著者
橋本 栄莉
出版者
日本アフリカ学会
雑誌
アフリカ研究 (ISSN:00654140)
巻号頁・発行日
vol.2012, no.81, pp.31-44, 2012-12-31 (Released:2014-03-28)
参考文献数
17

南スーダンに住まうヌエル社会の人々は,度重なる内戦を経験し,平和構築や住民投票,新国家の誕生という歴史的出来事に立ち会ってきた。多くのヌエルの人々は,これらの出来事をかつてなされた予言が成就したものとして捉えている。本稿の目的は,首都ジュバに住まうヌエルの人々が,南スーダンの分離独立という歴史的出来事を,19世紀末になされた予言という「神話」的枠組みを通してどのように捉えていたのかを報告することにある。人々は住民投票のプロセスの中で偶発的に出現する数々の要素を,かつての予言の中に見出すことによって分離独立の正しさを語っていた。本稿では多様な予言の解釈に注目し,語り手各々が抱える現実的な問題が予言を介して国家レベルの問題に接続されてゆく過程を描く。これを通じ,多様な背景を持つ人々が集うアフリカ都市社会において,戦後復興の一環である「民主化」への取り組みと,多様な解釈を通じて刷新される「神話」とがいかに人々の重層的なリアリティを形成してゆくのかを提示する。
著者
橋本 栄莉
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.80, no.2, pp.200-220, 2015-09-30

本論の目的は、独立後南スーダンで流通する予言を事例として、様々な出来事に直面するヌエルの人々が、予言やその背後にあるクウォス(神、神性)を介してどのように新しい経験の可能性を見出しているのかについて検討することにある。100年以上にわたり語り継がれる予言は、内戦や開発援助、国家の独立など、ヌエルの人々が直面する新しい状況を把握する方法と密接に開わってきた。予言の総体は知られていないものの、予言は人々の関心のありようや出来事とともに日々発見され、語り直されている。エヴァンズ=プリチャードとリーンハートのナイル系農牧民の宗教性に関する議論は、当該社会の変化と不可分に結びついた神性と経験のありようを、対象社会の人々の視点から抽出しようとするものであった。彼らの議論を手がかりとしながら、本論では、ヌエルの人々がどのような要素を検討することで予言や予言者の「正しさ」を見出していたのかに着目する。予言に関する人々の語りと対話、予言者を祀った「教会」の実践、近年の武力衝突という異なる場面で人々が吟味していたのは、過去に自分たちの祖先がクウォスに対して犯してしまった過ちや自身の周辺で生じるクウォスの顕れ、そしてその中で再び見出される自分たちの新しい「経験の領域」であった。本論は宗教性や経験に関する理論的検討を行うものではないが、南スーダンで生じている暴力や混乱を理解する上で、二人の人類学者が取り組んできた問題系がいかに無視しえないものとして残されているのかを例示するものである。
著者
橋本 栄莉
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-25, 2011-05-17

2010年11月現在、一国の独立を決める住民投票を控え、南部スーダンの住民の間では徐々に期待と緊張が高まってきている。度重なる内戦や平和構築、今回の住民投票を含む民主化への動きなどさまざまな出来事を経験してきたナイロート系牧畜民ヌエル(Nuer)の一部の人々の間では、それらの出来事はある予言者によってかつてなされた予言が「成就」したものであると語られてきた。本論の目的は、ヌエル社会において人々の歴史観や未来観と不可分に結びついてきた「予言の成就」に関する語りに注目し、新たな歴史的出来事を通じて刷新され続ける予言のリアリティのあり方について考察することである。本論では予言や予言者を取り巻く周囲の人々の語りが、各々の経験や偶然的な出来事を組み込みながら、特定の語りの要素を結節点としてゆるやかな「原因」と「結果」の関係で結ばれ、複数の人々にとって「真」たりうるストーリーとして重層性を帯びてゆく様相を明らかにする。
著者
橋本 栄莉
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.80, no.2, pp.200-220, 2015-09-30 (Released:2017-04-03)

本論の目的は、独立後南スーダンで流通する予言を事例として、様々な出来事に直面するヌエルの人々が、予言やその背後にあるクウォス(神、神性)を介してどのように新しい経験の可能性を見出しているのかについて検討することにある。100年以上にわたり語り継がれる予言は、内戦や開発援助、国家の独立など、ヌエルの人々が直面する新しい状況を把握する方法と密接に開わってきた。予言の総体は知られていないものの、予言は人々の関心のありようや出来事とともに日々発見され、語り直されている。エヴァンズ=プリチャードとリーンハートのナイル系農牧民の宗教性に関する議論は、当該社会の変化と不可分に結びついた神性と経験のありようを、対象社会の人々の視点から抽出しようとするものであった。彼らの議論を手がかりとしながら、本論では、ヌエルの人々がどのような要素を検討することで予言や予言者の「正しさ」を見出していたのかに着目する。予言に関する人々の語りと対話、予言者を祀った「教会」の実践、近年の武力衝突という異なる場面で人々が吟味していたのは、過去に自分たちの祖先がクウォスに対して犯してしまった過ちや自身の周辺で生じるクウォスの顕れ、そしてその中で再び見出される自分たちの新しい「経験の領域」であった。本論は宗教性や経験に関する理論的検討を行うものではないが、南スーダンで生じている暴力や混乱を理解する上で、二人の人類学者が取り組んできた問題系がいかに無視しえないものとして残されているのかを例示するものである。
著者
橋本 栄莉
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

平成24年度の研究の目的は、現地調査を通じて独立後南スーダンにおいて発生している民族集団間の武力衝突と在来の予言者との関係について明らかにするとともに、植民地時代から現代にかけての予言者の影響力の歴史的変遷を明らかにすることであった。研究の成果は次の3点に大別できる。(1)独立後南スーダンにおいて発生している民族集団間の武力衝突と在来の予言者との関係について2011年-2012年に発生した民族集団間の武力衝突において、在来の予言者が紛争にいかに関与し、どの程度地域住民に対して影響力を持っているのかを、2012年12月~2013年3月にかけて実施した村落社会や難民キャンプにおける参与観察、聞き取り調査によって明らかにした。その結果、南スーダン政府や各種国際機関における予言者の解釈と、地域社会の人々の認識との間にはズレが生じていることが明らかとなった。この成果は研究ノートにまとめ、雑誌『Nilo-Ethiopian Studies』18号に投稿、掲載された。(2)植民地時代から現代にかけての予言者の影響力の歴史的変遷について現代南スーダンにおける在来の予言者のあり方について理解するためには、植民地時代から内戦、戦後復興期にかけての予言者の影響力の歴史的変遷について明らかにする必要がある。平成24年度は歴史的資料と現地調査を通じて、スーダン(南スーダン}の歴史的出来事、特に南スーダンの独立に注目し、1世紀以上前に存在していた予言者に関する知識がどのように人々の間で共有され、信じられてきたのかを明らかにした。この成果は研究ノートにまとめ、雑誌『アフリカ研究』81号に投稿、掲載された。(3)キリスト教と土着信仰の混淆状況について平成24年度に実施した現地調査の中で、多くの地域住民がクリスチャンである一方、予言者に対する信仰をはじめとする土着信仰もキリスト教の教義を接合されるかたちで人々の間で根強く存在していることが明らかとなった。この点についてはさらなる調査が必要である。