著者
村部 義哉 高木 泰宏 上田 将吾 加藤 祐一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0372, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】複合性局所疼痛症候群(CRPS:Complex Regional Pain Syndrome)の発症メカニズムとして,視覚と体性感覚といった異種感覚情報の不一致(sumitani 2009)が報告されている。しかし,下肢は視覚的に制御される機会に乏しいため,主に足底での皮膚感覚や下肢の各関節での深部感覚などの複数の体性感覚といった同種感覚情報により制御されており,これらの不一致が下肢のCRPSを誘発している可能性がある。今回,下肢のCRPSを呈し,異種感覚情報の一致を意図した治療介入では改善が停滞した症例に対して,同種感覚情報の一致を意図した治療介入へと変更したところ,更なる症状の改善を認めたため報告する。【方法】対象は恥骨骨折受傷後,保存療法にて4ヶ月が経過した90代女性。下腿前面から足背部にかけて皮膚の発赤や光沢化を認め,同部位にはアロディニア様症状による接触時痛を認めた。浮腫による足関節の可動域制限を認め,下腿周径は28cmであった。これらの評価結果と本邦のCRPS判定指標から,本症例の症状をCRPSと判断した。痛みの程度はマクギル疼痛質問票(MPQ:McGill Pain Questionnaire)にて44点であった。感覚検査では足底の触圧覚は中等度鈍麻,足関節や足趾の位置・運動覚は重度鈍麻であり,自己身体描写では足部や足趾が不鮮明であった。屋内外の移動はピックアップ型歩行器を用いて近位見守りレベルで可能であったが,実用性は低く,Timed up and go test(TUG)は139秒であり,Functional Independence Measure(FIM)は104点であった。長谷川式簡易知能評価スケールの点数は27点であり,コミュニケーションや指示理解に問題は認めなかった。痛みに対する医療的処置や服薬内容の変更および皮膚疾患や循環器疾患などの合併症の診断は認めなかった。訓練1:患者の足関節を底背屈位,内外反位のいずれかに動かし,患者が感じている足関節の角度と一致する写真を選択させることで,視覚情報から足関節の傾きを識別させた。写真は矢状面にて底屈20°,40°,背屈10°,20°,前額面にて内反15°,30°,外反10°,20°に足関節を傾けたものを使用した。訓練2:患者の足関節を動かし,足底の触圧覚が生じる部位と足関節の位置・運動覚を一定の規則性のもとに一致させることで,足底の触・圧覚から足関節の傾きを識別させた。規則性は①「小指-底屈内反」②「前足部-底屈」③「母指-底屈外反」④「踵外側-背屈内反」⑤「踵部-背屈」⑥「踵内側-背屈外反」とした。各訓練ともに介入頻度は2回/週,20分/回であった。訓練は患者から自身の下肢が見えない環境にて端座位で行った。毎治療開始時にオリエンテーションを実施し,各訓練はランダムに20回行った。訓練1の正答率は介入4週目で25%から100%であり,その後更に4週間同様の訓練を継続したが,症状の改善には至らなかった。その後,治療介入を訓練2へと変更した。訓練2の正答率は介入8週目で25%から95%であった。【結果】下腿前面から足背部にかけての皮膚の発赤や光沢化は消失し,アロディニア様症状の軽減を認めた。浮腫の軽減により下腿周径は24cmへと変化し,関節可動域の向上を認めた。よって,本邦のCRPS判定指標から,本症例のCRPSは改善したものと判断した。痛みの程度はMPQにて2点へと変化した。感覚検査では足底の触圧覚や足関節や足趾の位置・運動覚は正常となり,自己身体描写では足部や足趾が鮮明となった。屋内外の移動はピックアップ型歩行器にて自立レベルとなり,TUGは39秒へと変化し,FIMは117点となった。【考察】今回,視覚と体性感覚といった異種感覚情報の一致を意図した治療介入では十分な改善が得られなかった下肢のCRPSを呈した症例に対して,複数の体性感覚といった同種感覚情報の一致を意図した治療介入に変更したところ,症状の改善を認めた。神経生理学的に,感覚情報処理には階層性があり,異種感覚情報を統合する前段階に同種感覚情報を統合する過程が存在し,同領域(5野:上頭頂小葉)には下肢に関する神経が豊富に存在するとされている(Rizzolatti 1998)。以上より,下肢のCRPSの背景には複数の体性感覚といった同種感覚情報の不一致が存在しており,足底の皮膚感覚と下肢の各関節の深部感覚の一致を意図した治療介入が下肢のCRPSの改善に有効となる可能性がある。【理学療法学研究としての意義】下肢のCRPSに対する治療方法の1モデルの提案。
著者
村部 義哉
出版者
保健医療学学会
雑誌
保健医療学雑誌 (ISSN:21850399)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.39-48, 2022-04-01 (Released:2022-04-01)
参考文献数
17

要旨 本稿は,患者の身体機能や日常生活動作能力の向上,そして行為の再獲得を目的とする理学療法介入に関して,生命の有機構成の論理化を目的としたシステム論であるオートポイエーシスを導入し,身体哲学的な観点から理学療法介入の定式化を試みるものである.システム論は,構成要素の関係性の組織化によって,構成要素の総和以上の特性が創発されるとする概念であり,要素還元的な機械論とは異なる.理学療法においては,関節可動域,筋力,感覚などの部分的要素への個別的介入が要素還元的な治療介入であるのに対して,患者を身体システムとして設定し,それらの構成要素の関係性の組織化によって,行為の創発を促進するといった治療方針がシステム論的な治療介入となる.本稿では,こうしたオートポイエティックな理学療法介入における身体システムの構成要素を「感覚」に設定し,その関係性の形成に関する患者の認知機能や情動,意識などの機能的役割および実践的活用方法の論理化を行う.理学療法学が医学分野に属する学問領域である以上,理学療法の臨床実践は科学的根拠に準拠するものでなければならない.しかし,自然科学分野の研究成果に過剰に依存した臨床実践は,患者の個別性(動機,環境,来歴など)を無視する結果となる.オートポイエティックな理学療法の実践とは,患者の個別性を最大限活用するものとなる.
