著者
横井 雅子
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
no.55, pp.121-130, 2021-03-31

外部者としてハンガリーに流入したロマが18世紀後半にジプシー楽団を形成し、国内のみならずヨーロッパで広く人気を博したことは比較的よく知られている。楽譜の読み書きも出来なかった彼らが全てのレパートリーを記憶し、卓越した技術でアンサンブルを成立させるさまは、楽譜を介しての音楽作りがデフォルトだった人々にとっては驚異であったに違いない。しかし、このことだけでは彼らが「ハンガリー風」音楽の仲介者となった力学を説明することはできない。また、彼らが取り次いだ音楽がさまざまな形で多様に親しまれ、人口に膾炙していったありさまはジプシー楽団だけに注目しても理解できない。「ハンガリー風」音楽がどのように広まるのか、どのような需要を生み出したのかを、ここでは初期の「ハンガリー風」音楽の著名な作り手であったラヴォッタ・ヤーノシュと関わる作品の楽譜の検証を通して跡付けた。
著者
田中 多佳子 梅田 英春 金子 敦子 沖花 彰 尾高 暁子 田中 健次 塚原 康子 筒井 はる香 寺田 吉孝 横井 雅子 岡田 恵美
出版者
京都教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

楽器というモノに込められたわざ学、すなわち意匠と具体的変容の過程に着目してさまざまな角度から観察・分析することによって、今まさに音楽に生じつつある西洋対非西洋および伝統文化と現代化のせめぎあいと伝播と変容の具体的諸現象を確認し、可能な限り資料化し公開した。主な研究成果としては、(1)日本の大正琴とその異形たるアジアの楽器群に関する研究、(2)インドのリードオルガンとその異形に関する研究、(3)ヨーロッパの楽器学と楽器制作の現状に関する研究、(4)19世紀末のインド楽器をめぐる東西交流史に関する研究があげられる。
著者
横井 雅子
出版者
国立音楽大学
雑誌
音楽研究 : 大学院研究年報 (ISSN:02894807)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.33-40, 2014-03

本稿は平成23〜25年度科学研究費補助金(基盤研究B)による研究プロジェクト「ドイツ・フォークトラントにおける楽器製造の歴史と現状に見る伝統継承と地域再生」に基づき、ドイツ・フォークトラント地方と隣接して楽器製造により16世紀から知られてきたチェコ・西ボヘミア地方の楽器産業の様相を検討したものである。ドイツのフォークトラント地方では大小の楽器会社・工房がそれぞれの特色を生かしながら現在も地域内の市町村の主要産業を形作ると同時に、楽器製造の技術の継承を体系的に行い、また公立、私立の楽器博物館・コレクションの存在や楽器演奏のコンクール、フェスティヴァルなどによって観光化が図られている。一方のチェコ・西ボヘミアの現状については近年の報告が限定的であったため、3年間にわたって現地調査を重ねた。調査の視点は以下の通りである。 / (1)調査地における現在の楽器製造の状況把握 / (2)楽器製作の技術の伝承の様子の確認(特に体系的教育) / (3)調査地の楽器製造史に関する当該地の認識 / (4)楽器製造に関わるイヴェントの有無、地域振興への寄与という点からの観察 / 調査地はクラスリツェ、ルビ、およびヘプの3か所である。管楽器を中心に製造するクラスリツェでは大手メーカー以外には楽器製造を手掛ける個人の工房はなく、また楽器製造の技術の伝承を体系的に行う教育機関が閉鎖され、市が所有していた楽器コレクションも非公開の状態で保存されるなど、「楽器の町」と呼ばれてきた存在感にも陰りが感じられる。ルビは一貫して弦楽器製造で知られてきた町で、民営となった旧国営会社と後発の民営会社の他、複数の個人工房が活動しており、ある程度の活気が感じられるが、8年前より当地にあった楽器製作を教える専門学校が20km離れたヘプに移転し、楽器作りの技術の伝承に関わる状況は楽観視できない。なお、楽器の品評会は依然としてこの町で行われており、また専門学校にあった楽器コレクションも旧国営企業のショールームで公開されており、その点ではクラスリツェよりは好ましい環境が残っていると判断できる。チェコの楽器産業は国内経済が好景気と見なされていた2000年代半ばにも売上高、雇用者数、輸出状況のいずれにおいても下降傾向にあり、とりわけ生産高においては2000年代後半には劇的に減少している。この背景には東アジア諸国の安価な楽器が世界市場を席巻していることが挙げられるだろう。ドイツ側でも決して楽観できる状況ではないが、「楽器製造の地域」という特徴を生かした活性化の試みが見られる。楽器産業が依然として町の主たる産業である西ボヘミアの楽器作りの町でも、こうした特徴を活用した仕組みを作ることによって現状にいくらかでも変化をもたらすことが必要なのではないかと結論づけた。