えられる.ここに大田区の特別養護老人ホームにおける昭和大学歯科病院の訪問歯科診療の実態と2003年度の訪問歯科診療の概要について報告する.我々は1998年より同施設の依頼により訪問歯科診療を開始した.現在は毎週木曜日の15 : 30~17 : 30まで, 歯科医師4名と歯科衛生士1名で往診を行っている.2003年度の歯科診療は同施設と歯科病院外来の合計で200件, 口腔衛生指導は226件で, 全ての合計は426件であった.2003年度の歯科診療は義歯に関するものが105件と半数近くを占めた.次いで, 歯科医師によるスケーリングなどの歯周治療が61件, 残存歯の削合や充墳処置など保存関連の治療が14件であった.他には, 抜歯・摂食相談・粘膜疾患など多岐にわたった.これより, 訪問歯科診療には各専門科の連携が必要であることが示唆された.歯科病院外来での治療は通院が必要かつ可能な場合においてのみ行われた.通院件数は43件あり, 内容は義歯の製作と充填処置・抜歯処置であった.しかし, 歯科病院への通院は入居者・施設職員ともに大変な負担を強いることとなるので, 今後は施設内でより高度な歯科治療を提供できるように診療器材を充実させる必要があると考えられた.
著者
新井 元
出版者
国際基督教大学
雑誌
国際基督教大学学報. I-A 教育研究 = Educational Studies (ISSN:04523318)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.77-89, 2012-03-31

2006 年,岐阜市議会において,市長が市立岐阜商業高等学校を学校法人立命館に移管する計画を公表した。この突然とも言える提案は政党各派の分裂を生み,同市議会の内外で数年にわたる混乱をもたらした。2007 年,市教育委員会が正式に市岐阜商高廃止の方針を打ち出したが,翌2008 年に議会は立命館誘致を否決。その直後,市長は民意を問うとして辞職し,2009 年の出直し選挙で再選されたものの,市議会は22 対21 で再び立命館誘致を否決した。教育改革として語られるべきテーマが政争の具と化したなか,市教委の同校廃止方針は市長の意向を受けたものとする批判がなされる。1956 年以降,日本の教育委員は自治体の首長によって任命されており,教委の独立性の実現は難しい。こうした1956 年体制下で,体制側に対峙する教委を見る事は難しいだろう。1970 年代以来,高校全入時代を迎えた日本では,ほとんどの人々が高校に進学するようになったが,その一方で,少子化や産業構造の変化に伴い,高校の意味するものも変わって来た。岐阜市のケースは,決して一地方の問題なのではなく,日本全体が今抱えている教育改革の構造的な難しさを意味している。In 2006, the mayor of Gifu city in the Chubu region of Japan introduced a plan in the City Assembly to transfer the jurisdiction of Municipal Gifu Commercial High School to a private school corporation: Ritsumeikan. This rather abrupt proposal caused consternation within and beyond the city assembly lasting years. There ensued internal strife among political groups in the municipal assembly. In 2007, the city Board of Education decided on the policy of closing the municipal high school. However, a plan to attract Ritsumeikan was voted down by the municipal assembly, in 2008. The mayor resigned to consult the electorate and the will of residents. Though the mayor was returned the next year, the Ritsumeikan plan was rejected again, 22 to 21 by the municipal assembly. The issue of local educational reform was embroiled in political strife and the Board of Education's school closure policy was thought to be merely an endorsement of the mayor's policy. Since 1956, as members of the Board of Education in Japan are appointed by the heads of local government the independence of the boards has been always been in imminent crisis and it is difficult to see a board of education defying a city hall under the 1956 system. Since the 1970s, almost all children in Japan enter upper secondary school. However, due to the dwindling birth rate and change of industrial structure etc., the meaning of high school has changed. The Gifu city case is a local but also urgent matter with wider implications in Japan relating to the structural difficulty of educational reform.
著者
佐埜 勇 川岸 直樹 阿部 道夫 土屋 誉 里見 孝弘 新井 元順 九里 孝雄 渡部 秀一 伊藤 順造 佐々木 幸則 児山 香
出版者
一般社団法人日本消化器外科学会
雑誌
日本消化器外科学会雑誌 (ISSN:03869768)
巻号頁・発行日
vol.25, no.10, pp.2530-2534, 1992-10-01
被引用文献数
1

肝細胞癌を合併した非常にまれな抗ミトコンドリア抗体陰性の早期の無症候性の原発性胆汁性肝硬変症の1例を報告する.症例は71歳の男性で,近医で肝細胞癌を指摘され当院に手術目的で紹介入院.入院時自覚症状なく黄疽,貧血を認めず.腹部所見で心窩部に手拳大の腫瘤を触知するほか異常所見なし.血清学的検査では胆道系酵素が上昇し,HBs抗原陰性,HCV抗体陽性だった.腫瘍マーカーは正常範囲内だった.免疫学的検査ではIgMのみが軽度高値を示したほか正常であった.腹部超音波検査,コンピューター断層撮影,血管造影にて肝左葉外側区域の直径7.0cmの肝細胞癌と診断し,肝左葉外側区域切除術施行.病理学的検査では,腫瘍部は高分化型のEdmondson II型の肝細胞癌で非腫瘍部には細胆管の増殖と中等大以下の小葉間胆管に炎症像のみらねるstage 2の早期の原発性胆汁性肝硬変症と診断.経過順調で現在外来通院中である.