著者
上田 将吾 高木 泰宏 村部 義哉 谷口 芙紗子 塚田 遼 加藤 祐一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】把握動作の制御には,対象の大きさに対応するオンライン制御と,記憶に基づくオフライン制御が存在(Goodale, 2011)し,把握動作では前頭頂間溝にて視覚と体性感覚の統合がなされる(Karl, 2013)。今回,左脳梗塞により右片麻痺を呈し,把握動作と書字動作に困難さを訴える症例を経験した。オフラインでの視覚と体性感覚の統合を意図した介入を実施した。結果,把握動作時の拇指-示指間開口幅が改善し,書字動作の速度が改善したため報告する。【方法】対象は左脳梗塞により右片麻痺を呈し,発症後1年半が経過した60歳代の女性であり,日常生活動作,家事や車の運転は全て自立していた。Brunnstroms Recovery Stageは上肢VI,手指Vであった。手掌の触覚検査は10回法と10点法ともに10/10であった。各指の運動覚検査は10回法で10/10であった。安静時,各指の屈筋の筋緊張はModified Ashworth Scale(以下MAS)で0であったが,手指の自動運動後は2であった。把握動作は,拇指と示指の対立で8cmのブロックまで可能であったが,9cm以上は拇指-示指間開口幅が不足するために把握が困難であった。5周の螺旋模様を鉛筆でなぞる課題に1分48秒を要し,手指の屈筋に過剰な緊張が生じるために持ち直す回数は6回であった。課題として,あらかじめ視認した1cm間隔の5つのブロックに対し,閉眼にて他動で拇指-示指間開口幅を合わせ,どのブロックに合わせたかを回答するよう求めた。回答後,視覚的に正誤を確認した。開始当初の正答率は3~4/10であり,2cm間隔の認識は可能だが,1cm間隔の認識が困難であった。介入頻度は1回/週,介入時間は60分,介入期間は2ヶ月間,回数は8回であった。【結果】課題では1cm間隔の認識が可能となり,正答率は9~10/10となった。手指のMASは自動運動後も0となった。拇指と示指の対立で10cmのブロックの把握が可能となった。螺旋模様をなぞる課題を42秒で完遂可能となり,持ち直す回数は1回であった。日常生活場面において,「名前とか住所を書くのが速くなった」との発言が得られた。【結論】本症例は対象物に対する拇指-示指間開口幅の適切な制御が困難であり,把握動作時には手指の屈筋群に過剰な収縮がみられた。把握動作時の拇指-示指間開口幅の形成において,オンライン情報処理はオフライン情報処理によって調整される(castiello, 2005)。本症例では,課題を通して拇指-示指間開口幅をオフライン処理で調整するための内部モデルが形成されたと考える。結果,把握動作における拇指-示指間開口幅の制御が改善したと考える。また,書字動作時にオフラインでの制御が可能となることで,鉛筆の太さに対して拇指-示指間開口幅を適応させることが可能となり,書字動作の速度が向上したと考える。
著者
村部 義哉 木村 大輔 平松 佑一 加藤 丈博 上原 信太郎 松木 明好 陣内 裕成
出版者
理学療法科学学会
雑誌
理学療法科学 (ISSN:13411667)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.651-657, 2014 (Released:2014-09-25)
参考文献数
16

〔目的〕内的リズム形成を目的とした運動療法による,パーキンソン病患者のすくみ足とタッピング能力への改善効果を検討する事とした.〔対象〕一定頻度でのタッピングの持続が困難で,視覚・聴覚刺激を用いた外的手がかりによるすくみ足の制御が困難であった進行期パーキンソン病患者1名とした.〔方法〕内的リズム形成能力の向上を目的とした1回20分の運動療法を2回/週の頻度で8週間実施し,タッピング課題による内的リズム形成能力の評価,および歩行評価から,その治療効果を検証した.〔結果〕介入によって一定頻度でのタッピング持続回数の増加,すくみ足歩行の軽減が認められた.〔結語〕外的手がかりに代り,内的リズム形成を促す運動療法による治療介入は,すくみ足症状を軽減できる可能性がある.